画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2017年12月15日

夢を振り返る

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夢を紐解く理由は、
自分が何をしているかを知ることです。
自分の魂の願いを生きているか。
自分の本当の目的に向かって生きているか。
その自分の現状を夢で知って、
日々細かな軌道修正に取り組みます。
これが夢と現実を生きることです。
夢の指摘する霊性のあり方で思うところを、
この世に形にしていくというのは、
私たちの生前の約束です。

先日夢療法家認定者研究会を開きました。
この時のテーマが、
「自分のこれまでを夢を通して検証する」でした。
認定者研究会はこの5回目にして、
最もビビッドでこの会の本来の目的に適ったものとなりました。

夢を活かした仕事につくには、
多かれ少なかれ他人の夢を扱うことになります。
しかしその前に自分がどういう状態で何に挑戦しているのか、
絶えず自分自身をチェックできなければ、
人様の夢に触れる資格はないと私は考えています。
まずは自分。
自分に向ける目を厳しくすることで、
他人に優しい目を向けることができます。

そのために出席者は数年に渡る自分の夢を洗い出し、
現時点でそれがどういう形になっているか、
その挑戦はまだ続いているか、
自分はそれに前向きか、
滞りの原因は何かを発表してくれました。

この厳しい振り返りが、
花となり実となるのは、
厳しい目を自分に向けられる自分への愛、
自分を好きでいられる度合いによるでしょう。

認定者のみなさんはそれができました。

では、
会の目的にかなった体験をされた認定者の体験を、
ここに披露しましょう。
彼女も自分の夢を日々に活かし、
ここにきてその結果を出された方です。

夢は、
「I killed my father」と、
ダライ・ラマの様なお坊さんに報告しているというものです。
現実は実の父から受けた影響を長い時間をかけて整理し、
自己探求を続けた結果、
自分の思う方向にその影響を処理できた後に見た夢です。

この「親殺し」というイニシエーションは、
彼女の宝になり、
これから自信を持って生きる糧となるでしょう。


posted by バンナイ at 10:56 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年12月14日

以前の夢と現在の夢で知る心の発達

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以前クローズクラスで勉強された方が、
久しぶりに遠路はるばるオープンクラスに来てくれました。

「参加したいのですが」という申込みをいただいた時から、
その方にうれしいことが起きていると感じたものです。

クローズクラスで勉強していた頃、
彼女は石板に横たわる生贄の自分を夢に見ていました。
犠牲者の夢は他にもあって、
これが今生の大きなテーマだと分かったものです。
今回も変わらず石板に横たわる自分を夢に見ているのですが、
なんとこれがショーだと知っているのです。
彼女は今やショーの主人公です。

この180度の展開は努力の賜物です。
数年前は犠牲者でしたが、
今は人生の主役に躍り出たのです。
この気持ちの変化は一朝一夕でできるものではありません。
クローズクラスでは苦しみもがき、
犠牲者の自分をどうしたら返上できるか、
不確かな答しなかい難問に向き合い、
そのもがきの中でつかんだものこそ、
居場所を移し現実社会で生きるしなやかさだったようです。

この変化の報告だけでもこちらとしてはうれしいことです。
しかし更に彼女はもうひとつ夢の絵を描きたいと言いました。
話したかった、
報告したかったのはこちらの方かもしれません。
描いた絵は、
沖に向かう二艘の小舟にペアーのイルカが何頭も泳ぐ海でした。
一艘の小舟には男性が、
もう一艘には彼女が乗っています。
イルカの大群はその二人の船の航行を見守っているようです。

石板のショーは洞穴の奥で行われ、
恋のはじまりは大海原が舞台です。
洞窟は自己探求も座して自分を知る作業を言います。
ここから推察すると、
時間をかけて自分の心に分け入って、
犠牲者の自分を死なせることに成功したのでしょう。
だから洞窟を出て、
太陽のもと他人の中で自分を生かし、
他人の中に心の異性を見つけることができたのです。

夢の記録簿は霊性を図る成長記録です。
この方の個人的な体験を通し、
以前の夢と現在の夢を比べることで、
確かな心の発達を知ることができました。

そしてこの夢は、
この夢に触れるものを鼓舞し明るい気持ちにさせてくれました。

この時一堂に会したみなさんは、
彼女に祝福の拍手を惜しみませんでした。

余談ですが、
彼女が話してくれたもう一つのお話を披露しましょう。
それは或る時、
「この人素敵!」と思う人に出会ったのだそうです。
程なく夢に彼が現れて、
「僕、君のこと好きじゃない」と言われてやめたそうです。
夢 活かしているなと自分で思うそうです。 



posted by バンナイ at 09:35 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年12月07日

初夢総括

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今年は初夢を見た後、
1年を通して初夢の意味を考え、
あれかこれかと実行に移し、
模索しながらここまできました。
こんなに初夢を意識しながら過ごしたのは、
おそらく初めてかもしれません。

来年の初夢に向けてここでわたしの今年の初夢の総括をしましょう。
では早速1月2日に見た文字通りの初夢をお読みください。

タイトル【衣装新しく靴はボロボロで講座の準備】
夢本体:A:自分の講座のために着替えをしている。
すでに白地に金糸縁取りの上下は着て居て、
あとはアクセサリーだけ。
引き出しを開けると、
胸飾りのような、
ファラオの顔を描いた白金の網目模様の3枚板になったものを見つける。
白の衣装によく合う。
靴を探すと合うのが見つからない。
黒でボロボロ。
外に行くことがなかったので用意がないのだ。
B:靴下を履いている。
5本指靴下のどれもがボロボロで人には見せられない。
会場に行く為に待ってくれる人(男性で背が高くハンサム。
濃い紫のバンダナ?ターバン?ハチマキ?をしている)が、
じっとこちらを伺っている。

夢を狂歌にしてみました。
「新しい 金糸衣装に 足元は
ボロボロ靴に 穴あき靴下」
夢の中の自分の姿は滑稽です。

これでこの夢が伝えたいことははっきりしました。
靴を新調しなさいと言うのです。
靴は人生を前向きに進ませる自分を保護する大事なもの。
そういう意味で夢の靴は、
仕事や社会性や人脈という無形の財産を表します。
新しい年を迎え新たな気持ちで仕事に臨みたいなら、
気持ちを引き締め人の繋がりを求めて新しいやり方に変えていくこと。
そういわれているのだろうと考えました。
それと同時に、
現実でも靴を新調しようと決意しました。
初夢のメッセージをしっかり活かしたいので、
物心両面で実行に移そうという訳です。

しかしこの買い物が難儀でした。
2010年秋に膝の筋を痛め、
回復はしたものの慎重を期して、
それまでの靴を処分し、
実用一点張りの靴しか履けない身になってみれば、
ここで靴を新しくしても同じように実用的でなければならず、
6月27日やっと重い腰を上げて購入。
そう変り映えもしない靴になってしまいました。
更に家に帰って履いてみたらどうも履き心地がイマイチと思ったのです。

なんでこんな仕儀になってしまったかというと、
1昨年の10月に膀胱炎になり、
この治療に手間取った上、
4月30日に崖から転げ落ち顔面を打ちゲガをしたこと。
新しい靴は履き心地がイマイチだと思っていたのに、
それまでの靴より気楽に履けて、
病院通いにはうってつけの靴だと後でわかった次第です。
そして7月29日に左手骨折で、
病院を訪れる回数は更に増え、
新調した靴は病院に行く時の履物となりました。

こんな流れになって、
改めて初夢を考えたら、
夢Aに続いて夢Bの大切さに気付いたのです。
この男性が頭に紫の布を巻いているとはどういうことでしょう。
紫は治癒の色。
治癒の知恵を必要としていたのだと今になってわかります。
だから待ってくれたのは男性なのです。
男性性が示す理性に裏づけされた知恵を求めて履く靴を探すこと、と。
結果初夢で購入した靴は病院通いに適した靴でした。

夢はすぐにわかる部分とすぐには分からず、
考えたり行動しているうちに意味がわかってくる場合があります。

お陰さまで病院通いの最中に治療の必要な他の病気も見つかって、
来年からその治療に取り掛かることになりました。
このことも大きな成果と思っています。

こうしてわたくし事を初夢がらみで暴露することになりましたが、
夢の靴下は肉体の安全を図るサインであり、
靴は人生を進ませる上での安全を図る社会性の象徴のようです。
件の靴は病院通いの他に
楽なのでセッションルームへの上り下りに使っています。

結局夢の靴の象徴は、
「人生を前向きに進ませるために自分を保護する大事なもの」だとわかりました。
「仕事や社会性」ばかりではなく、
広い意味で安全を図るための
人脈や実際的知恵という無形の財産を指し示しているのだとわかりました。
もっと端的に言えば、
「霊の容れ物である肉体を安全に維持するための知恵や人脈を求めること」が、
わたしにとっての靴だったようです。

ところで、衣装は白地に金糸の刺繍でした。
いろいろあったこの1年余り、
それでもお約束の講座は穴をあけることなく過ごすことができました。
それがこの衣装が示してくれた安心材料だと受け取っています。

まとめると、
今年の初夢は、
わたしの身体はボロボロで、
メインテナンスが必要だと知らせてきたようです。
そう受け取るとなぜかホッとします。
まだまだこの人生でやりたいことはたくさんあります。
その為のメインテナンスなのですから。

これでやっと初夢の総括をすることができました。

さて来年も初夢会を開こうと思っています。
日時:1月28日(日)1時半から5時半まで
費用:1万2千円
定員:15名
場所は都心にと予定しています。
日程は確定ではなく2月までずれ込むことになるかもしれませんが、
開催日は日曜を予定しています。
正式告知は年明けの予定です。
初夢の意味を自分なりに解りたい方は是非おいでください。

また今年中に初夢を見る為の準備を記事にしますので、
そちらを参考になさって初夢をご覧ください。

1月13日は天の鳥船庵でオープンクラスを開きます。
28日まで待てない方はこちらにお申し込みください。
費用:5千円
時間:10時半から1時まで
定員:7名


posted by バンナイ at 10:34 | Comment(2) | 夢の活用法

2017年11月30日

恋の憧れに条件で応えた予知夢

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まずは夢本体を。
A【枯葉の中に白い猫が埋もれている。
前に見たときは餌を食べていた。
妹が「あの家には病気の猫がいるので行っちゃダメ」と云う。
けれど白い猫はどうなっているのかと確かめに行く。
死んでいるようだ。
白い猫の上に枯葉をかけて去る。】
この夢を聞いて、
本人はとても恋に憧れているようだと思いました。
猫は女性を表します。
その猫としての女性の部分が死んでしまっていると感じ、
その部分を生かしたいと、
この夢を見た本人が願っている現状が見て取れます。
霊性を重んじて生きるには、
女性と生まれたその女性であることを生きると決めることが大事です。
現代女性はそこがあやふやです。
女性を生きるには自分の体は女性だと受け入れ、
その女性の体をいたわり
その要求を大切にして生きることです。
しかしこの女性は、
若くもなく恋に傷つきながらなおも、
猫の部分を生かしたい、
つまり恋する相手が欲しいのです。
以前の恋が彼女にふさわしくなかったことは、
「あの家には病気の猫がいるので行っちゃダメ」と妹が言うので分かります。

そして夢は猫の死骸に枯葉をかぶせています。
この死んだ猫と枯葉は同じ意味に受け取るようにと夢が暗示しています。
枯葉は、
死と再生を意味し、
今までの体験を肥やしにして行きましょう。
心の中でこれまでの生き方を終わりにし、
新しい生き方を誕生させましょうということです。
体験を心の肥やしにし、
新たな自分を生れさせるプロセスを丁寧に歩んで行きましょうというのです。
これが死の行程です。
まずは、以前知っていた猫が死んでいることを確認します。
ここをこれまでの女性としての生き方は今後役に立たないと受け取ります。
これが心と体と魂レベルで死を受け入れることです。
今は新しい魂のあり方と心と体を手に入れていないので、
恋に向けて動けない自分を受け入れるところからこの行程は始めます。

実際に屍体は肥やしになるために腐敗を始めます。
これが体験を精査する行程です。
自分の問題と相手の問題を分けて考え、
自分の生き方のどの部分が問題になったのか、
洗い出しの作業がこれに当たります。
細かく反省吟味ができたら、
腐敗で解体が起き、
地水火風の働きで体の土台を作るための栄養素となっていきます。

夢では猫の死骸の上に枯葉が落ちています。
この状態で死骸が栄養素になるには、
雨や風に加えて雪にも晒され、
小動物や虫に喰われ、細菌やバクテリアに分解され、
骨はともかく土にかえるまで半年か1年ほどかかるでしょう。
そこに新しい自分のイメージの種をまくことができれば、
新しい自分に生まれ変わる可能性は十分あります。

そこで夢は以下のように続きます。

B【王様と威圧的な男がいる。
威圧的な男は元夫でわたしと喧嘩をしている。
そこでわたしはもう良いとそこを出る。
(場面変わって)王様と私と使用人の3人で朝食のテーブルにつく。
わたしの二人の娘は王様を「お父さま」と呼んでいる。
王様と一緒に生活して良いんだと思う。】

夢は、
「あなたが望むなら」とこの夢を見せてくれたのでしょう。
人生のパートナーが欲しい。
恋する人が欲しいというこの夢主の願いを、
夢は霊性の願いとして受け取ったようです。
あなたが自分の意志で元夫との自分に「ノー」と言えるなら、
あなたは将来一国一城の主たる人と縁ができるでしょうと。

猫が迎えるこれからの死の行程を丁寧にやりぬいて欲しいと願います。
この行程は早くて半年。
遅くも1年で終えられるかもしれません。
その時自分の意志をはっきり言える自分であることが条件です。



posted by バンナイ at 15:28 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年11月19日

蠍座新月後の今朝の夢

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(季節外れの8月17日に咲く藤)

今朝Sex をしている夢を見ました。
相手は見知らぬ老紳士。
夢のSexには淫靡な意味はありません。
Sex の本当の神秘だけを伝えてくれます。
それを知っていても夢の余韻は強く、
体の熱は冷めず戸惑いを覚えています。

昨夜20時48分は蠍座新月だそうで、
この天体の運行と深く関わっているのでしょう。
この夢の恩寵は深く、
この夢を通じて、
「さらに仕事をしなさい」と伝えたいようです。
「はい喜んで」わたしの本心です。

まだまだ残るこの夢の静かな恍惚感は、
瞑想時の精妙な法悦に似ています。

勇気を持ってこの記事をお目にかけましょう。
同じような夢をご覧の方もおいででしょうから。




posted by バンナイ at 09:27 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年11月12日

11月11日に行ったテープカット

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昨日は11月11日。
11は二者の間の完全なバランスを示すと昔聞いたことがあり、
数秘の知識はないものの、
昨日のオープンクラスはとても感動的でした。

長いこと、夢はあの世の世界で起きることなので、
夢をターミナルケアに役立てたいと考えていたのですが、
それを現実化するのだと、
わたしとは別の方向から努力している方が受講生の中にいて、
その啓示を受ける夢を披露してくれました。

そしてもう一人は、
痩せた地にバラの花を育てたいと、
言葉にして言う夢。
さらにもう一人は弱ったバラの花を世話し育てている夢。
バラはこのお二人にとって「家族」を意味しているようでした。

「11」と言う数字は人と人との間のバランスをよりよく図る数字です。
そして「11」はそれをスタートさせる時を意味します。

昨日のオープンクラスでまたひとつ、
人生の晴れのテープカットを見た思いです。



posted by バンナイ at 09:27 | Comment(0) | グループセッション

2017年10月29日

受講生たちの粋な計らい


昨日は天の鳥船庵夢療法家養成講座第13期の初日でした。
散会で気が緩んだところに、
突然の停電。
何事と構えたら、

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花束を差し出されたのです。
唖然呆然のわたし。
「明日のわたしの誕生日のお祝いに」とみなさんの粋な計らいでした。

それまでに大笑いと大泣きのセッションが続いて、
さらに予定外のびっくり。
みなさんの表情もそれぞれです。

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戴いた花束です。

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添えられたカードに「喜寿のお祝い」の文字を見つけ、
改めて自分が喜寿を迎えたのだと知ったのでした。
こんな77歳のお誕生日をいただき、
なんと幸せな人生を歩んできたことかと感無量です。

誕生日の今日は冷たい雨の日になりましたが、
静かにこれからの自分を生き生きと思い描きたいと思っています。

夢の講座でご縁をいただくみなさん。
ありがとうございました。



posted by バンナイ at 10:16 | Comment(2) | あれこれ
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