画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite
天の鳥船庵だより

2021年01月13日

初夢ふたつで立体的なサポートを読む



DSC01553.jpeg


緊急事態宣言下の11日(成人式の日)、
神宮前で2021年1day ワークショップをひらきました。
この外出自粛のなかでの開催理由はいろいろありますが、
2019年の大晦日から2020年元旦への変化より
2020年から2021年への切り替わりの方が、
次元上昇と思えるほど鮮明だったのが大きな理由です。


DSC01554.jpeg


夢の重要度は月の満ち欠けに関係します。
年末の30日の満月は初夢に大きく影響し、
今回は初夢前後の夢ふたつを合わせてメッセージを引き出すことにしました。

これがみごとに功を奏して、
受講されたみなさん今年のテーマが立体的、
具体性を持って見えてきました。


DSC01560.jpeg


夢はメッセージが分かったら即実行に移さないと意味がありません。
実行の伴わない夢解釈は自己満足で終わってしまいます。
初夢を紐解く(=調べる、解明する)私たちは、
「夢を生きた明恵」でなければならず、
「英俊」をやってしまったらおしまいです。
この辺のことは、
「明恵夢を生きる」という河合隼雄先生の著書に詳しく書かれています。
中世の高僧が夢のメッセージを頼りに、
大事を決めて生きられた姿は日本の誇りです。

古来日本は夢に信を置いてきた民族ですが、
「一富士二鷹三茄子」については以前の記事を参考にされてください。

くだって空気感の変わった2021年の初夢は、
これまでの堅く堅固に見えた信念さえ見直し、
具体性を持った行動を初夢が求めているように思えました。


DSC01563.jpeg


神宮前での初夢ワークショップは今回で4回目になります。
メッセージに具体性を持たせるために、
これまでとは違って、
初夢と思える新年の夢と相前後してみた夢を扱いたいと提案したところ、
みなさんが快く賛成してくれました。


DSC01565.jpeg


まず初夢に求める質問をはっきり文字化しました。
その上で自己紹介をしました。
そこで、初夢のスケッチを描き、
その内容を発表しました。
続けてそれとは違う新年の夢を描き、
その夢を話してもらいました。

ここまでくるとなんとなく初夢の伝えている内容がわかるものです。
2021年だからでしょうか。
ひと捻りふた捻りがあって当然の初夢ですが、
設問がまっすぐなら、
答えの夢も直球できます。


DSC01566.jpeg


最後にふたつの夢から結論を引き出しました。
その結論を改めて眺めると、
ふたつの夢を視野に入れたからこそ
メッセージが具体的で揺るぎないものになりました。


DSC01572.jpeg


ここまでの作業を終えて、
今年一年を始めるエネルギー調整のために
マンダラ絵を描きました。

改めて今年の傾向をまとめると、
具体性を持たせた目標を立春までに決めて、
あとは実行動に移せれば、
結果を心配し、
自省をするのではなく、
プロセスが改善点や改良点を教えてくれる年のようです。

写真でその雰囲気が少しお伝えできれば良いのですが。 


DSC01573.jpeg



posted by バンナイ at 18:20 | 夢の活用法

2021年01月03日

お正月のいけばな


娘の頃10年ほど古流をお稽古しました。
花嫁修行としてはずいぶん長いことです。
12月になると水仙の立ち活けを習います。
先生の方針なのだと思いますが、
3週水仙です。
水仙の立ち活けはむずかしいのです。
年の最終週はお正月用の活け花になります。
この時だけはそれまでの難しさやお稽古という感覚はなく、
ただただ楽しんだ思い出があります。
畳に正座のお稽古でした。
稽古場は先生のお家のお座敷です。
人数分の座布団が用意され、
その前に剣山と花瓶が花台の上に据えられています。
座布団の右にはその日の花材が置かれています。
お稽古が終われば自分用の油紙につつんで持ち帰ります。

DSC01536.jpeg

お正月用の活け花は大抵盛花ですが、
この何年も投げ入ればかりでした。
そこで2021年はちょっと変わったことをしたいと、
お花屋さんで物色したところ、
暮にお稽古に使ったことのない松を見つけました。
「福来三光松」というのだそうです。
鶴が木の高いところに止まっている姿だと説明を受けました。

DSC01540.jpeg

頂き物の啓翁桜と、
稲穂と、
南天を投げ入れで活けてみました。

南天は都落ちをした時に夫の夢に出てきた木です。
夢では南天の実が下からさらに上に上がっている摩訶不思議な姿だったとのこと。

DSC01546.jpeg

鎌倉に来てすぐにみたことのない鳥に出会って、
それからはこの磯ヒヨドリの声と姿の美しさに日々感動しています。
磯ヒヨドリが姿を見せるたびに何かしらメッセージをくれます。
昨日は七里ヶ浜高校の校舎の一角にその姿を見せてくれましたが、
一声も鳴いてくれませんでした。

DSC01534.jpeg

2020年の急激な変化と、
2021年のはじまりの空気感がかなり違うのを教えてくれているように思います。
では、ゆっくり参りましょう。







posted by バンナイ at 18:12 | 夢の活用法

2021年01月01日

2021年あけましておめでとうございます


明けましておめでとうございます。

お屠蘇をいただいて、
裏山の天空神社の跡地に
いまも降り注ぐ多紀理姫さまの御加護のお力にお参りしてきました。

DSC01517.jpeg

この家の氏神さまは極楽寺近くの熊野神社。
今年はコロナ禍でお餅つきはなく、
その代わりに蒸し器で蒸したさつまいもが振る舞われました。
境内の裸火は燗酒用の竹筒を暖めています。
お神酒は遠慮しましたが、
炎が龍に天女にと踊るのを見ることができました。

DSC01523.jpeg

そのあと成就院に伺い、

DSC01528.jpeg

龍のお顔を拝しました。

DSC01530.jpeg

帰って、江ノ島の海水の温泉に。

いつもより街中は静かで、
昔の日本のお正月風景のあんばいでした。

今年こそ夢の事例集を書き上げたいと願っています。
これが多くの人の目に触れることができたら、
夢に対する考えが変わり、
自分の中の知恵に深く感動するでしょう。

そのために一歩でも前進できる日々にしたいと思っています。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。



posted by バンナイ at 19:52 | あれこれ

2020年12月31日

2020年を閉じるにあたって



DSC01505.jpeg
(今朝の富士山)

今年は一年中自分の初夢を思い出しては、
自分に平静を言い聞かせてきました。
どれほど初夢に助けられたかしれません。

DSC01495.jpeg
(いただきものの啓翁桜)

思い返せば、
1月には受講生が夫の勤務先の中国に帰れず、
コロナ禍はあっという間に講座をオンラインに塗り替えてしまいました。
まずは受講生のお一人が招待してくれる形で、
講座自体をオンラインで繋げることができました。

DSC01501.jpeg
(鎌倉プリンスホテルの脇を通る江ノ電)

2月、3月になるとどこがどうと言うのではないけれど、
体調不良が続き、
その度に1月3日の
「ミントグリーンのセーターと白黒赤格子のスカート姿」の夢を思い出し、
自分を慰め鼓舞して難局を切り抜けてきた感があります。
緑には「約束された治癒力」と言う意味があります。
ちょっと大袈裟かもしれませんが、
信号のミントグリーンには見るたびに励まされました。

DSC01510.jpeg
(夫が地の神さまにお礼を)

初夢は4日の「加山雄三が私の講演の陣中見舞いに来てくれる」だったのですが、
スター登場というような華々しい事件は起きませんでしたが、
私にはそれに匹敵する嬉しい言葉を受講生から聞かされました。

DSC01512.jpeg
(母家のお庭も)

その方曰く、
「もっと早く2、3年前に講座を受けたかったのだけれど、
決心がつかず今になりました」と。
私のブログ記事を読んでくださる方はそれほど多くありません。
それが悩みといえば悩みですが、
真剣に長く読んでくださる方もいらしたという事実は、
どれほど力になったでしょう。

DSC01514.jpeg
(裏山の神さまにも)

なんとか2020年も大晦日を迎えることができました。
地の神様にお礼の挨拶をすることもできました。
このブログ記事を読んでくださるみなさま、
ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

DSC01500.jpeg






posted by バンナイ at 21:00 | 夢の活用法

2020年12月27日

29回目の結婚記念日


結婚記念日と言っても、
そのとき住んでいたマンションに近い区役所に、
ふたりで婚姻届を出した日を結婚した日と決めているだけのことです。

1991年12月27日は寒くどんよりした日でした。
区役所に訪れる人も少なく閑散としていました。
人違いかもしれませんが、
フジコ・ヘミングさんらしい独特の風貌をした女性が通りの向こうを歩いていました。
この近くにお住まいなのかしらとも思い、
彼女の強さを真似ようと思ったことを思い出します。

届けを済ませ、
下北沢の駅に向かう途中から雪が降り出し、
あっという間に牡丹雪が降り出しました。
仕方なく駅近くの喫茶店に飛び込んで、
雪が静まるのを待つことにしました。

喫茶店は通りに向けて窓ガラスが開いていて、
横並びに座れたので、
降りしきる大粒の雪を飽きるまで見続けることができました。
この牡丹雪がわたしたちふたりを、
祝福してくれているように思ったものです。
それから29年。
結婚記念日を祝うこともなく来ましたが、
今日は特別とうなぎ屋さんに行ってみました。

DSC01493.jpeg

これまで細々とふたりでなんとか助け合って生きてきました。

DSC01489.jpeg

今朝京都の知人から電話をもらえたのも私たちを祝ってのことのように思うのです。
(その方には預かり知らぬことですが)
都落ちをしたときに助けていただいた方の娘さんからです。

そんなこともあってちょっと感傷的になりました。

DSC01494.jpeg

今日は青空が美しい日でした。
これまで目の前のことだけをなんとかこなしてきただけですが、
雪が約束してくれる「豊穣」を、
確かにこの29年間の結婚で少しは得られたように思います。


posted by バンナイ at 18:02 | あれこれ

2020年12月13日

女性の性体験 in Dream


1月16日(第3土曜日)のオープンクラスはリアルで開きます。
2月13日も開講予定ですが、
3月13日は休講します。
'21 初夢1day ワークショップ残席1名あります。


DSC01423.jpeg

女性にとっての夢の中の性行為の話です。
この話を早く書かなくてはと焦りながら年も押し迫ってきてしまいました。

どう説明して良いのか今も逡巡しています。
けれど逡巡している間はない。
この記事で救われる人がいるはずと、
重い腰をあげました。

2020年、大変な年になりました。
大方の人は私も含めて、
まさかウイルスの猛威に晒されるとは思いもよらなかったと思います。
予想もできなかったことで、
否応なく、
自分自身の内面に向かわざるを得ませんでした。

DSC01422.jpeg

良く耐えた。
良く反省できた。
良くぞここまで知恵を絞れた。

そう自分を慰めねぎらいたい人がこの時期いると思います。
この言葉を消さないでくださいね。
そんな女性が今夢の中でめくるめく歓喜の体験をしています。
「良くやった」という夢の神様からの労いの夢です。

相手は誰でも構いません。
夫や恋人ではなくて良いのです。
見知らぬ人。
親かもしれない。
大層な偉人かもしれない。
はたまた天使や神かもしれない。

女は夢の世界では娼婦という万人の男を愛す存在です。

夢の中でのエクスタシィ体験は、
良くやっているという神からのねぎらいの意味でもあり、
「そのようであり続けなさい」という、
愛の大きさを奨励している証でもあります。

夢で性行為を体験している女性が、
この世で誰彼構わずお床入りするとは考えられません。
むしろそういうことに興味のない人たちです。

何故、急いでこの記事を公にしなくてはと思ったかというと、
夢で性行為を体験できる本当をしっかり理解し、
自己受容を明確にすることで、
さらに自分の愛を光輝かせることができるということの、
サインとして使って欲しいのです。
多くの人が疲弊しているその中で、
夢を誤解し余計な心配をしないで欲しいのです。

恐らく夢を知らない人は、
こういう大切な夢をくだらない夢と思い、
夢を疎(うと)んじ、蔑(さげす)むかもしれません。
そんなことにならないようにと舌足らずの文章を書いています。

もっともっとお知らせしなければならないことはたくさんありますが、
今日のところはここまでに。

とはいえ、もうひとつ。
悪夢を大切にしてください。
悪夢こそ挑戦できる大切なメッセージがあります。
悪夢の前で立ち止まり、
悪夢の本当の優しさ勇気づけを知ってください。
いまこのとき、それが役に立つはずです。

DSC01421.jpeg






posted by バンナイ at 10:55 | 夢の活用法

2020年11月19日

お客さまが亡くなっていっぱいプレゼントが届きました


オンライン夢療法講座
http://dream-info.sblo.jp
オンライン夢の解き方講座(11月28日〜29日)
http://dream-info.sblo.jp/article/188089927.html
どちらも空席あります。
お問い合わせください。


DSC01360.jpeg

先日のオープンクラスの話です。
長く個人セッションをさせていただいたお客さまが亡くなって、
その娘さんが参加してくださいました。

DSC01361.jpeg

その方が発病される前、
個人セッションはうまく行かず断念しました。
どうしても話が噛み合いません。
この辺の忸怩たる思いを文字にするのは難しいのですが、
簡単に言って仕舞えば、
信念の違いです。

DSC01323.jpeg

地方の名家の嫁として采配を振るい、
以後もご自分で独自の道を切り開き、
誰にも後ろ指を刺されることのない人生を立派に生きてこられた方です。
そのことへの自負と誇りがあるからこそ、
元気に生きてこられましたが、
悠々自適の楽しい旅行に出られるようになってから、
ちょっとした人とのすれ違いが心を占めるようになって、
個人面談においでになったのです。

DSC01382.jpeg

激動の日本の戦後を毅然と生き抜くのは並大抵ではありません。
鉄のような硬い信念を持っていなければ、
百戦錬磨とはいきません。

物質的に豊かになった日本は、
時代が降るに従って多くの人が心の豊かさを求めるようになりました。
しかしそれまでは形から心を鍛えてきました。
その最たるものは戦争です。
戦争反対者であっても徴兵で駆り出されれば、
兵士として従わざるを得ません。
銃後を守る女子供の心のうちも、
同じく規約に縛られ、
無理難題を突きつけられても、
「嫌です」と本音を言うことはできなかったのです。

この本音を言えない心のあり方では、
心の豊かさや自分のあるがままを感知するセンサーはうまくはたらきません。
どうしても誤作動を起こします。

物質的には豊かになったけれど、
心を豊かにするにはそれまでの信念の拠り所さえ見直さないといけないのです。

その方との面談は挫折に終わりました。
程なく、娘さんから重い病を発症したことを知らされ、
お役に立てなかったことも神の意と考えられるようになりました。

DSC01349.jpeg

何ヶ月か過ぎ夜遅くにメールが届きました。
いつもは開けることのない時間にパソコンを開けたので、
直ぐに返事をすることができました。
やむに止まれぬお気持ちだっただろうと察しました。
面談へのお礼でした。

「先生のご活躍、ますますの事とお喜び申し上げます。
私は今、静かです。
癌との闘病も打ち切りました。
やっと肩の力が抜けて自分の今を感じます。
今まで立てていたアンテナも外れました。
今までの全てが、
今の幸せへの試練だったのではないでしょうか。
長い間、坂内先生のセッションを受けさせて頂き肩を抱いていただきました。
今、極限状態ですが
遣りたい事をウキウキと実行しようと思っております。
本当に有難う御座いました。」

この文面をどのように理解できるか、
今度は私の人間性を試されているように思いました。
「今まで立てていたアンテナも外れ」という意味はどういうことでしょう。
私の勝手な解釈ではアンテナは、「信念」なのだと思うのですが。
お互いを尊敬し合う母と娘。
娘の要望で私を訪ねてくれた経緯があります。
最後に、娘の思いを理解できたと言う意思表示でしょうか。

娘さんがオープンクラスで披露してくれた夢は、
亡くなって10日もたたないものでした。
元気ででんぐり返しをして見せる夢です。
「放浪記」(菊田一夫作)の舞台で森光子が見せたあの姿そっくりに。
林芙美子の生涯を模して、
生き切ったと知らせたいのでしょう。
そしていまは元気でいるとも。

この方の個人セッションを始めて間もなく、
見知らぬ女性が夢に現れて、
「よろしくお願いいたします」と挨拶してくれました。
姿格好をお話ししたら、
亡くなられた妹さんとわかりました。

それでも夢による面談療法はうまく行かなかったのです。
わたしたちは双方で、
自分の我の強さに泣かされたのでしょう。

床に伏すようになってから、
この方は夢をよく見るようになったとのことでした。
その詳細は分かりませんが特筆すべき夢の一つが、
この世を去るときの光景だそうです。
寸分違わず現実の場面だったそうです。
ご本人はどんなに安心されたでしょう。

あちらの世界に先に行かれた妹さんの言葉がいまでは良くわかります。

これまでの経過を言葉にするのは難しいですが、
たくさんのプレゼントをこの方からいただきました。

DSC01386.jpeg





posted by バンナイ at 13:37 | 夢の活用法
  • (c) Kazunori Keiko Bannai All Rights Reserved
  • Home