画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2017年08月08日

留学中父の死を夢見る

DSC09089.jpg

海外に留学中の方から突然のご相談がありました。
慣れない地で父の死を夢に見て不安に駆られたようです。
急ぎ返事をしたため、
夢の意を伝えたところ、
よくご理解をいただけたようでした。
それで私の返事とその方の感想を
ブログ記事にする許可をいただけたのでここにお見せします。
カッコ( と カッコ )の間の文章は彼女の文章の写しです。
分り難いでしょうか。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

○○さま

ご心配を少しでも解消して欲しいと、
急ぎ思うところをおしらせします。

(隣で私と一緒に歩いていたはずの父が
ふと、亡くなっている状況に私は置かれ
「父はもぅいないんだった、そぅか」
と、思い出すような感覚を覚え
父に対し、やり残した事があったと悔やむ感情と共に
この悲しみを乗り越えよぅという気持ちが強く
1人耐えていました。)

という部分が重要です。
さらに、

(父に対して、やり残した事があったと悔やむ自分を思うと、涙が溢れました。
「後悔したくなぃ」と。)

この解釈にやや誤解があるようだと思いました。
今この時こそ、父上に対しやり残しがないように行動されますように。

父上へのやり残しとは直接父上への何かではなく、
あなたが父の娘として恥じない生き方を生きるということではありませんか。

念願叶って憧れの地で留学中です。
そこで十分当初の目的を達成されることだと、
夢の専門家は考えました。

(大きな事を成そうとするより、自分の周りから)

は、エドガー・ケイシーが奉仕の方法を探している人に常にいう言葉です。

自分が、

(インディゴチルドレンやスターシードやライトワーカー)

であることより、
自分は今肉体を持った人間であり、
すべてのひとびとと同じ土俵にいるという感覚を持てた時、
神が特別○○さんの手中に持たしてくれた道具を見いだすことができるでしょう。

(父が亡くなる夢)

で、現実父上が亡くなるという事例を今まで知りません。
だから○○さんの場合も亡くなりはしないと軽々には申し上げませんが、
夢のメッセージの重要なところは、
「親殺し」つまり今こそ親を越える時だと伝えています。
その超えるところを○○さんはお考えになる必要があります。

お心騒がせず、お勉強に集中されたらいかがでしょう。

そこで質問なのですが、
留学中にお父上さまが亡くなったら、
途中で切り上げるおつもりでしたか。
お父上さまはそれをお望みですか。
この辺の整理がお出来になっていないように思いました。

お父上さまと○○さんのご関係をしっかりお考えになり、
ご自分を中心に御考えください。

取り急ぎ。

坂内慶子

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

坂内慶子 先生

御返事下さいまして有難うございます。

早々にアドバイスを下さったお心遣いに
心から感謝しています。

夢を見て目が覚めた後、
先生のブログの記事を拝見し
心落ち着かせてはみたものの
良からぬ不安の全ては、拭い去れずにいました。
今回このアドバイスを頂けた事で、心が落ち着いて来ました。
そして、この貴重な留学の時間を
真に、大切に過ごすとの決意が持てました。
本当に有難うございます。

“私が、父の娘として恥じない生き方を生きる”
とても腑におちました。
おっしゃる通りです、正にその一点です。
深く肝に銘じます。

父の期待に添おう、認められたい、喜ばせたい
これまで、これらの思いから抜け出せず
その中でもがいて来ました。
今が、そこから抜け出す時(チャンス)なのだと感じました。
もの凄く大きな、ととも大切な一歩になります。
有難うございます。

“自分は今肉体を持った人間であり、
すべてのひとびとと同じ土俵にいるという感覚を持てた時”
生まれてから、地に足が着かないまま、ここまで来ました。
坂内先生のおっしゃる通り、私に最も必要な教訓です。

“もし、留学中に父が亡くなったら”
考えないようにしていました。
帰らないわけにはいかないかな、と思うからです。
ただ、もし帰らなくても
父なら理解してくれるだろうとも思います。
ただ、やはり帰国までは生きていて欲しいですが。

今は、今ここに居る意味を、しっかり生きます。

坂内先生へ、感謝を込めて。

○○

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
この方が気づかれたように、

(父の期待に添おう、認められたい、喜ばせたい
これまで、これらの思いから抜け出せず
その中でもがいて来ました。
今が、そこから抜け出す時(チャンス)なのだと感じました。)

この短い文章の中に込められた納得こそ、
この夢が示唆し得て欲しかったところです。

留学という人生の大イベントは、
変容のチャンスです。

この方ばかりでなく、
多く親元を離れて海外にいる方々にとって、
彼女の夢と気づきがひとつの光になってくれますように。



posted by バンナイ at 18:25 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年07月15日

自分の性格を知らなければ夢はわからない

DSC09000.jpg

夢を理解するお手伝いにと、
奇想天外な夢らしい場面を、
一度徹底的に自分から離して、
分解し分析するために夢語辞書を作りました。
夢の象徴を単語で考えて欲しいと思ったからです。
しかし夢の事物を辞書で引いてみても、
夢が言わんとするところが分からないことがあります。
その時は、
夢が自分の現状を表しているのなら、
日頃の態度が夢に現れて、
それが問題を難しくしていると考えてみましょう。
自分の態度振る舞いに注目する訳です。
すると自分ならではの思考回路がわかり、
チャレンジの仕方に問題があるのだと気付くことができます。

そんな例をお話しましょう。
夢本体【誰とは分からない女性と一緒。
(しかし夢の中では親しい友人らしい。)
ふたりで船着き場の小屋で船を待っている。
その女性に、
「早く行こうよ」と言っても化粧してて動かない。
「もう船出ちゃうよ」と声をかけても動かないので、
「もういいや」と外に出たら、
小屋の前まで水があふれている。
水の被った一帯を不自由しながら船着き場に行くが、
足許がおぼつかない。
一瞬海の中に足を踏み外しそうになる。
気づいたら目の前の船は埠頭を離れてしまっていた。
残念と思う。】

この夢は2011年3月初めに見たそうで、
その後に東北大地震が起きました。
一瞬予知夢のひとつだと思ったでしょうか。
だとしても、
夢はどんな夢も自分へのアドバイスと受け取る必要があります。
この方はその頃どうしても自立を果たしたいと願っていたのでした。
しかし最終局面になると条件が整わず叶わなかったというのです。
その原因をこの夢で、
自分に「勇気がないから」と結論づけたと話してくれました。
勇気がないのであのとき自立が叶わなかったと。
6年前の夢で勇気がないと自分を断じていたのです。

ここからが性格を考えなくてはいけないのですが、
夢では友人と一緒に船に乗ることになっています。
この方が友人と一緒でないと船に乗れないのは、
一人で行動するのではなく、道連れが欲しいのです。
道連れは何を指すかといえば、
自分以外の人の同意が必要なのです。
あなたがやるなら私もと言ってくれる仲間が必要なのです。
賛同が欲しいのです。
賛同とは他人の承認です。
他人が賛同してくれて承認してくれると勇気が出て行動を起こせる。
その心のメカニズムをこの夢が教えてくれました。
行動を起こすとき、
他人の賛同も承認も称賛さえ必要がない性格の人はいくらでもいます。
でもこの方は他人の承認が必要で、
それを得られなかったので、
このとき自立を果たせなかったと考えたようです。
では夢に戻りましょう。
その友人は大事な時に化粧をして動こうとしません。
これはこの方が体面を気にする性格だからでしょうか。
体面(=化粧)を気にするから自立の行動に出られなかったと。

ここからさらに夢を深く捉えなくてはならないのですが、
自立とは、自律と一体に考えないといけません。
社会的に経済的に自立するには、
自律した心を持った社会に向けたペルソナが必要です。
つまり、化粧も必要なのだと後になって気付けます。

このときこの方が取ろうとした行動は、
他人の承認が必要であったのと同時に、
社会に向けたペルソナがまだ仕上がっていない状況だったのかもしれません、

この夢でこの方のエネルギーは、
他人の承認がその元になっていたとわかりましたが、
これでは行動に出てもエネルギーはすぐに枯渇します。
気まぐれな他人の承認をあてにし続けるわけにはいきません。
自分が自分に向けて承認するのでなければ、
エネルギーの補給は期待できません。
その意味で、
このときこの方が自立に向けた行動を取らなかったのは、
適切だったのかもしれません。

後日この方からいただいた感想です。
《夢について、自分は決断力が無いから船も出て行ってしまったと解釈していました。
夢の説明を受けて「承認」、という言葉にビックリしました。
そういえば、私は誰かに承認してもらう事で一歩を踏み出していました。
逆に承認してもらわないと踏み出せない人ですと
夢から教えられました。

勇気、決断力という言葉の芯の部分は誰かの承認を得なければ勇気が出せないという自分の内側の世界だったのですね。

これが私の魂の傷(トラウマ)の一つだと気づき
自分を頼りに行動をするというのが今後の課題でもあると解りました。

あとは行動ですね。
有難うございました。》

心温まる深い洞察をこのお便りから感じます。


posted by バンナイ at 20:24 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年07月08日

畳の異常

畳の異常絵.JPG

オープンクラス8月12日、9月9日残席あります。
お早めにお申し込みください。

もう何年も前のことですが、
畳を引っぺがしたら、
下は腐っているという夢を見ました。

自分の体調を考え、
これは大腸の中の食べたものが腐敗しているのだと受け取りました。
常に下痢気味だったので、
下痢をしている上に洗腸をするのは、
気合の要ることでしたが、
やってみるとスッキリと気持ち良く、
夢の正確さに改めて感心したものです。

便は出ていれば良いのではなく、
発酵が適切に行われての結果であることが必要です。

先日話し合われた夢に畳が登場。
私も体験があるので、
すぐに大腸の状況を伝える夢だと当たりをつけることができました。

夢はこうです。
【夜、居間にいる。
隣が風呂場で、
娘が風呂に入っている水音が聞こえる。
そのうち水音は濁流の様な音になって、
畳の一部がみるみる膨れ上がる。
これは風呂場の水の音ではなく、
下を水が流れていて、
その勢いが増していると思い、
畳を必死で手で押さえる。
音がすごい。
怖くなる。】

大腸は、小腸で消化吸収された後の飲食物から、
更に水分を吸収する働きがあります。
まさにこの夢の水の流れのように、
大腸壁から水分が吸収されていくようです。

その大腸を表す畳の一部が膨れ上がってくるのは、
腸内腐敗が進んでいることを想像させます。
腸内腐敗が起こると、
腸の働きが悪く、
滞留便が腸内に溜まり、
腸内に有毒な物質やガスが発生しやすくなります。
この腸内腐敗の知らせが畳の下の濁流と、
腸内腐敗で起きるガスの発生(畳の盛り上がり)でしょう。

夢は真理からくるので、
常に夢が表す場面は科学的にできています。

便秘にしてもガスの発生も、
治療法としては、
ケイシーが推奨する洗腸が最も安全と思います。
もちろん動きの悪くなった腸を適切に動かすには、
ひまし油湿布を前もって施す方がもっと適切です。
下痢も腸の働きが鈍って起こることですから、
対処は同じになります。


posted by バンナイ at 10:24 | Comment(0) | 夢で心と身体の健康状態を知る

2017年07月03日

魂磨きの現実3

「あ〜ぁ、
言わないでよいことを言って自分で自分を追いつめているかな?」(4)
ではなく、
「言っても詮のないことを言って自滅している」訳です。

そこでこれを七五調の戯れ唄にしてみました。

「悪いのはあなたと言って追いつめる。
気づいてみれば自滅の末路。」(5)

魂磨きの現実3−1.jpg

夢の神様の言葉(=夢の意)はパンチが効いて言い訳を許しません。
事ここに及んで、
初めてわたしは、
一体何を孤軍奮闘ドン・キホーテをやっていたのだろうと、
腰を据えて考えなくてはなりませんでした。

腫れ上がった無様な顔を鏡に映しながら、
これまで自分が夫にとってきた態度は、
神の御前に自分を置かず、
自分が夫の先を行く者かの様な振る舞いをしてきた、
その無様な格好が「これなのだ」とつくづく眺めたものです。

6月に入って、
夢療法家認定者研究会で、
風景構成法の絵を全員で描きました。

魂磨きの現実3−2.jpg

描き終わってみるとわたしの絵は奇妙でした。
絵の設定は、
春の終わりと初夏の間。
陽は顔を半分出しすっかりあたりは明るいけれど、
朝食にはまだ早い時間です。
男の子と女の子が家の庭で無邪気に遊んでいます。

家の東側には大きくてなだらかな山が一つ聳え、
山裾の南側を太陽が登っている図です。
家のそばを流れる川には岩が三つあり、
太陽の右側をその川の先が流れています。
ここがなんとも奇妙なのです。
川には家の前の道路と交差するところに橋がかかっています。
橋を渡ったところで川と道は並行に並び、
道は川に沿った小さい道と、
南に逸れて行く太い道になります。
奇妙なのは、細い道が川の流れに沿っている部分です。
ここが遠近法で描いたこの絵の次元に合わないのです。

この先川は創造の海に流れて行くのですが、
そこはもはやこの風景構成法の絵の中には無いことになります。
右側近未来の方向は次元を変える必要があると言われているのです。

往生際悪く、
それを認められない葛藤を抱えながらも腹を決めて、
絵から見えた「次元を変えること」を、
「今までやってこなかったことに取り組む」と受け取って、
それを考えることにしました。
これまでも散々考えに考えた結論で日々を過ごしてきたので、
これはとてもきつい作業でした。

しかし、これまでやって功のなかった実績のなさ(?!)、
失敗の数々、
身を切り刻んで生きている実感(これこそが魂磨き!)が、
自分の背中を押したのだと思います。

今までやってこなかったことが、
ふと心の中に浮かんだのです。

オショウのバグワン・ラジニーシは言います。
女は結婚すると夫の母になる。
それならそれを、
更にグレードを上げてやってみようと思えたのです。
面と向かってわたしの考えを言うのではなく、
わたしが自分の背中を見せればいいと思えたのです。
これは一見夫婦は対等ではないように思えますが、
そうではなく、女は女の特性を生かして行くことが、
夫婦の対等性を保てることになるということでしょう。

わたしの心の中で、
平安で優しい女性性と、
勇気と強い心をもつ男性性にバランスを持たせるには、
これを実行することが男性性で、
そこに自分が穏やかにいられることがわたしの女性性になります。
これができて初めて結婚生活が魂磨きの場となし得るのだと思います。

死の淵まで行った怪我は大いなる光明でした。
病院に通い、怪我の手当てを毎日夫にしてもらいながら、
わたしの心は少しずつ平安を取り戻しています。

結婚生活は互いが互いを大切に思う高まりからはじまる異性との関係です。
この高まりは神が世界を愛するのと同じエネルギーを持ってはじまります。
このベースがしっかりあることで、
魂磨きの局面を迎えられる土壌が作られます。
結婚関係だけが顕在意識で納得し獲得できた関係です。
だからこそ、
結婚生活の霊性に及ぼす成長の成果は計り知れません。
この体験は他の人間関係では成し得ないものです。

これまで何度も二人の関係が風前の灯火の様に感じて、
この先は消えてしまうのではと思うことがありました。
そんなときわたしはどうして彼と結婚したか、
その動機を思い出しその場に戻って、
自分の決意を再確認してきました。

人生の伴侶は彼でなくてはならない。
その理由や動機はただひとつ創造的でありたいと願ったからです。
その決意に戻ると、
「創造的」というわたしの願いと目標が、
わたしの努力を要求するのは当たり前と思える様になりました。

6月末大祓えの前日、
江ノ島神社の奥宮でお参りをしているとき、
珍しく賽銭箱の脇におみくじが置かれているのを見て、
多紀理毘売さまのお言葉をいただきたいとおみくじを引いてみました。
天の鳥船庵は多紀理毘売さまのご加護をいただいて開きました。
もちろんそれは10年前夢で知らされました。
おみくじの袋には弁財天の小さな像とおみくじが入っていました。
おみくじには「尽」とあり、
「夢に向かいありったけの力でベストを尽くそう
がむしゃらに努力すれば光が見えてくる
できるからやるのではない
やるから出来る」
とありました。
「夢」という字と弁財天の像は、
夢を仕事にしているわたしにとって特別な意味があります。
これこそ多紀理毘売さまがわたしに下さったお言葉と信じられました。

夫は夫ならではの歩幅と道筋とペースで人生に取り組みたいでしょう。
それを妻のわたしは目を離さず見守り続けること。
このことに忍耐が必要です。
そしてこの忍耐の中身をグレードアップさせることが、
魂磨きなのだと思います。
最終的に夫婦であっても魂は別なので、
彼のあり方はわたしを映す鏡です。
その像をどう理解するか、
やっとそれが見えた様に思います。

夫を鏡に自分を見て行くことについては、
別の機会に譲ることとしましょう。

長い話をここまでお読みいただきありがとうございました。
                   
                    ー終わりー

posted by バンナイ at 09:38 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年06月30日

魂磨きの現実2

DSC08948.jpg

そしてみた夢が、
「誰とは知らないひと組の男女が目の前にいる。
女性は大柄で色白。
女性は(何か)悪いことをしたらしい。
しかしその悪事についてふたりは触れられたくないとわたしは承知している。
なのにわたしはその言われたくないことを、
ふたりに向かってあけすけに言ってしまう。
すると、にわかにふたりは気色ばむ。
こうなってはじめて、ふたりはわたしの命を取るつもりだと察する。
そんな自分のバカさ加減に、
なんて学習能力のないわたしなのだと、
呆れながら慌てて逃げる。
幸い入り口は昭和の安物のガラスの入った玄関引き戸で、
細い木製の格子があるだけなので、
そのガラスに突っ込めば逃げおうせると踏む。
そこで身を翻してガラス戸に突っ込むと、
期待通りにやわな引き戸は壊れるが、ガラスも壊れる。
ここに来てやっとあのふたりは、
この鋭角に砕けたガラスがわたしに刺さって死ぬと予測して、
わたしを追いかけてこなかったのだと気付く。
あぁ、これで死ぬのだ。
(と、自分の動作をスローモーションで感じながら目を覚ます。)」

DSC08949.jpg

夢を思い出し記録しながら愕然としました。
「なのにわたしはその言われたくないことを、
ふたりに向かってあけすけに言ってしまう。
すると、にわかにふたりは気色ばむ。
こうなってはじめて、ふたりはわたしの命を取るつもりだと察する。」
「ふたり」は夫を指しています。
夢の二人連れはノミの夫婦の感じです。
夫は今の状態で、
どこか彼の魂がバランスをとりながら、
悪いと思って居ることをやって居るのでしょう。
この辺をうまく説明できないのですが、
わたしはひとり現状の自分で対処して居ることがわかります。
この心理戦を夫と10年間接してきたと感じます。
わたしが生き方に関して何か言えば、
彼は気色ばみ、
挙句に怒り出します。
対話に乗ってこない彼を土俵に乗せるには、
何回かのやりとりが必要になります。
ここでわたしは失敗をする訳です。
挙句彼はどこでどうすれば怒りのスイッチが入るか理解しろと言います。
怒り始めた彼を目の前に、
わたしはいつも学習能力のない自分だなあと忸怩たる思いになるというわけです。

どんなに言葉を選んでも、
そのニュアンスは「あなたが悪い」となっているのだと思います。
正論は正論が故に相手を追い込むものです。
正論は時に人を傷つけます。
当たり前を夢は伝えているのですね。

DSC08950.jpg

10年間、わたしは自分の正しさに酔っていたのでしょう。
良き妻でありたい。
賢い伴侶でありたい。
強く忍耐力のある伴走者でありたい。
役に立つ援助者でありたい。
真理はわたしの側にある。
この思いに囚われているのですから、
言葉にも力が入り緩めることを知りません。
この夫との間で繰り返したパターンについて、 
自分を弁護したい気持ちはいくらもありますが、
ここは夢の言う通り、
霊的に賢くない自分を受け入れなければらちがあきません。
これが夢の鋭さです。
自分の言い訳は置いといて、
夢の指摘する視点で物事を捉えなければ、
ここから抜けることはできないのでしょう。

10年間のはじめの頃は、
幼児に諭すように、
真理とはこういうものだと、
夫に言い聞かせて来たように思います。
女は結婚すると相手の母親になると、
バグワン・ラジニーシも言っていますが、
女が夫の母親になる理由を大まかに言ってしまえば、
男性は対局的な見方をし、
女性は大局的な見方が得意だということでしょうか。
男性はこの世的な対処を得意とし、
女性はあの世を含めて物事を捉えようとします。
でなければ魂の容れ物である子を子宮に向かい入れることはできないことで、
これを女は子宮で考えると古来表している様に思います。
だから男はこの世で能力的に有利に働き、
女性は大地を味方にすることで強さを発揮します。
(とは言え現代社会の女性像は、
この特性を生かしきれていないように思いますが。)
この短い説明で夫婦の特徴を表すのは不十分と思いますが、
この世に集中して自己表現をする男性(夫)に、
女性のわたしは説明のつかない戸惑いを感じています。
これまで夫に取って来た態度をこれで全て説明できるわけではありません。
しかしふたりだけの生活なので、
危機はいつもギリギリのところで回避するように、
どこか暗黙の了解事項となって、
夫教育は危ういバトルを切り抜けて来た様です。

話を戻して、
この夢を見た三日後、
わたしは1メートルの高さの崖から、
頭を下に落ちてしまいました。
わずかな崖の上の空き地を畑にしようと、
ひとりで作業を始めたばかりでした。
落ちる瞬間意識ははっきりとあって、
「あら、落ちちゃった!」と思いながら、
「大事ない!大丈夫!」と自分に言い聞かせたものの、
ふと気づいたら頭から血を出していたので、
夫に救急車を呼んでもらうことにしました。

MRIの検査を受けるまでじっと動かずにいたのですが、
頭の左側面を打ったらしく、
左の額に大きなコブができ、
左の外耳は擦れて半開きになったようでした。
そこを洗浄してくれた医者と外科の医者の会話は、
「縫うことはできない」ということでした。
外耳は餃子の皮が二枚に剥がれたと同じ様子(?)らしく、
その厚みのないところに砂が入り縫えない様でした。

幸いMRI検査に異常はなく、
次の日からしばらくお岩さん様の顔になってしまいましたが、
外耳と頬の擦り傷だけで他に大事はありませんでした。
とは言え、あの世はひとまたぎだったと思います。

夢はきつい警告だった様です。
それを予知夢にしてしまったわたしでした。
つまり、夢で死んで、
現実でも臨死体験をしないとこの先はないと言う、
神意を汲まなければならない訳だったのです。
                               ーつづくー

posted by バンナイ at 10:49 | Comment(1) | 夢の活用法

2017年06月26日

魂磨きの現実1


自分のことは良くわからない。
けれどひとのことは良くわかる。
わたしもその例に漏れず、
日々の生活は待った無しで苦戦を強いてきます。
その苦戦を強いる難問に、
この10年間どれほど無様な日々を送ってきたか。
そんな話をこれからしてみようと思っています。

結婚は魂磨き。
自分も勿論例外ではありません。
むしろ外に向かって言えば言うほど、
キツイ試練が自らの日常に起きてきます。
日々の何気ないシーンでさえ、
さらっとやり過ごせない自分。
なんて下手な生き方しかできないのだと自分が自分に呆れます。

ここ10年ほどわたしの大問題は、
夫に話が通じない。
特に生き方についてどうにも話が通じない。
わたしの特異な夢の仕事に関しては、
誰よりもの理解者なのに、です。

大事なところで話が通じない。
と、わたしは思っているので、
どうにも苦しいのです。
この未消化な思いからなんとか脱出することはできないものか。
悶々としながらこの10年を過ごしてきました。

こんな風にお話しすると、
「どの夫婦もおんなじですよ」と、
外から声が聞こえそうです。
多かれ少なかれ意に沿わないのが結婚生活で、
そうなると以後の生活は妥協の産物になりかねません。
そうはさせじと孤軍奮闘を強いることになります。
結婚生活は共同生活でありながら、
魂の芯のところでは個々の霊性育成。

さてそこででは、「どこがどう話が通じないか?」の話はまだできません。
なんでこんなにも話が通じないか、
その全体像がわたしに見えていないからです。
見えていないのかもしれないからです。
こちらの鬱憤かもしれない。
こちらの都合かもしれない。
ややこしい話ですよね。

講座の中でよく思うのは、
多くの人が自分の信念で人を図り、
それで苦しんでいる姿です。
それをわたし自身がやっている可能性があります。
これを考えることが「魂磨き」?
(分かったようで分からない?)

結婚して年月を重ねていくと、
その長さに倍加して、
相手に対する違和感が増えます。
違和感という言葉は便利ですが、
忸怩たる思いというか。。。。。
その忸怩の元、
自分が自分の何に恥じ入るかといえば、
見立ての違いに。
夫選びに。
あら、わたしってこの程度の眼識力しか持ち合わせなかったのね、と。
自分が自分にダメ出しをする羽目になります。

この自分へのダメ出しが、
魂磨きの元になる要素だとわたしは思っています。
とはいうものの誰もがこの形を取って、
魂磨きの原因に出会うのかどうかについてはなんともいえません。
しかし多くの人は多かれ少なかれ、
伴侶に飽き、結婚生活が予想と違うという思いを抱いて、
生きるテーマに出会って行くのだろうと思います。

そんな違和感の真ん中を行かなければ、
違和感の原因はわからないでしょう。
そしてその違和感を、
共感と協調という、
彼岸へ連れていってくれる道連れにすることはできない。

違和感を消化したい。
違和感を昇華したいのです。
本当は違和感を消火して、
変容につなげていきたいのです。

夫婦は元気で自分の仕事に夢中になっていられる間は、
その違和感に危機感はありません。
ところがわたしたち夫婦は神の覚えめでたく、
結婚生活15、6年を迎えて不均衡が生じて、
互いの魂磨きに突入となったのでした。
こうなると相手はきつい鋭利な研磨剤となり、
話が通じない部分が二人の間の全部と錯覚させるようになります。

この分岐点に来た時、 
それが自分の魂が求める本当の人生修行の目的なのだと、
わたしは気付いたのです。
しかし気づいてはみたもののその全貌というか、
核になるものが見えたわけではありません。
(そうはいうものの平たくいえば、
すべての魂の方向はこの人生で愛を創造することでしょう。
魂の独自性で愛を作って行くことなのだと思います。)
というわけで、核ははっきり言えないけれど、
目的というか方向性は見えて来ました。

夫婦は平行線。
電車のレールのようだと話してくれた方がいるのですが、
この慰めにも心は静まらないほど、
わたしの中では忸怩たる思いが夫との間にあります。
「あった」と言いたいところですが。

この相手に伝わらないもどかしい感じを離れて、
大局的観点からものが見えないものだろうかと願うのです。
心のうちにある、
相手に通じない思いを、
相手の生き方にその理由を探るのではなく、
自分の霊性のあり方に原因を求めなくては、
これを修行のテーマに成しえません。

そこで4月思い余って夢に訊いてみました。
「いま、夫に取るべき態度を正確に知りたい(教えてください)」(1)

DSC08946.jpg


                         ーつづくー





posted by バンナイ at 16:48 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年06月13日

感謝の言葉

自慢話2.jpg

自慢話になりますが、
天の鳥船庵が提供している講座の成果の話です。

どうやら今政府の存続が怪しくなってきました。
昔に比べ、不都合も人目に付かない活動も、
多くが白日の元にさらされるようになってきました。

その流れるエネルギーに善悪はないので、
地球規模とひとりひとりの内面に力動がはたらいて、
気づきの連鎖がさらに大きく広がっています。

そんななか認定者のおひとりが、
天の鳥船庵で勉強した3年の成果を、
感謝として報告してくれました。
自分の心の内が周りの人に波及していったというお話です。

ー引用始めー

昨日先生にお話しした
「夢を学んできて良かったと思えた話」ですが
先生への感謝の気持ちと自分の振り返りとしてまとめてみました。

今回遭遇した事件は、
私に責任がないとは言え、
私の行動が
関係する人々の人生に影響を与えるかと思うと足のすくむ出来事でした。

そんな中
「私はどうありたいのか?そのためにはどうしたら良いのか?」を
繰り返し自分に問いかけ
「私は誠実でありたい」という思いを確認した上で、
行動する事が出来ました。
それが自分の軸になり自信となり、
私がぶれずにいることで共に行動する仲間を支える力にもなりました。

これは夢を学んできた3年間、
毎月自分の思いや歪みや自分の行動パターンを
その時その時振り返って自分を見つめてきたからだと思います。
夢の指摘は厳しく生かし切れずもどかしいと思ってきましたが 、
ほんの少しずつ、私は強くなっていました。

クローズクラスや養成講座で
他人の様々な人生を垣間見た事も どれだけ私を豊かにしていたのかと思います。
魂を磨くために、
自分を生きるために、
今それぞれの人はどうしたら良いのか?
また他人の人生に私は立ち入れない事(その人のカルマはその人の課題である)、
そんな事を知っている事が私の力になっていたのです。

ー引用終わりー

自慢話1.jpg

この方は、
「夢の指摘は厳しく生かし切れず」と正直に語ってくれました。
わたしも夢に取り組むたびに何度その厳しさに萎えたことでしょう。

しかしそれはこちらの誤解で、
夢は、「You can do it」といつも側にいて励ましてくれる証拠です。
夢は、いつも「人生諦めることはない」と助言をくれます。
夢は、夢主の人生を諦めることがないのです。
だからこちらが萎えて夢に立ち向かえない時があっても、
しっかり寄り添ってくれます。

養成講座では実践練習として、
クライアントに4ヶ月間夢療法を体験してもらいます。
この時、最初の夢ひとつでその方の大方が窺えます。
それを受けて、こちらは人生の妙と神聖さを覚えます。
その感動は他人を善悪で考えることなく、
「ぶれずに支えになれる自分」を養ってくれます。
このことが「私は誠実でありたい」という言葉に表れています。

この感謝の言葉の主は、
養成講座のクライアントから夢の取り組みを始めました。

わたしも養成講座のクライアントをやってみたいと、
ご興味の湧いた方は、
まずはオープンクラスまたは個人セッションを申し込まれてください。


posted by バンナイ at 09:55 | Comment(0) | あれこれ
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