画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2017年06月26日

魂磨きの現実1


自分のことは良くわからない。
けれどひとのことは良くわかる。
わたしもその例に漏れず、
日々の生活は待った無しで苦戦を強いてきます。
その苦戦を強いる難問に、
この10年間どれほど無様な日々を送ってきたか。
そんな話をこれからしてみようと思っています。

結婚は魂磨き。
自分も勿論例外ではありません。
むしろ外に向かって言えば言うほど、
キツイ試練が自らの日常に起きてきます。
日々の何気ないシーンでさえ、
さらっとやり過ごせない自分。
なんて下手な生き方しかできないのだと自分が自分に呆れます。

ここ10年ほどわたしの大問題は、
夫に話が通じない。
特に生き方についてどうにも話が通じない。
わたしの特異な夢の仕事に関しては、
誰よりもの理解者なのに、です。

大事なところで話が通じない。
と、わたしは思っているので、
どうにも苦しいのです。
この未消化な思いからなんとか脱出することはできないものか。
悶々としながらこの10年を過ごしてきました。

こんな風にお話しすると、
「どの夫婦もおんなじですよ」と、
外から声が聞こえそうです。
多かれ少なかれ意に沿わないのが結婚生活で、
そうなると以後の生活は妥協の産物になりかねません。
そうはさせじと孤軍奮闘を強いることになります。
結婚生活は共同生活でありながら、
魂の芯のところでは個々の霊性育成。

さてそこででは、「どこがどう話が通じないか?」の話はまだできません。
なんでこんなにも話が通じないか、
その全体像がわたしに見えていないからです。
見えていないのかもしれないからです。
こちらの鬱憤かもしれない。
こちらの都合かもしれない。
ややこしい話ですよね。

講座の中でよく思うのは、
多くの人が自分の信念で人を図り、
それで苦しんでいる姿です。
それをわたし自身がやっている可能性があります。
これを考えることが「魂磨き」?
(分かったようで分からない?)

結婚して年月を重ねていくと、
その長さに倍加して、
相手に対する違和感が増えます。
違和感という言葉は便利ですが、
忸怩たる思いというか。。。。。
その忸怩の元、
自分が自分の何に恥じ入るかといえば、
見立ての違いに。
夫選びに。
あら、わたしってこの程度の眼識力しか持ち合わせなかったのね、と。
自分が自分にダメ出しをする羽目になります。

この自分へのダメ出しが、
魂磨きの元になる要素だとわたしは思っています。
とはいうものの誰もがこの形を取って、
魂磨きの原因に出会うのかどうかについてはなんともいえません。
しかし多くの人は多かれ少なかれ、
伴侶に飽き、結婚生活が予想と違うという思いを抱いて、
生きるテーマに出会って行くのだろうと思います。

そんな違和感の真ん中を行かなければ、
違和感の原因はわからないでしょう。
そしてその違和感を、
共感と協調という、
彼岸へ連れていってくれる道連れにすることはできない。

違和感を消化したい。
違和感を昇華したいのです。
本当は違和感を消火して、
変容につなげていきたいのです。

夫婦は元気で自分の仕事に夢中になっていられる間は、
その違和感に危機感はありません。
ところがわたしたち夫婦は神の覚えめでたく、
結婚生活15、6年を迎えて不均衡が生じて、
互いの魂磨きに突入となったのでした。
こうなると相手はきつい鋭利な研磨剤となり、
話が通じない部分が二人の間の全部と錯覚させるようになります。

この分岐点に来た時、 
それが自分の魂が求める本当の人生修行の目的なのだと、
わたしは気付いたのです。
しかし気づいてはみたもののその全貌というか、
核になるものが見えたわけではありません。
(そうはいうものの平たくいえば、
すべての魂の方向はこの人生で愛を創造することでしょう。
魂の独自性で愛を作って行くことなのだと思います。)
というわけで、核ははっきり言えないけれど、
目的というか方向性は見えて来ました。

夫婦は平行線。
電車のレールのようだと話してくれた方がいるのですが、
この慰めにも心は静まらないほど、
わたしの中では忸怩たる思いが夫との間にあります。
「あった」と言いたいところですが。

この相手に伝わらないもどかしい感じを離れて、
大局的観点からものが見えないものだろうかと願うのです。
心のうちにある、
相手に通じない思いを、
相手の生き方にその理由を探るのではなく、
自分の霊性のあり方に原因を求めなくては、
これを修行のテーマに成しえません。

そこで4月思い余って夢に訊いてみました。
「いま、夫に取るべき態度を正確に知りたい(教えてください)」(1)

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                         ーつづくー





posted by バンナイ at 16:48 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年06月13日

感謝の言葉

自慢話2.jpg

自慢話になりますが、
天の鳥船庵が提供している講座の成果の話です。

どうやら今政府の存続が怪しくなってきました。
昔に比べ、不都合も人目に付かない活動も、
多くが白日の元にさらされるようになってきました。

その流れるエネルギーに善悪はないので、
地球規模とひとりひとりの内面に力動がはたらいて、
気づきの連鎖がさらに大きく広がっています。

そんななか認定者のおひとりが、
天の鳥船庵で勉強した3年の成果を、
感謝として報告してくれました。
自分の心の内が周りの人に波及していったというお話です。

ー引用始めー

昨日先生にお話しした
「夢を学んできて良かったと思えた話」ですが
先生への感謝の気持ちと自分の振り返りとしてまとめてみました。

今回遭遇した事件は、
私に責任がないとは言え、
私の行動が
関係する人々の人生に影響を与えるかと思うと足のすくむ出来事でした。

そんな中
「私はどうありたいのか?そのためにはどうしたら良いのか?」を
繰り返し自分に問いかけ
「私は誠実でありたい」という思いを確認した上で、
行動する事が出来ました。
それが自分の軸になり自信となり、
私がぶれずにいることで共に行動する仲間を支える力にもなりました。

これは夢を学んできた3年間、
毎月自分の思いや歪みや自分の行動パターンを
その時その時振り返って自分を見つめてきたからだと思います。
夢の指摘は厳しく生かし切れずもどかしいと思ってきましたが 、
ほんの少しずつ、私は強くなっていました。

クローズクラスや養成講座で
他人の様々な人生を垣間見た事も どれだけ私を豊かにしていたのかと思います。
魂を磨くために、
自分を生きるために、
今それぞれの人はどうしたら良いのか?
また他人の人生に私は立ち入れない事(その人のカルマはその人の課題である)、
そんな事を知っている事が私の力になっていたのです。

ー引用終わりー

自慢話1.jpg

この方は、
「夢の指摘は厳しく生かし切れず」と正直に語ってくれました。
わたしも夢に取り組むたびに何度その厳しさに萎えたことでしょう。

しかしそれはこちらの誤解で、
夢は、「You can do it」といつも側にいて励ましてくれる証拠です。
夢は、いつも「人生諦めることはない」と助言をくれます。
夢は、夢主の人生を諦めることがないのです。
だからこちらが萎えて夢に立ち向かえない時があっても、
しっかり寄り添ってくれます。

養成講座では実践練習として、
クライアントに4ヶ月間夢療法を体験してもらいます。
この時、最初の夢ひとつでその方の大方が窺えます。
それを受けて、こちらは人生の妙と神聖さを覚えます。
その感動は他人を善悪で考えることなく、
「ぶれずに支えになれる自分」を養ってくれます。
このことが「私は誠実でありたい」という言葉に表れています。

この感謝の言葉の主は、
養成講座のクライアントから夢の取り組みを始めました。

わたしも養成講座のクライアントをやってみたいと、
ご興味の湧いた方は、
まずはオープンクラスまたは個人セッションを申し込まれてください。


posted by バンナイ at 09:55 | Comment(0) | あれこれ

2017年06月09日

魂が結婚を必要としない人(結婚の勧め)

結婚が不必要1.jpg

もしあなたがこれまで結婚を考えたことがないなら、
あなたは小さい時から、
自分が何をやりたいのかを知っていたし、
それに夢中になれる自分を誇らしく思えていたでしょう。

それが研究でも仕事でも創造的な芸術活動でも、
あなたという存在とそれ以外の世界は争うことなく、
目の前の目標に専心できていたはずです。

あなたはあなた自身で、
自分の考える宇宙をつくっていけると信じています。
自分の存在に迷いがないので、
自分の道は自分の足元にあり、
誰かの考えを参考に生きることを考えません。
あなたという存在とそれ以外の世界は、
合致しなくても争わず、
理解されなくても葛藤はないのです。

あなたはこの世に生まれ、
あなた自身が周りの人々にとって光の存在になってきました。
希望の星の存在であるあなたはその率直さを持って、
人の心の中に入っていけるのです。
その軽さは重荷を背負う人の心を軽くします。

あなたの幼少時代、
あなたは一番身近な人に無償の愛で愛されていました。
あなたがこの世にいるというそのことだけで、
周りの人は幸せでした。
どんな時でも何があっても身近な人は、
あなたの尊厳を傷つけることなく、
あなたの必要とこの世の決まりの間を図って、
あなたの魂の成長を叶える方法を身を以て示してくれました。

こういう人は結婚を考える必要を感じないでしょう。
ひとりでいるという感覚はなく、
ひとりでいてもみんな一緒なのです。

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こうしたあれこれに当てはまらない多くの人は、
魂レベルで結婚が霊的生き方を促進させてくれると、
理解しているはずです。

いまのあなたはあなたの全てを持って、
無条件にこの世界を愛すことは難しい。
いまのあなたが条件付けで愛されて来たことを知って、
あなた自身が条件付け愛で自分を図っているからです。

端からこんなことを言ってしまったら、
鼻白んでしまいますか。

女性性の時代の幕開けは、
この結婚観を本来のところに戻すところからはじまります。

条件を付けずに自分を愛すために、
他人を通して、
異性を通して、
自分の魂の完全性を取り戻すためです。

これが結婚の役割です。




posted by バンナイ at 09:11 | Comment(0) | 結婚の勧め

2017年06月08日

結婚こそスピリチュアルの極み(結婚の勧め)

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わたしが夢に取り組んだそもそもは、
エドガー・ケイシーが、
「自分を知りたければ自分の夢を知ること」と教えてくれたからです。
正確には、自己探求の道具は3つあって、
誰にでも与えられているそれは、
「祈りと瞑想と夢」ということでした。
祈りと瞑想はそれなりにすぐに実行できるとして、
自分の夢は自分で紐解かなくてはなりません。
これは厄介なことになったとは思いましたが、
それまでに医療リーディングの確かさを身をもって納得できていたので、
この提案はとても刺激的で信じられると思いました。
それに何より、自分を知ることは最もやりがいがあることです。

更にケイシーの言う夢と瞑想の位置付けも納得いくものでした。
両方があってこそ自分を正確に知ることができます。
瞑想だけでは自分の心のうちは測れません。
瞑想の中で起きる変化はうっかりすると、
自分を「一角の者(ひとかどのもの)」と錯覚させるし、
また遅々と進まない瞑想体験は自己卑下に陥らせる罠があります。

その点、夢は克服するための課題と自分の実情だけを知らせてくるので、
うっかり思い上がることもなく、
この世にいる限りは、
取り組むべき課題が見えている状態にしてくれます。

夢はファンタジーではないけれど、
人生への夢を持ち続けることは原動力です。
この違いを教えてくれるのは、
夢のメッセージを行動に移して得た確信が教えてくれます。
(しかし残念なことに、
夢を単に情報として受け取ったり、
夢を楽しむ材料にしている方々がいます。
ケイシーが言っているように、
夢は自分にとっての確かな助言です。
自分の中の神と繋がったところからくる夢に取り組むことは、
人として最高の能力開発方法でもあり、
超能力を開発するのが目的ではないけれど、
信頼に値する直感力をつけるにはベストの方法です。
従って自分を知るための夢は、
神への信頼を持って自己鍛錬のために使わなければ、
その真価を発揮することはありません。
そしてもっと大切なことは、
それを立ち位置としない限り、
夢が言わんとする核心に至ることはできないことです。)

そんな訳で誰にでも与えられた道具の一つである夢が、
自分を知る上で屈強の武器になると太鼓判を押されて、
その当時身震いしたものです。

とは言え夢が何を言っているのか、
その全体像を知ることは凡人の私には不可能に思えました。
夢に一生をかけても、
神秘のベールは取り除けないままで終わるだろうと考えていたのです。
それにケイシーの残した夢に関するリーディングは、
個人向けの具体的なアドバスがほとんどです。
そこから夢の全体像を知ることはまた難しいことのように思えました。
しかし一方で、
夢が言わんとするところ、
夢がいう生き方、
その方向性、
その真のところを知りたいものだと心の中には熱いものが芽生えていたのです。

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夢が自分を知る屈強の道具なら、
霊性を磨く生き方が夢の中に含まれているはずです。
これなくして夢に取り組む意味もないと思ったのです。

そんな訳で長年月夢の助言を頼りに自分の夢に取り組む一方、
多くの方々の夢に触れて分かったことがあります。
それは「夢は結婚こそ霊的生き方の実践場」ということでした。
つまり夢は結婚を勧めていると分かったのです。
これは大変な発見でした。
子孫繁栄でも財産の継承でもこの世の栄耀栄華のためでもなく、
霊性のためにのみ結婚を勧めています。

これはわたしに取ってかなりの驚きでしたが、
腰を据えて考えてみれば、
ごくごく当たり前です。

つまり霊性を重んじた生き方をしたいなら、
志を同じくする異性を伴侶に、
自分の霊性の極みを相手に差出していくことが、
夢が提案していることと知ったのです。

いまわたしたちが生活している日本という社会は、
世界規模で眺めても成熟した人々の集合体でできています。
だからこそ夢という捉えどころのないものを頼りにしながら、
実態のない次元を超えた魂という自分の存在を、
この世に表していくことが課題なのでしょう。
その難しいところを異性との統合を目指していくことでしか、
人としての最高の願いを実現することはできないのです。

こうして気づいてきた「霊性の極みが結婚生活」を、
これからお話ししていこうと思っています。

あなたがもしこの人生で霊性を重んじた人生を送りたいなら、
結婚をその主たる目的に据えられることをお勧めします。



posted by バンナイ at 10:37 | Comment(0) | 結婚の勧め

2017年05月22日

夢で知る母が娘に与える影響

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先日のクラスは、
3歳から8歳までの娘を持つ母親だけが受講生でした。
これはとても珍しいことで、
その上議論になった夢は、
母と娘の間で何が起きているか。
あるいは何が行われているかを知らせるものでした。

これについてプライバシーもあり、
あまり具体的な話はできません。
しかし特に母親は子供の心に何が起きているか、
正確に知りたいでしょう。
トラウマという言葉は市民権を獲得して早何年というほど、
誰もが知り得る言葉になっていますが、
自分のトラウマについては自覚があっても、
子供のトラウマがどのように生じるものか、
また自分が親としてそのタネを蒔くとなったら、
心のうちも波立ちます。
それを真正面に受けて立ったとき、
家族の絆はしっかりしたものになるはずです。
もしそれが夢で分かればその後お互いへの理解が増して、
つまらぬ心配をしなくて済みます。
私たちは互いを理解し合うことで、
どんなに豊かな家族関係を作れるだろうかと、
そんな感動を覚えたので、
先日のことを記事にしたいと思ったのです。
話合われた夢では、
日頃母親が娘にとっている態度が、
どのように娘に受け取られているかが如実でした。
それは母親の夢だけでなく、
娘の夢にも表れていました。

まだ幼児と言えるこんな早い段階で、
親の影響を夢から知らされるのは、
人類の遺産ではないでしょうか。

どのお母さんも忙しい毎日を送っているので、
夢の勉強に月一丸一日を割くのはさぞや大変と思われます。
そこを押して勉強に通われるのですから、
親子お互い真に理解し合いたいという願望でおいでと思います。
それが見事に叶えられるのでした。

夢で見た場面を言葉にしてしまうと、
夢のニュアンスも含め全部をお伝えできませんが、
ほんの触りでもお伝えできたらと思います。

一つは夢に出てきた場面に似た状況が家の中で起きたのだそうです。
夢では見知らぬ子供が怪我をしていて、
自分とその子の間に男性がいるので、
その子のことは男性に任せて、
自分はその子の親を探そうとするのだそうです。

現実に起きたことは、
家事をしている自分の耳に、
幼稚園生の娘のかすかな泣き声が家の中のどこからか聞こえてきたのだそうです。
娘は姉と一緒で夫がそばにいるはずだからとおもいながら、
夢の場面に似ているなあと思ったそうです。

母親が夢で男性に怪我をしている子供の世話を任せたように、
実際の場面では、
大丈夫あの子は父親と姉のそばにいるのだからと思った、
その自分に重ね合わせることができました。
でも、ここで家事の手を止め、
理性(男性性)ではなく、
情動を持って母親としてその子の名を呼ぶ母であったら、
その子は母親をもっと身近に感じることができ、
親近感をより一層感じることができたのではないかというのが、
夢のメッセージではないでしょうか。
とても高度なメッセージの取り方だとは思いますが。

父親と母親が喧嘩をしていて、
父は母に暴力を振るうので、
小さな娘の夢主は果敢に父親に戦いを挑んでいくという勇ましい夢があります。

珍しい夢ではありますが、
反面どこにでもありそうな夢でもあります。
こういう夢を見る人は長じて人に対して好戦的です。
戦いを挑めば勝ち目があると踏むでしょう。
だから目に見えるところでは成果が出るはずです。
でも、心の成長を望むなら、
この夢に戻って、
両親の喧嘩の間に入るのではなく、
子供の気持ちそのままに泣き叫んだらどうでしょう。
親の喧嘩は怖いし悲しいものですから、
そのまま泣き叫んで怖い怖いと自分に言い聞かせるわけです。
そんなことをしたら両親はびっくりしてケンカどころではなくなるでしょう。
夢の中でも実際でもこの方法は効力があるはずです。
これもまた高度な夢の味わい方かもしれません。

この後まだまだこうした心のひだを教えてくれる夢が続きましたが、
またいつかお話しできればと思います。


posted by バンナイ at 20:07 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年05月01日

4月29日名古屋のN&K研究所で夢のワークショップを

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10年は昔、ケイシーセンターの機関紙「ワンネス」で、
夢解釈の例題として使わせていただいた夢主さんのその後を、
知ることができました。

4月29日名古屋のN&K研究所で夢のワークショップを開いていただきました。
会場は東山公園の全貌を眺めることのできる高台にあり、
緑豊かな景色が眼下に広がる気持ちの良いお宅です。

到着するとすぐに、
初めてお目にかかる受講生が、
ワンネスの記事のコピーを見せてくださって、
「この例題は夫の夢です」とのこと。
その記事を読んで彼は、
女性への構えをとって、
のちにわたしの目の前に立つ女性と出会い、
結婚したとのこと。

彼本人とはお目にかかっていませんが、
結婚相手の彼女がこの朗報を携え、
講座を受講してくれたのでした。

今回は、ほとんど講義なしの、
自分で自分の夢からメッセージを取るワークをしました。
最初に解決したいことを書き出し、
夢とシンボルの描画ののち夢の話の分かち合い。
そして夢の感情を感じ、
それを元に短歌や詩にして、
感情の整理をするとともに、
自分が考えるメッセージの発表をしました。

初めて夢のワークショップに出席された方々が多かったのですが、
普段他人に言えない心の機微を吐露される方が多く、
夢の治癒力の確かさを覚えました。
たった一つの夢に現れた性向が病理に繋がっていくことを知ったのです。
みんなの前で話すこともまた治癒の力を呼びます。

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posted by バンナイ at 17:37 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年04月25日

夢の近道

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死んでいく夢を見ます。
死が迫っている夢を見ます。
かなりショッキングな夢です。
ドキドキしながら目を覚まします。
朝の忙しい時に夢をあれこれ考えている暇もない。
けれど、夢の後味は悪く、
夢の印象がまとわりつき、
振り払うことができません。

夢は真我から来ます。
これは夢に取り組む前提です。
実証科学の範疇を超えている夢を、
学問の中だけに収めるのはもったいない。
これを悪夢と退けては夢の恩寵をドブに捨てるようなものです。

さりとて、オカルト(神秘的超自然的)現象と片付けるのは、
さらにもったいない。
夢は日々に生かしてこそその本領を発揮します。
夢のメッセージを現実世界で実行することなく、
夢の真価を理解することはできません。

夢を思い出せたら、深刻にならず、
程よく平静を保ち、
思慮深く知恵を働かせましょう。
夢の恩寵の極みは、
夢見た者を考え込ませることなのですから。

夢が「死」を暗示するときは、
「生かせていない」という意味がおおかたです。
「生かせていない」は心と体が生きていないということ。
霊的に、心情的に、体そのものも今の状態では生かされていないのです。
自分の存在を「生かしていない」のです。

では、「生かしていない」状態とはどういう状態を言うのでしょう。
それは決意を生きていないということです。

多くの方が夢の大切さに気づき始めています。
それはとてもうれしいことなのですが、
自分の人生の夢を理解し始め、
寝てみる夢をそこに重ねることができると、
その前で逡巡し始めます。
この逡巡が「生かしていない」状態です。

わたしたちは情報の豊かさのおかげで、
この社会が必ずしも霊性に則った政治と経済で守られているのではないと、
気づき始めました。
これが葛藤を呼び、
その葛藤の前で決意を棚上げしている人が多くなっています。

会社勤めをやめようかどうしようか。
現状は奴隷のような時間のなさ。
考えることに制限があるような操作された情報。
これは人間の生活ではない気がする。
だからこの会社の構図の中にいるのをやめようと思うのだけれど、
この生活水準とステータスは捨てがたい。
そう思うとおいそれと会社勤めをやめられない。
結局、決断を下せないまま時をすごすことになる。

恋人と別れようかどうしようかその決意の前で逡巡する。
愛と呼べる気持ちなのかどうか、
今となっては自信がないのに、
慣れ親しんだ恋人の存在をきっぱり切るには勇気がいる。
他に好いてくれる人が現れたら、
そのとき別れればいい。
自分でも自分に嘘をついているかもしれないと、
自尊心のなさに呆れる。
けれど別れると決断はしない。
恋人がいる安心感は捨てがたい。
例えそれが虚構の関係であっても、
たった一人でこの砂漠のような都会に一人生きる自信はないから。
この関係に豊かさは見つからないかもしれないけれど、
この宙ぶらりんのまま時が過ぎていくのをやり過ごす。

愛する人が欲しい。
伴侶が欲しい。
もう独居生活は十分だ。
しかし伴侶は欲しいけれど、
出会いを求めて動くことができない。
他人の人生の責任を負うのかと思うと身がすくむ。

こうして選択をしないで宙ぶらりんでいる人が多いです。
これが自分を殺しているのだと気づけません。
こんな時は無理にでも理性で今までの自分の行動と、
それとは違う行動を書き出すことです。
この世的な考え方だと、
現状維持が最も安全だとなりますが、
夢が考えるように勧める霊的な基準は、
今までやってこなかった方法を選択するようにといいます。

会社を辞めたいと思う人は、
今の会社以上に良い条件を今後に求めることはできないだろうと、
可能性を潰します。
しかし会社を辞めても、
自分が取り返しのつかない状況を生み出すことはないでしょう。
却って、夢の提案を推敲し実行に移せた時のプレゼントは、
計り知れない豊かさをもたらします。

恋人と別れられない人は、
これから新しい恋人ができる可能性はないかもしれないと、
霊的に喜びあえる出会いの可能性を潰します。
しかし、これまでの恋人との関係で得た成長を支えに、
別れることができたら、
その得た成長をベースに新しい恋人が現れます。
それは成長したあなたの霊性に見合った恋人のはずです。

出会いを求めても行動できない人は、
人と人との交流で湧き上がる創造性の意外性に心を開けません。
自分と人との間に恐怖を置くのを辞めましょう。
恐怖の壁を打ち破ってみましょう。
その堅固なハリボテの壁は突破してみると、
暖簾を払うほどに手応えがないはずです。
なんでこんなことに恐れを感じていたのかと、
自分の弱さに呆れるでしょう。
どんな場合も夢の提案はいっとき恐ろしく映るかもしれません。
しかし夢の提案はこれまでの枷を取り払うものです。
虚空に歩を踏み出す怖さにおののき、
無い恐怖をイメージで作り上げているその自分に気づくためのものです。

これはエゴの働きです。
このとき夢はその後、手を替え品を替えて、
行動するようにサポートします。
つまり行動を促す夢がずっと続くのです。

自分はどうありたいか、
そのイメージをしっかりサポートするのが夢です。

夢という一見馬鹿馬鹿しいものを信じて、
虚空に歩を踏み出してごらんなさい。

その豊かさは計り知れない!
夢を行動に移して、
その結果を知った時、
「こんなことならもっと早くに行動しておけばよかった?!」

そんな嘆きを口にする自分に気づくでしょう。

逡巡を続けていた時の砂を噛むような気持ちは消えて、
穏やかな中に力がみなぎるような不思議な安定感の中にいるはずです。

これが夢を理解し、
夢を生きるためのツールにする近道です。

この22日に養成講座12期が始まりました。
ケース研究のためのクライアントに応募下さったみなさん。
この夢の近道をご理解いただきますよう願っています。
これから4ヶ月間、
共に夢を歩んでまいりましょう。

次回の養成講座でもクライアントは募集します。
ご興味のおありの方は、
早めに個人セッションかオープンクラスにおいでください。
ご応募お待ちしています。


posted by バンナイ at 14:23 | Comment(0) | 夢の活用法
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