画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2017年10月17日

回転寿司と注文を受けてからマグロを裁く寿司屋

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気骨ある女性が結婚し出産しました。
子育ては企業戦士にとって、
馴染めない別の戦いを挑まれていると感じたようです。
目の前の幼子に何を食べさせるべきか、
それが大きな問題になってきました。
答えを求めて友人知人そしてネットサーフィンを試みるものの、
ますます答えは霧の中。
行った本屋にはキャラ弁が並び、
同じく母親仲間の多種多様な生活実態に、
心の中は揺れに揺れます。

そこで見た夢が、
「回転寿司と注文を受けてからマグロを裁く寿司屋」。

効率重視(=回転寿司)か、
美味追求の現実無視(=注文を受けてからマグロを裁く寿司屋)か。
この夢の視点の皮肉めいたところが腹に響きます。

話し合いの結果、
先輩ママは「素材の味を覚えてもらう調理」と、
「空腹まで親が待つ」を提案してくれました。
講師は加えて、日本の伝統を食に反映させてと。

それを受けて夢主のママさんがくれたメールです。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
私と似たような価値観と経歴をお持ちのお母さんはきっと、
職場復帰してもしていなくても、お母さんという立場に立って
私と同じように悩んでいる人は多いのではないだろうかと改めて思います。

母になってもなお、物質主義から抜け出せない自分が、
子育てを、母という立場を、日常の小さな事に、
喜びを感じられる豊かさを取り戻せるか、
その過程を自分自身が楽しみたいと思います。

ちなみに、私の夫は日本文化や伝統工芸が非常に好きなのです。
お裁縫もお料理も楽しむ人

今日の昼食は、娘が苦手なジャガイモを、娘と一緒に皮をむき、
粉ふきいもを作って食卓に並べました。
最初は嫌がっていたのですが、娘によそった分は完食していました。
食事はシンプルに、素材を楽しむ、という考え方で
娘の幼少期の食事をもっと気楽に楽しむ事にしました。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ここで言っている「物質主義」とは、
書籍に答えを求める自分の態度を言っています。
食こそ自分が自分に何を求めるかの結果であり、
祈りを形にするものではないでしょうか。
それが生きる挑戦だと夢が言っているように思います。

posted by バンナイ at 12:37 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年10月13日

霊性が大事なら完結は必然

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グループセッションをしていると、
そのグループのテーマが浮かび上がってきます。
先日それが「完結」だとわかりました。
そこで「完結」についてお話ししましょう。

夢で課題を知ると、
それに伴った行動を起こすことになります。
しかし行動を起こす前にそれまでのことをお終いにしておかないと、
行動を起こしてもそれまでの古い問題を引きずったままなので、
行動が挑戦になりません。

お分かりいただけたでしょうか。
これが「完結」です。

アスリートはそれまでの練習の結果を大会で発揮し、
出た結果を分析して、
次の練習マニュアルを考えます。
アスリートが自分の才能を力いっぱい花開かせるには、
この練習と大会での挑戦が必要になります。

人間関係も同じです。
出会った人との関係の結論が出たら、
その結果を受け入れる勇気が必要です。
それが別れなら、
別れで完結する必要があります。

人間関係で、
「続行」と「別れ」を同時に取ることはできません。
結果を厳粛に受け取り、
それに沿った現実的態度で「完結」することが、
挑戦の前には必要です。
終わったことは終わったことにできる自分でいる必要があります。
それが挑戦する前の自分にフェアーな状態です。

もしかしたらよりを戻せるかもしれないと、
別れた昔の恋人に会いに行ったり、
古い関係に淡い期待を抱くのは、
新たなステージに立とうという挑戦者には不向きな心根です。

所詮この世は仮の宿。
自分という魂を遊ばせに来た世界。
そこでは新しい関係を求めて、
次々にチャレンジすることが霊性発達に必要です。
それにはひとつの関係を完結させ、
次の人間関係に行くという態度が霊性発達には必要です。

自分の器以上のことはこの世では起きません。
どんな挑戦も自分の力が及ばないことはないのです。
だから霊的生き方をしたいのなら、
新しい関係を求める勇気が必要です。

多くの人がこれでつまずいているように見受けられます。
人は慣れ親しんだ関係に固執します。
その関係が痛くて非生産的でも、
今まで通りの人間関係でいれば、
自分の実力を試されることはないと怠惰なのです。

多くの体験に心開きましょう。
それが霊的生き方なのです。
だから夢では挑戦を多く勧めます。
夢が「今まで通りで良い」とOKを出すことはほとんどありません。
このことを夢に取り組む前に知っておく必要はあるでしょう。
夢は霊性しか扱いません。
その夢は「完結」を大切にします。

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posted by バンナイ at 13:39 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年10月06日

花束をくれる男はパートナーになりうるか

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ハリウッド映画の一場面のように、
夢で花束を差し出されたり、
貰いそうになることがあります。
それが知古だろうが、
見知らぬ男性だろうが、
殿方から花束をもらうのは?
夢だったとしてもうれしいものです。

一瞬恋の始まり?
恋人が現れるという予知夢?
などと気持ちははやります。

でも残念なことにこれを恋のはじまりと取るのは早とちり。
日頃の願いを夢で叶えようとしているというお叱りの夢です。
「労せずして夢を叶えようとしているね」という神さまのメッセージです。
夢が何で人の意識の中に入り込むのか、
この願望充足という夢を考えるとよくわかります。
夢は現実を生きるためだけに存在するので、
夢を夢で叶えては何もなりません。

わたしたち人間は夢を夢まぼろしと遠ざけ、
挙句に棚ボタを期待します。
人生のパートナーをこんな風に手に入れることはできません。

とても難しい夢の受け取り方ですが、
「あなたはこんな風にプリンセスもどきの経験をしたいのね」と。
それが人生の望み?
相手に賞賛されたい?
夢はなかなかうがった見方をします。
これが願望充足の夢です。

願望充足の夢も予知夢もどこか変というところがミソなのだけれど、
そのミソを読むのが難しい。。
しかしこの場合「花束」がカギになります。
そこで「花束」の意味を考えてみましょう。
「花束」は「花」を集めたものです。
だから「花」を先に考えなくてはいけません。
花とは、どんな花も自己表現を精一杯やっていますという表れです。
花は他からの賞賛を頼りに、
「自分はこうです」と言っているわけではありません。
見る人が居ようが居まいが、
自身を「こんなに美しい存在でしょ」と、
見えない天に向かって言っているのです。
それが「花」です。

だからその花を束ねた花束をくれる人は、
そんなあなたを良いなと思うので、
「是非それを続けてください」と伝えているのです。
自分を肯定できる人を肯定したい。
花束をくれる人はあなたの何かを賞賛しています。
しかし人生を共にしたいというほどの賞賛や「良いね」ではありません。
そこには二人で新たなものを作ろうという気持ちはないのです。 

それで、花束をくれる人がお相手とは思えなかったり、
男性でない場合は、
やはり、あなたの何かを賞賛しています。
賞賛している人は人生のパートナーにはなりません。
人生のパートナーは、
共に「人生を創っていきましょう」という人とでなくてはなりません。
夢ではそこは明確で、
共に宝探しをしたり、
二人で湖を見に行ったり、
力合わせてボートを漕いで島に行ったり、
ちゃんとした食事を共にしたりという場面になります。

こうなると予知夢になりますね。
こんな夢を見たとき現実生活であなたは、
目一杯理想の相手が目の前に現れたように自分を整えます。
こうしてパートナーが現れるのを待っているようにと、
夢の神さまはおっしゃいます。
あなたの準備が整ったらそのときあなたの目の前に相手を配置するからと。
あなたが神の意に伸るか反るかはあなたの自由です。
しかしこんな風に人生のパートナーを求めなさいと夢は言います。

夢は、人生のパートナーと人生を創造することに
最高の意義を置いているように思われます。


posted by バンナイ at 14:11 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年09月27日

亡き息子がエノキダケおろしの二杯酢が食べたいと

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10月7日から始まる夢療法講座クローズクラスに残席があります。
興味がおありの方はお問い合わせください。
クラスにお入りいただくには前もって個人セッションを受けていただくか、
オープンクラスに出席いただくことにしています。
全回予定が合わない方も、
都合のつかない回はオープンクラスで補講を受けられます。
夢の勉強は自己覚知から始まります。
自分の現状を把握するところから夢に取り組むと、
夢が分かるようになります。
夢という人類最高の遺産を武器にして、
創造的人生を創っていきましょう。
養成講座のクライアントも引き続き募集しています。
お問い合わせください。


今回の夢は感動ものです。
20年ほど前に亡くなった息子さんが、
エノキおろしの二杯酢が食べたいとリクエストしてくるという夢です。

夢主は母親で、
亡くなった息子さんは20歳でガンになり、
2年後に亡くなったとのことです。
亡くなった後1年間息子さんは毎日母親の夢に現れてくれたそうです。

今年になって夫が事故で亡くなってしまいました。
たったひとり残された夢主は、
仏壇の大勢のお位牌を守る毎日を過ごすことになりました。
夫が亡くなって3ヶ月ばかり経って、
珍しく息子さんが夢に現れ、
エノキおろしの2杯酢を所望してきたとのこと。

なめこおろしの間違いじゃないかと思って訊き質しました。
「いいえ、エノキダケを湯がいて大根おろしに乗せて、
二杯酢をかけてお蕎麦のタレに入れていました」とのこと。
息子さんは「大正時代に生まれていたらよかった」というくらい、
和食好みだったと話してくれました。

お蕎麦はともかく、
エノキダケおろしの二杯酢を作って食べてみました。
優しい味でした。
大げさに言ったらこんなに優しい味の食べ物が、
他にあるかというくらい労りのある味でした。

夢が教える食べ物には重要なメッセージがあります。
特に食べ物に含まれる栄養素には、
夢主特別仕様の健康管理法が読み取れます。
エノキダケの効能を調べてみました。
タイトルはなんと、
『「疲労ぎみ」「睡眠不足」な人には→えのきだけ』とありました。
「疲労回復に作用するビタミンB1は
他のきのこと比較するとダントツに多く含まれています。」
「えのきにはギャバというストレスを軽減するアミノ酸を含んでおり、
これは安眠時に得られる効果と似ている」
「普段寝付きが悪かったり、
充分に睡眠が取れないといった自覚のあるときは、
エノキダケなどを食すことによっても、
ある程度補うことができます。
えのきに含まれるパントテン酸は、
ストレスをやわらげる副腎皮質ホルモンの材料となるため、
ストレスへの抵抗力を向上させる効果があります。」とありました。
母親の現状を考えたらこれほど役にたつ情報もありません。
息子さんの知らせの具体的性にビックリしました。

夢主の母親がどんなに寝られず苦しんでいるか、
あちらの世界の息子さんからはよく見えていて、
生前好きだった「エノキダケおろしの二杯酢」をねだって、
お母さんにゆっくり休んで欲しいと知らせてきたのでしょう。


posted by バンナイ at 08:17 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年09月24日

天の鳥船庵夢療法家養成講座第12期が終了しました。

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昨日天の鳥船庵夢療法家養成講座第12期が終了しました。
受講生はよく勉強してくれました。
講師のわがままかもしれませんが、
より良いものを提供し、
夢について深く知ってほしいと、
カリキュラムに込めたこちらの要求によく答えてくれました。

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それがよく表れている手紙を紹介しましょう。

「今回は前回より厳しく苦しい時間でしたが、
そのおかげで学び得たものはとても大きなものでした。

一人では乗り越えられないことが
先生や仲間がいることで乗り越える力をいただきました。
心の成長は限りないものだという気づきは、
生きる力になります。

本当にありがとうございました。

これからもよろしくお願いいたします。」

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夢の現実的サポートを理解してくださったみなさんのエネルギーが輝いています。


posted by バンナイ at 14:44 | Comment(0) | あれこれ

2017年09月21日

続・ストーリーのある夢を単語で考える

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長くて奇妙な夢をどう考えるか。
長くても奇妙でも重要な単語の意味さえ分かれば、
夢が伝えたいことは捉えられる。
そんな話を「ストーリーのある夢を単語で考える」(2017/8/28)でしました。
今回は同じ夢を単語ではなくストーリーを追って見ていこうと思います。
まず例題に使った夢をご覧ください。

夢本体
【(人々が行き交う場所で)
トイレに行こうと廊下を歩いていると、
死にそうな赤ん坊が寝ている。
トイレに行くにはそこしか道がない。
他の人はその脇を行き交っている。
死にそうな赤ん坊の脇を通るのははばかれる。
はばかれるけれど脇を通ってトイレを済ませ、
戻ってきたもののしばらくすると、
「赤ん坊置いてきちゃった、どうしよう」と、思う。】

どうでしょう。
あんまり気持ちの良い夢ではありません。
そんな夢のストーリーと、
夢の中で去来する心の動きを見ていくのは、
少々面倒です。

さて、この夢を読んで、
まず、「瀕死の赤ちゃんを置いてきちゃうってどういうこと?」
と、思いませんか。
瀕死の赤ん坊を放っておくなんて人としてはばかれるのに、
脇を通って何事もなかったように日常に戻ってしまいます。
ここを見ていくのは、
夢の中で起きている心の動きに焦点を当てながら、
今現在生活の中で自分に何が起きているのか、
強いては自分はどういう人生上の問題を抱えているのだろうかを、
見ることと同じです。

無意識にやり過ごす心の動きを、
夢の中の状況に合わせて、
現実自分がどのようにことに反応しているのかを見る訳です。
この作業は夢を通すことで、
正確に自己覚知が叶います。

これを別の言い方で表すと、
あぁ、夢でよかった。
現実で瀕死の赤ん坊を放って置くなんてことはしない。
そんなことはしない自分だと自己弁護します。
それが夢なんです。
夢に向き合うのは大変だけれど、
夢に向き合うとは自分に向き合うことで、
夢が言うことがそのまま現実になることはありません。
瀕死の赤ん坊が現実に現れて、
そのそばを通りながら自分は知らん顔をするなんてことは起きません。
そんなことは起きないけれど、
象徴的な意味で自分の中の可能性を踏み潰してはいませんかと、
夢は尋ねてきました。

そこで「なんで瀕死の赤ん坊をそのままにしたの?」と訊いてみました。
「だって」と夢主の彼女は言います。
「面倒じゃないですか」
「面倒?」
「こんなことに関わっていたら時間がいくらあっても足りない」
その方の言わんとするところです。
私はこの言葉を理解するにいくらか時間が必要でした。
またこの方と性格が違う人には、
この辺を理解するのが難しいかもしれません。
人はいろいろ。
自分の感じ方とは違うからといってやり過ごすことはできません。
その人なりの課題はその人にとっては大問題なのです。
いかにその方が赤ん坊を助けること、
世話をすることが「面倒」と思っているか、
その言葉を聞いたこちらはしばし考え込んでしまいます。

赤ん坊に関わったら、
どれほどの時間と労力のロスが生じるか。
彼女はそのことの方が茫然自失なのです。

もしあなただったらどうします?

寸暇を惜しんでやっとの思いでトイレに立ちました。
それなのに一刻を争う瀕死の赤ん坊がその前に立ちはだかる。
面倒という言葉の後ろに、
いっぱいいっぱいの生活が垣間見えます。
どうあがいたって今の生活の時間配分以上に、
新しい何かを始めることなど到底できない。
この方の思考回路は、
何かが起きれば、全てが自分にのしかかり、
全てを自分が処理しなければならない。
瀕死の赤ん坊に手を出したら、
トイレにも行けない。
医者を見つけるのに走り回らなければならない。
最後まで見届けなければ気が済まない。
それならいっそ最初から手を出さなければいい。
そう考える思考パターンの人のようです。
ことを目の前にしたら、
誰かに頼めることさえ思いつかない。
頼もうとは考えない。
頼めるとも考えないのかもしれません。

恐らくこれを読まれて、
この話がまどろこしいとか、
じれったいと思われる方は多いでしょう。
それが夢が指摘するところで、
この方の性格なのです。
行き交う人々に向けて、
助けてください。
どなたか119番して救急車をお願いします。
お医者さんはいませんか。
この赤ん坊の状態を見られる方はいませんかと、
声を張り上げることは十分できるのに、
それを思いつかないのです。

だからこの夢が伝えたいメッセージは、
声をあげて助けを求めること。
その場の状態を仕切ること。
あなたがこの情の通じない社会の中で第一声を上げること。
全てを取り仕切ること。
医療機関に知らせることができれば、
全てはスムーズにことが運ぶでしょう。
その先陣を切るようにとこの夢は言います。
リーダーシップを取るようにと。

この方に取って、
自分がコマネズミのように忙しく働くことはなんでもありませんが、
人を動かしたり、指揮をとるのはさぞや苦痛でしょう。
でも、人は歳をとり、ことに精通していきます。
自分の立ち位置を適切な場所に置かないと、
側は大迷惑をします。

その大迷惑をあまり気分の良くない場面作りで夢は知らせてきました。

ストーリーで夢を見ていく醍醐味を知っていただけたでしょうか。


posted by バンナイ at 17:25 | Comment(1) | 夢のメッセージの取り方

2017年09月06日

迫力ある夢の絵とマンダラ絵とライフシール

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上の段は、「わたしの1年を総括した1枚の夢の絵」です。
中段はマンダラ絵。
下段は夢によるライフシールです。

天の鳥船庵夢療法講座第10期が先日9月2日に終わりました。
このクラスのみなさんの絵です。
今回の受講生は大人で、
絵には迫力があります。
ここに1年の成果が見えます。

上段の「1年を総括した1枚の夢の絵」は、
「煙突を登る女の子」
「アフロヘアーの自分」
「閻魔さま」
「ヒーラーの修道女」
「半月刀と馬」
「怒りの舞妓」
どれも自分を総括した1枚になりました。

縦に並べた3枚の絵には共通するテーマが見られ、
過去と未来は今にあり、
今の意味づけによって過去と未来が変化していくように見えます。

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お話作りをしているみなさん。

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お花をいただきました。

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神妙なみなさん。

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花と咲くみなさんです。



posted by バンナイ at 16:16 | Comment(0) | あれこれ
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