画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2019年06月22日

更に「『親殺し・子殺し』前振りの夢」のその後


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またまたの感想をいただきました。
ひとの魂は横つながり。
縦の繋がりではないのですね。

ではご覧ください。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

後日談をみて驚きました。笑
実は、私が
龍の坊やの夢を見た後に
長女が書いた絵には地球が、
学校の宿題の横に描いてあった龍の絵には「神さまこんな色だよねー」と青龍に塗り、
そのあとの6月の保育園の夏祭りでは次女のクラスは青と緑の地球をモチーフにした神輿を担いでいました。
個人や世代を超えて、宇宙や地球規模でのメッセージなのでしょうか。

○○さんの夢と呼応するかのように、もう一つわたしの夢があります。
時期は○○さんと同じく2ヶ月程前に見た夢です。
   ◦   ◦   ◦   ◦   ◦
人参畑で、違う世界にいく。

周りには誰もいなく、子供たちもいない。

戻ってこられないと思い、焦り怖い。

子供たちが困ると思う。

目が覚めてるあいだは、人参畑に迷い込まない。

寝ようとすると、再びあの世界へ。

   ◦   ◦   ◦   ◦   ◦
この後すぐ目が覚めて、 しばらく寝るのが怖かったのを覚えています。
ついつい子どもの心配をしてしまう私ですが、
子離れする時は必ず来るのですね。
こんな日は夢から覚めると、ありふれた毎日こそ特別と思えます。

記事のその後を見て、一人だけど決してひとりぼっちではないと心強く思いました。(^^)




posted by バンナイ at 07:34 | 夢の活用法

2019年06月21日

「『親殺し・子殺し』前振りの夢」のその後のまたその後


「『親殺し・子殺し』前振りの夢」にまた感想をいただきました。
ブログに載せる許可をいただいたメールには、
【子どもの夢を聞き、成長の過程を感じ喜ぶことが出来て
夢を勉強していて良かったなと思う出来事でした。】
とありました。
夢を語り合うことで、
家族間に信頼と安心が生まれる受講生の体験談をお読みください。

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おはようございます。
ブログの親殺し、子殺しの記事を読ませていただきました。

我が家の話しですが、ちょうど何日か前に、息子が夢の話をしてくれました。
「オヤジとおかんと旅行に行くんだけど、旅先で1人になってしまう。
捨てられたんだ、お金もないしどうしよう!と困ってしまう。
目が覚めて、夢でよかった〜と久しぶりに思った。」
というものです。

息子は先月の誕生日で成人を迎えました。
彼の人生の旅路には生まれた時から私たちが寄り添ってきましたが、
いよいよ彼の魂は1人で歩き出す準備を始めたのだなぁと思いました。
夢はまだ、「置いていかれて心細くなる」という頼りないものですが。

不妊期間を経て生まれた息子は、私たち夫婦にとってまさに天からのギフト。
諦めていた子育てに関わる経験は、
例えばPTAの役員でさえ私にとっては
経験できないと思っていたのに経験出来た嬉しいこと。
そう思えるくらい彼の誕生は私の人生に喜びをもたらしてくれました。

ですが、
いよいよ次のステージに変わる時が来たのだと息子が見た夢が教えてくれました。
ブログを読み、これも親殺し、子殺しの準備の夢なのだと気づき
メールをさせていただきました。
ありがとうございました。

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posted by バンナイ at 20:27 | 夢の活用法

2019年06月20日

「『親殺し・子殺し』前振りの夢」のその後


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今朝の「『親殺し・子殺し』前振りの夢」の記事を見て、
クローズクラスで同期生だった方が感想を送ってくれました。
許可をいただいたのでお見せします。

夢の世界は魂の世界。
いっとき肉体に入ったこの世の存在は、
肉体を脱いだ世界ではこの世より更に魂同士のつながりが深く、
お互いに作用し合います。
前回の夢主は数日前に「緑と青の龍の坊や」を夢で見たそうで、
感想を送ってくれた方も、
時を同じく「緑と青の光」を夢見の状態で見たと知らせてきました。
他にも夢を通して互いが互いを刺激し合い、
向上心を持って母親を務めています。
「緑と青」は地球を外から見たときに見える色です。
つまり、この人生を思いっきり生きなさいねと励ます色です。
夢はこの世でもあの世でも繋がって刺激し合っている例の一つです。
わたしたちは感激を覚えるほど繋がっていて、
ひとりぼっちではありません。
ご覧ください。

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☆     ☆     ☆     ☆     ☆

○○さんの夢のお話を拝見、
自分が2ヶ月前新月近くで見た夢を思い返しました。
眠っていたら突然、後頭部をツムジ上方に、
痛くはないけれど強く引っ張られる感じで半分目が醒め、
暗闇の中にキラキラと透き通る緑と青が入り交じった、
オパールのようなゼリーのような光が見えました。
そして「さあ、もう行きましょう」というようなメッセージが心に伝わりました。
しかし私は
「もう少し娘といたいのです。
夫にも少し心残りがありますが、娘が可愛くて、もっと見ていたいのです。
だから残ります。」と、答えました。
その後は何もなかったように眠り、朝いつものように目覚ましで起きました。

起きて思ったのは、私は本当に死ぬ時期が来ているのだろうか、
ということでした。
自称かぐや姫としては、本当はもう月に還る期限なのに、
残留希望を出したのかな、それは魂的には執着、
後退だったのだろうかと思いました。
一方で、「残ります」と言っていた時の自分は実にニュートラルで清々しく、
ただただ言葉の通りの気持ちでいました。

その夢から日が過ぎて、
今朝の先生の投稿を拝見して思ったのは、
もう死ぬ期限が来ているならば、
娘は私がいなくてももう生きていけるのだろう、ということです。
なかなか難しいことではありますが、
本当に、
木の上に登って見るほど俯瞰して娘を見られる親になっていこうと思いました。
(これが子殺しとなるでしょうか)

最近の娘は、受験でできなかった、
ずっとやりたかった剣道、フットサル、ピアノなどの
習い事を楽しんでやっています。
ただ、フットサルは男の子の中に女の子が一人でいじめられることが増え、
学校でも少人数で目が行き届いていた幼稚園とは違い、
かなりきつい担任と生徒さんに揉まれて、
ちょっと辛そうにしています。

昨日は珍しく微熱が出たので、
思いきって休ませて、一日一緒にいて、
夜いつもの時間に寝かし付けたのですが、11時頃に
「私が世界で二人しかgetしていないポケモンをgetしたのに、
まだ出会っていないこれから会うお友達が全然喜んでくれない。
気付いたらひとりぼっちになっている」夢を見た、
と泣いて起きてきました。
「そうか、寂しかったかー。ひとりぼっちになっていたのね」といいながら、
しばらく抱き締めてやり、
「好きなもの、わかってもらえるお友達がいたらいいね。
ひとりぼっちは寂しいよね」と繰り返していると、
少し落ち着いたようで、トイレに行ってまた眠り、
今朝は普通に登校しました。

多分私は娘にまた受験させるでしょうし、
まだまだいろいろあるとは思うのですが、
キラキラゼリーの夢のお陰で、
なんとなく余生感が生まれ、
それはそれで気持ちが落ち着きました。

今、本当に少しずつですが、人生の棚卸しをしていて、
価値観や好き嫌い、恐れなどを見直しています。




posted by バンナイ at 16:22 | 夢の活用法

「親殺し・子殺し」前振りの夢


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(今月初めにふるさと納税で頂いた花です。)

「親殺し」という言葉については、みなさんよくご存知と思います。
自分の親を超えるという意味です。
成長していく上で大事な通過儀礼です。
心理学用語ですが一般的になりました。
この考え方は霊的姿勢を鼓舞します。
夢が超意識からくる証明のような価値観です。

「子殺し」という言葉は、それに合わせて考えついた言葉なので、
心理学用語ではありませんが、
便利なのでここで使いたいと思います。
「子殺し」という言葉に込めた思いは、
自分の子供に親殺しを迎えてもらう準備を自分にするとでも言いましょうか、
肉親という執着の絆を自分で断つという潔さです。
「親殺し」も自分の為だし、「子殺し」も自分の為です。

子育てというボランティアを終えるには、
子育て返上のきざしやそこでの学びを夢から教えてもらえることがあります。
それを「子殺し」の夢と表現してみました。
心情的には自分の子供を社会に他人に差し出し、
「親(の干渉)を終わりにしよう」と決意をすることです。
しかしそれには段階があって、
徐々に徐々に始まり、フェイドアウトするように体験を終了していきます。

今回はそんな「子殺し」の夢の話をしましょう。
それに今回の夢は「親殺し」もセットで付いてきます。
ひとつの夢で「親殺し・子殺し」を語れるのはとてもめずらしいけれど、
時間的流れを言えば、
自分には親がいて、出産すれば自分が親となるので、
人生の前半は自律(自立)を叶えるために親を超える「親殺し」をし、
親となった後は子供への関わりをボランティアへと昇華し、
子供の自立と自律に向けて「子殺し」が必要になります。
一個人として完成に向かうには、
「子殺し」という通過儀礼が必要です。
自分が「親殺し」を叶えたように、
子供にも「親殺し」を叶える環境整備をするのが、
親の務めと言えるのではないでしょうか。
これは子供に覚悟を迫るのではなく、
(親である)自分が自分に覚悟を迫るという意味です。

これから語る夢は、
まず自分が親として子供のトラウマの原因を提供する側に立つことができ、
その自分を諦観できる精神状態を作るために
「子殺し」の夢があると理解することのようです。
そこには自分の親殺しの整理も含まれます。

夢本体
【母と(小学校1年生の)長女と
(実際には存在しない)お兄ちゃんとわたしの4人で電車に乗る。
わたしは1両目に乗る。
母は2両目に乗りたいと言って長女を誘う。
誘われた長女は母と一緒に2両目に行く。
お兄ちゃんも一緒。
電車は混んでいて、長女と母は刺されるかもしれないと思う。
一方で人はたくさんいるので大丈夫だろうとも思う。
先頭車両にはコンセントが付いているので、iPadに充電したくて乗る。
長女が車掌さんのアナウンスを真似している声が聞こえてくる。
大きい声なので後で叱らなくてはと思う。
駅に着いたので降りると、長女と母が右足を刺されて出血している。
母は大丈夫と言っているが駅員が用意した布団にもたれかかっている。
母は膝から、長女は足首から下に出血している。
犯人がいない。
周りの人も犯人がどうのでなく、救急隊を待っている。
長女は出血が多いと死ぬとわかっているが、
いまは血が止まっているから大丈夫と思っている。
病院に搬送。
すぐ看護師が装置をつなぐ。
ふたりはベッドに寝ている。
そこにバーコードが付いていて、
母は5時間。長女は11時間。
これが終わると治る。】

こんな夢を見てしまったら、
夢主はハラハラドキドキ、
どうにも分析しかねる夢と思われたでしょう。
この夢主は夢を勉強して2、3年経ちます。
だからどうしてもきちんとこの夢に向き合いたいのです。

ちょっと長い夢だし、
これを解説するのは、
つまり文字にするのは難儀ですが、
夢の捉え方、分析の仕方のさわりだけでもやってみましょう。

夢はバックが重要です。
何処にいるかで問題の背景がわかります。
ここでは電車の中とプラットフォーム。
普通電車は社会性の表れなので、
仕事や社会への取り組みを表します。
母と長女が一緒なのに、
自分だけ先頭車両に行きます。

これでこの夢主、自分特有の世界観や価値観があって、
社会に向けた活動を大事にしているのがわかります。

自分の社会性を大切にする自負があり、
これまでの実績もあって、
まだ幼い長女と母は社会に出れば痛い想いをするだろうと予感があります。
これまで母は十分な社会生活を過ごしているとは言え、
夢主の考える社会性と母のそれとは違い、
母の生き方ではいまの社会に適応できないと思っているようです。
それがこの夢主の悩みのようです。
「長女と母は刺されるかもしれないと思う」というくだりがこれです。

この夢では母も長女も治療すれば治ります。
ここがミソで、この夢では「親殺し」も「子殺し」もまだ先になるのがわかります。
夢では死んでいないからです。
これが死ぬのなら、「親殺し」であり、「子殺し」の夢になり、
この課題は修了という知らせになります。

一見とても怖い夢ですが、
夢を分析してみれば、
霊的価値観を大切にするようにとの逆説的鼓舞になります。
とはいえ、ここまでの理解は初心者には無理なので、
すくなくともこの類の夢を見たからといって、
実際に怪我をし、死ぬような想いをすると受け取ってはいけません。

ところで、
「母は膝から、長女は足首から下に出血している」の部分は、
母は生き方で方向転換をするのは難しいことを、
長女は前進するには準備不足を示唆しているのでしょう。

「(実際には存在しない)お兄ちゃん」の存在は、
男性的特質の「理性」を働かせることでしょう。
それともう一つ「お兄ちゃん」は異性なので、
女性的な内に向けた経験ではなく、
外に向けた冒険という意味合いもあり、
総合的な意味で、
人生で求める体験や冒険に果敢であることを、
「お兄ちゃん」は表しているのではないかと思います。

という訳で、
今回は「『親殺し・子殺し』前振りの夢」でした。

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posted by バンナイ at 07:01 | 夢の活用法

2019年06月09日

続編・梅仕事の続きです


「梅仕事」に参加くださった方々にお知らせです。

「梅仕事の仕上げを」と、大島とし江さんからのお知らせがありました。
「梅仕事」でご一緒した方は先日の梅ジュースを下記の手順で完成させてください。

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梅雨に入り、ゆるゆる過ごしていたら梅仕事の完成をお願い致します。
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全ての梅汁をお鍋に入れて(底に残ったお砂糖も)煮立てます。
最初にブクブクと泡が立ちます、その泡を梅ごとすくって灰汁やごみを取り除きます。
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2〜3分すると透明になってきますので火を止めて完成。
冷ましてからビンに移し替えて完成(保存液が入っていないので冷蔵庫保存です)。
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簡単すぎるあせあせ(飛び散る汗)
新物はフルーティーで美味でござります〜。

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わたしも今朝やってみました。
本当に簡単。
手作り梅ジュースを今年は楽しめます。


posted by バンナイ at 21:07 | あれこれ

2019年06月04日

続編・梅仕事


梅仕事」の記事の続きです。
夢療法家養成講座第15期の最終日(2019年3月23日)に、
ケース研究ではなく各自の夢を話し合いました。
その中に梅の花が咲いている光景を見たという話が出ました。
夢主はそれなりにこれまで人生の大波をいくつか経験し、
今はつつがない生活を営めています。

彼女が今つつがなく生きていることは奇跡のような出来事かもしれません。
グループみんなでそんな彼女の半生を共有しているうちに、
グループダイナミクスがはたらいて、
受講生の大島とし江さんが「梅仕事」に受講生を招待してくれました。

それが先日の6月2日、当日は良い塩梅の曇りとなりました。
慣れない手作業に都会人にとっては体力温存の打って付けの天候でした。

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お宅は町が切れかかる旧道の脇にあって、
近代生活と田舎生活が良い所取りにミックスされた
田園風景の中にありました。
まずは梅ジュースの歓待を受けて、
少し離れた100年モノの梅の木から梅の実を取る作業から始めました。

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そして梅を洗い、キッチンペーパーで拭いて、梅のヘタ取り。
このヘタ取りを「梅仕事」というのだそうで、やってみるとまさに単純作業。
一人だったら瞑想に。
みんなでワイワイガヤガヤの楽しいおしゃべり。

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梅ジュース作りを終えて、
バーベキューのランチ。

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17代続く旧家のお家は南と東に川が流れ、
川に向けて開けたお庭に立つと、
右に富士山が顔を出し、
京都の伏見稲荷の分け御魂のおいなりさんが庭の先においで下さり、
由緒ある石碑の周りは気が整って、
精緻な気に抱かれながら非日常を過ごさせていただきました。

「梅仕事」は日常を丁寧に生きることという意味らしいのですが、
その日常の作業を非日常の昔の日本で体験するという、
極め付きの贅沢な時間を過ごすことができました。

受講生の家族も参加させてもらったので、
小学生が二人に保育園の園児が一人も梅仕事を体験することができました。

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子供達は梅干しがそのまま土の中に埋まっているのではないか、
木に成っているとしたら何色なのかわからなかったそうです。
梅の老成した姿とその実の多さ、叩いてもビクともしない姿は憧れです。

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食事の後退院して間もない石井聡さんが自作の歌「ほたる」
https://www.youtube.com/watch?v=KiOo3qpin8w
を披露して下さり、
元気な声が戻って感慨ひとしおでした。

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2011年から天の鳥船庵を地道に地味にやってきました。
受講生の梅の花の夢から始まった梅仕事の集まり。
この講座がここで承認をいただいたように嬉しかったです。

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天の鳥船庵にお集まりくださったみなさんありがとうございました。

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posted by バンナイ at 21:02 | 夢の活用法

2019年04月30日

おかげさまで退院して来ました。


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みなさま暖かい励ましのお言葉ありがとうございました。
おかげさまで今日退院しました。

6日の夕方いつもの散歩道で8分咲きの桜のプロムナードを楽しんでいたところ、
気づいたら道路に仰向けに転がっていました。
すぐに右手首が痛くて、
このままじっとしていよう。
起きてはいけないと妙に頭が働き、
周りに人だかりがして、
女の子が「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」と泣いています。
あまりに「ごめんなさい」を繰り返すので、
気の毒になり、
「気にしなくてよいのよ」とでも言ったのでしょうか、
夫が後でいうにはその言葉で一層泣いて泣き止まなかったのだそうです。
女の子は自転車でわたしを避けきれず、
突っ込んでしまった交通事故だったようです。

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人だかりのなかには医者もいて、
救急車が来るまで右手を持っていてくれました。
女の子の両親も側に来て心配そうに見てくれたようです。

病院にも女の子と両親が見舞いに来てくれました。

善意の方々に助けられ事故も右手橈骨と尺骨骨折で済みました。
右膝に擦り傷と、左ももに内出血はありましたが、
他はどこも不具合はなく本当にホッとしました。

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地べたに寝転がりながら、
なぜいま事故に遭い、手術をし入院という目にあうのだろうか、
この霊的な意味でのメッセージは何なんだろうとずいぶん考えました。
骨折の痛みはずっと続いています。
ちゃんと正確な神さまからのメッセージを掴まなければ、
痛い思いが無駄になります。

この強制的な環境の変化は、
わたしたち夫婦の間の磨き残しを少し進めてきれいにしてくれたように思います。
わたしの反省の一つは料理で、
病院食は野菜の種類が多く、
自己流になりがちな食に工夫をしようと思わせてくれました。

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40年前や、
60年前の子供の時の数回に渡る手術の体験から、
今回の手術は麻酔の進歩でずいぶん楽になったと感心しました。
逆に子供のわたしがどれほど苦しんだかを思い出し、
その幼い自分を愛おしく思ったのでした。

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退院は傷の縫合の代わりに使ったテープに負けて水疱ができ、
傷口が乾かずに長引きましたが、
鎌倉の谷戸に立つ病院はオーシャンビューの部屋で、
一日中ウグイスが鳴き、
トンビの巣に出入りする親鳥の勇姿も目にでき、
思いがけない光景を目にすることができました。

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明日の令和からまた仕事を再開します。
5月11日のオープンクラスにはまだ空席あります。
お問い合わせください。



posted by バンナイ at 20:55 | あれこれ
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