画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2016年05月22日

17日の朝地震の夢をみたそうです

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(花材:りょうぶ・あじさい)

昨日のクラスで話し合われた夢に、
日常の何気ない夫婦の情景に、
焦点が当てられているものがありました。
毎日夫婦の間で行われているふたりだけの動作にです。
夢はこんなところに入り込んできます。
誰も夫婦の間のことは言わないし言えないことにです。
そんなタブーの夫婦の機微に入り込んで、
優しく諭すその夢の気遣いに震えます。
長いこと、夢をそんな夫婦の魂磨きの為に使っていきたいと願っていた
そのわたしの願いが実現しつつあります。

この記事の本題は、わたしたち夫婦のことです。
どうぞお楽しみ下さい。

16日の夜、関東では地震がありました。
正確には 21時23分頃茨城県南部を震源地とする震度5弱の地震です。
熊本地震から一ヶ月経っても、
現地ではいまだに大型の余震に警戒中のようです。
大変な心労でしょう。
それに加えて、
ネットでは何やら騒がしい地震予知情報らしきものが、
発信されていたようで、
地震の直後、
「これがそれなの?」みたいな記事も目にしました。

17日の朝布団を片付けながら夫が言いました。
「今朝地震の夢をみたよ」
それを聞いて、それはそれは良かったことと、
夢の専門家の妻は思ったことでした。
それなら現実に地震が起きる確率は低くなります(?!)

夫の夢日記に書かれた文章をお目にかけます。
「夜、家にいると震度3ぐらいの地震。
K子とふたり様子を見る。
すぐにおさまる。
しばらくすると又、地震。
今度は5ぐらいでけっこうゆれる。
外に出た方が良いと思い、
K子を外へ連れて行くが、
シャーリーズ・セロンに変わっていて、
そのセロンが恐いと言って抱きついてくる。
僕は、「エッ、こんな大きな体抱いた事ない。
どうすれば良いんだと思う」が、
取り敢えず玄関まで連れて行き、
外へ出す。
僕は石油ストーブがまだついているので、消しに戻る。
すでに布団が敷いてあって、
ストーブがゆれて、火が大きくなって、
掛け布団に飛び火しそうだ。
でも冷静に消す。
そしたら地震がおさまる。」

これを聞いて、
真っ先に、
「わたしがシャーリーズ・セロン!
これは光栄!
この話に乗ろう!」と思ったことでした。
わたしはわたしだけれど、
夫には、
わたしをシャーリーズ・セロンに対するように接して欲しい。
と同時に、
わたしを尊重し丁寧に接して欲しいと伝えました。
(この夢があったので、言えたことです。
この夢無しに私が四角四面に要求したら大変なことですよね(笑)

夢は魂の体験なので、
この夢の象徴としての全貌を文字にする事は難しいので、
「夫婦の間で夢を語る効用」と、
「地震の夢への対処」という2点で話を進めていきましょう。

わたしはシャーリーズ・セロンに特別な思いを持っています。
現在活躍中の女優さんの中で、
私にとってはだんトツにきれいで目を引く女性です。
そして彼女の幼少期の体験はあまりにあまり!
声もあげられない!11
ここではその内容を記しませんが、
わたしのこれまでを凌駕してなおあまりある、
そんな辛すぎる体験を、
彼女の魂はシャーリーズ・セロンとしての人生で受け入れられている。
それに値する魂の持ち主なのだと思います。
Dior のTVコマーシャルは、
いつも特別きれいだと思って見ています。

夫は人物像を描くので、
「シャーリーズ・セロンは参考になるの?」と訊いたら、
「もっと日本人体型が良い」とのこと。
シャープ過ぎるのだそうです。
そして映画好きの彼曰く、
シャーリーズ・セロンは出演作品選びに難があると。
出演作はシャーリーズ・セロンの特徴を生かしていないので、
女優としてはいまいちだとのこと。
勿体ないとも。
「勿体ない」。この言葉はわたしを評して良く言います。
彼はわたしの活動の大切さを理解してくれているひとりです。
遅々として進まない仕事の様子を評して、
いろいろな意味で「勿体ない」と言ってくれます。
シャーリーズ・セロンを通して、
わたしへの彼自身への魂の言葉と思って聞いています。
しかし、しばしば自分の不甲斐なさに腹が立つようで、
彼の怒りに火がついたときは、
そのとばっちりがわたしに来ます。
という訳で、わたしとしては、
彼がシャーリーズ・セロンに接するように、
丁重にわたしに接してくれたらと思っていたのです。

彼の反省の気持ちを夢の神さま掬い上げて、
夢でわたしをシャーリーズ・セロンにしたとも言えるでしょうか。

地震の夢をみたら、
それは夢を見た本人の心の中で、
いままで通りの対処では、
これからは立ち行かないと認めること。
もっといえば、これまで拠り所としていた考え方が、
役に立たないところまで来たこと。
或いはこれまでの思い込みを反省して、
あらたに実際的で霊的な目標を立てるようにいわれていることになります。

この世の事象はすべて、
生きている人間の心模様の総体が形となっているので、
夢で指摘された地震は、
追っ付け現実になると言われているようなものです。
だからその前に自分の心の状態を知って対処すれば、
現実化される前の対処なので、
地震にならない一助になることになります。

地震の夢を見たら、
予知と受け取るのではなく、
夢を見た本人の心のきしみに自省を加えれば、
地震が現実にならない一助になるという訳です。
(一助にはなるので、現実化しても軽く済むと考えます)

夫は長いこと生きる姿勢に苦しんできました。
改善すべきこと反省すべきことは彼なりに分かってはいても、
頭の理解は腑に落ちず、
従って行動が伴いません。
そこで天からの大英断は、
11月末の左手骨折。
単調な生活は病院通いで、
今まで会うことの無い人々にお目にかかり、
理解が現実的になってきました。

それが、不甲斐ない自分への怒りをコントロールして、
ストーブの火を消し止めたことにつながるでしょう。
これは仕上げの意味です。
骨折に伴う反省をさらに強くするための夢からの示唆です。
という訳で、心の中のきしみは、
彼の中でかなり自覚できていました。
どんな夢も思い当たらない課題が登場することはありません。
問題に対する考慮が熟れに熟れたとき、
夢はそれを確かなものにするようにと、
印象深い夢を送り込んできます。

熊本地震に前後して起こる、
環太平洋の地盤のきしみは、
地球ガイヤにとっては満を持した活動なのかもしれません。
その巨大な力をひとりひとりが心に引き受けて、
創造的であるようにというのが、
いまのプレートの動きなのでしょう。
いま難に会われて御苦労されている方々が、
前向きでいられることにこちらも励まされます。

さて、わたしたち夫婦の話に戻すと、
17日巨大地震がやってくるかもしれないと噂のあったその朝、
夫の夢を通して、
わたしたちはふたりの間のきしみについて話し合うことができました。
わたしは夢の中での夫のわたしへの気遣いを聞かされました。
何と言っても夫婦で良かった。
一歩夫への理解が進んだ、そう思えたことです。

「スノーホワイト/氷の王国」が、
27日から上映されるそうです。
楽しみにしています。


posted by バンナイ at 20:26 | Comment(0) | 夢の活用法

2016年05月17日

今年の変化の波に乗る

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今年の初夢会ははじめて天の鳥船庵で開きました。
今年の課題は概ね、
「トラウマは脇に置いて、
或いは、トラウマはともかく、
やりたい好きに専心すること」でした。
その心は、
「夢を持つ勇気」です。

言葉は重宝であって不自由でもあり、
これだけでは今年の課題の意味は伝わらないでしょう。
わたしにとってはとても具体的な内容ですが。
つまりいままではトラウマの掃除は不可欠でしたが、
今年はそれを放っておいても、
好きを貫き通す心構えでという意味です。

前進するには夢を抱きます。
目的地を計って一歩を踏み出します。
夢を持つことで手元にある課題を片付けられます。
熊本地震の災害に遭われている方々の姿に重ねてみましょう。
いまにつながる未来に希望を持つことで、
いま成すべきことが分かります。
この体験から夢を持つ効用が理解できます。

今年も早5月も半ばになりました。
先日のオープンクラスで話し合われた夢の数々にしても、
今年の課題は、
「自分のやりたいこと好きを貫き通すこと」に、
間違いはないと強く思えたので、
忘備録としても記事にしています。

自分の夢を時間で追っていけるようになると、
成すべきことが浄化であるトラウマの学びだと分かるようになります。
しかし心の情景は二次元ではありません。
善悪ではないのです。
清濁でもなく、学びのプロセスです。
ここがしっかり理解できないと、
夢は、
いつまでたってもトラウマに牛耳られた自分の姿を写していると、
夢を誤解してしまいます。

トラウマ(或いは浄化の必要なところ)は、
ふたつと同じがないほどに特異なことなので、
大切な自分の特徴と考えるのが、
今年の課題と受け取ってはいかがですか。

自己探求の道を歩み出して、
自分の心模様が少しずつ見えてくると、
夢自体は分からないとしても、
夢のあやふやさや、
場面がコロコロ変わったり、
一貫性に乏しいそれまでと違って、
場面そのものがすっきりしてきます。

擬装工作の度合いが薄くなります。
これが成長を示すひとつの表れです。

今年の課題、好きにフォーカスしていくと、
思いがけず立ち止まらざるを得ない状況になり、
浄化の必要が突然浮上します。
しかしこの時も将来への夢を心の真ん中に据えて下さい。
勇気が出てきます。

これが今年の特徴です。
大きな変化はこの夢を見続ける勇気に連動して起こります。
一歩一歩心の次元をあげて行くことで到達する心境です。
自分を戒めの目で見ず、
心の弱さや意気地のなさに添い続けましょう。
本人自らが自分に優しくすることでしか、
夢を見続けることはできないでしょう。
その優しいまなざしを具体的にいえば、
自分は以前と変わらず同じところにいるなあと思うなら、
そこにいる自分を受け入れましょう。
それではまだまだだなぁ、
だからなんとかしなくてはいけないと思わず、
まだまだの自分だなあと、自分の現状に添っていること。
そんな自分に添いながら、
将来への夢を中心に据え続けましょう。
その優しい自分がまだまだな自分を救えるでしょう。
仕上げは神さまの仕事で、
自分の独力では仕上げられないのですから。

それが今年のテーマ、
「トラウマはともかく、
やりたい好きに専心すること」となります。

それからもうひとつ、
好きでやりたいと考えていることと、
霊魂が求める方向と違うことがあります。
その場合も、取り敢えずいま思う好きを目指します。

夢を勉強しても、
ときに夢の伝えたいことを、
今まで通りの自己承認に読み取ってしまうことがあります。
トラウマの大声を真我の知らせと取ってしまうようなものです。

そんな時の夢の受け取り方を、
先日のオープンクラスで披露してくれた方がいます。
人生の一大事に何を成すべきか?
夢は動かずじっと内省することと伝えたいのに、
足を動かすのもむずかしく危険な状況なのに、
社会の大勢を知ろうと行動しようとするのです。

やりたいことと好きを判断することも、
情報過多のいまの世の中ではむずかしくなっています。
それでも、一旦は自分がキャッチした好きを貫きましょう。
間違いなら、
直ぐに立ち行かなくなります。
今年はそんな方向転換は軽やかにできるはずです。

posted by バンナイ at 15:43 | Comment(0) | 夢の活用法

2016年05月13日

ネギ坊主を食べる

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もう一ヶ月は前、
鎌倉野菜の直売所に、
ネギ坊主が並んでいました。
いままで「ネギ坊主は食べられるもの」とはつゆ知らず、
詳しそうな売り子さんに食べ方を訊いてみました。
その方は静かに丁寧に数種類の料理法を教えてくれました。
そこで敬意を表して、
サラダに入れるというのをやってみました。

ネギ坊主を坊主がりのようにハサミで刈って、
小さな棘のようになったつぼみをサラダに振りかけるのです。
食べてみてあまりに味が優しくて、
ちょっと勿体ない。
数回でやめました。

ところが、素麺の薬味にちょうど良い。
普通のネギやワケギでは素麺の舌触りを超えてしまいます。
ネギ坊主の薬味は、
その小ささと細かさが素麺の細さに添ってくれて、
そこはかとないネギの風味を添えてくれ、
邪魔にならず、主張しすぎない薬味として楽しめます。

他には、直火で焼く。
もうひとつは、塩麹に浸けてネギの風味を塩麹に移し、
ネギ風味の塩麹として使うのだそうです。
この場合は1週間後に使って下さいとのこと。
ネギ醤油もありだそうです。
わたしは塩麹も醤油もまだ試していないのでコメントはできませんが。

先ほど「ネギ坊主の料理法」をネット検索してみました。
天ぷらがほとんどで、
急遽記事にしようと思い立ち直売所で買ってきました。
(写真の真ん中にあるものが、ネギ坊主です。)
ひところより小さく旬は逃しているのでしょう。

ネギ坊主は袋を破ってしまっても、
まだまだ美味です。
これはわたしの個人的な意見ですが。

我が家の菜園のネギ坊主は、
わずかに2本となってしまいました。
ネギ坊主の時機は過ぎてしまったかもしれませんが、
ご参考までに。

それにしても、食べ方を教えて下さった方は、
天ぷらとは一言もおっしゃらず、そこがなんとも。

posted by バンナイ at 20:05 | Comment(2) | あれこれ

夢は恋心に応える

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(画・坂内和則)

「霊性」という言葉を使わず、
少し前までは「スピリチュアリティ」を使っていました。
「スピリチュアリティ」を使いながら、
それでも「霊性」は捨て難いものと頭をよぎります。
何より日本語。
日本語には言霊があります。
そのひとつの証拠が、
「霊性」を意図してキーを打つと、
画面に出てくる字は「冷静」。
目的の言葉に「同音異語」が深みを添えます。

長く、「冷静」を「霊性」に変換する作業が続き、
いまや「れいせい」とキーを打てば、
多く「霊性」と出て来るようになりました。
「霊性」と「冷静」は意味を深める関係。
「冷静」は「霊性」を得て輝くようです。

「夢は霊的言葉の入り口」。
この大好きな言葉を言いたくて、
「冷静」と「霊性」を並べてみました。
「夢は霊性へのアドバイス」。
夢が示す哲学は、
毎日の生活の中で実践するための指針です。
そこには聖者も覚者も入る隙はありません。
意識的に生きるという意識が光を放つところ。
従って夢から引き出された霊的アイディアは安心を生み、
冷静を得ることができます。

夢は生きる姿勢へのアドバイスですから、
夢が目指す生き方がある訳で、
それが霊的生き方です。
霊性を重んじる生き方ということです。
では、霊性とは何でしょう。
言葉にしにくい霊性を敢えて言葉にすると、
「神という超自然的存在とのつながりを信じ、感じながら、
その体験を実践していく姿勢」となるでしょうか。
つまりこの世的基準ではなく、
自分の心の深いところで感知する神聖さを、
自分の基準に生きていくこととでも言いましょうか。
言葉にはしにくいけれど、
夢にはどこにも罰はない。
夢を見るものにも罪はない。
夢が指摘するのは、
もっとグレードをあげて生きましょう!
もっと学びましょう!
と、生きることを歓迎しています。

わたしたちは、
百年ほどしか役に立たない肉体をまとった霊的存在なので、
その霊性を磨くチャンスが生きることだと、
夢は言います。

そして夢がいう霊性は、
それは宗教や特定の修行で目指せるものではなく、
日々出会う人たちに、
自分がどう接するかを吟味できる感性を育てることだと言います。

夢はもちろん仕事上のアドバイスをしてくることもありますが、
それよりは身近な人とどう接するかを重要視します。
そして身近な人と霊性を磨きたいと望む人には、
特に夢は恩寵深く反応してくれます。

繰り返すと、
夢に取り組むのは「霊性を磨く」ためです。
それは人と相対する態度でしか磨けないと言います。
その人との一番濃い関係が、
人生の伴侶との関係です。
人生の伴侶との関係は恋心ではじまります。
だから夢は恋心にとても敏感に反応してくれます。
「恋心」こそ霊性磨きに向けた動機を持ったものだからです。

こう言ってしまうと、
多くの方々は戸惑われると思います。
家族を大切に思う人々も、
「『恋心』や異性への憧憬が霊性を表すとは!」と、ね。

とても単純なことなのですが、
人を好きになるという心の動きは、
霊性がどんな人生を生きたいのか、
理想の生き方を実現するための動機が底にあります。
その方の生きる姿勢が好きの対象を決めます。
好きを相手に伝え、
自分の存在をアピールする。
この状態を時空のなかでグレードアップしていくこと。
これが霊性磨きなのですが、
異性への憧憬と霊性への憧憬とを、
ひとつのこととして考えられたことはありますか。

異性への強い憧れが、
霊的心のはたらきであり、
感情面でも精神面でも憧れが極まって、
肉体的にも相手を求めます。
つまり性交は最も高貴な異性への愛の証しです。

異性を求めるその心が、
相手の霊性を知ることで燃え上がるのなら、
感情的にも性交もみずからの霊性を最高に表すチャンスとなる訳です。

人として肉体をまとえば女性と男性に別れます。
この二極の形態こそが霊性への憧憬の道を示しています。
男性は女性を求め、
女性は男性を求めることは霊性が求めることです。
これは自然なことです。
それ以上に神の摂理です。

だから恋心に夢はしっかりと反応を示します。
恋心を抱く相手が、
霊性に適った相手かどうか。
霊性磨きに取り組める相手かどうか。
人生を共にできる誠実さを持った相手かどうか。

いままでたくさんの夢を見聞きして、
何と分かり易い夢を送り込んでくるのかとびっくりする位、
恋する乙女に夢は誠意ある解答を送り込んできます。

では、次回は恋人が欲しいと願っている方たちに向けて、
どのようにこころとからだを整えたら良いか。
夢から恋愛成就法を引き出す方法を考えてみましょう。 



posted by バンナイ at 06:09 | Comment(0) | 夢の活用法

2016年05月03日

夢は超意識から来ます

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(写真は4月23日天の鳥船庵夢療法家養成講座第10期初日の風景です)

夢は超意識から来ます。

夢の発信源は超意識です。
潜在意識の何処からかやって来るのではありません。
だから夢は信じられるのです。

潜在意識は大抵「できない」を意識に伝えようとします。
あれもできないこれもできない。
望んでも実現は難しい。
これを伝えるのが潜在意識の仕事みたいなものです。

それにひきかえ超意識は、
「できる」ということを伝えようとします。
あれもできるこれもできる。
望むことは何でもできる。
それが霊性の望みなら、
確実に実現すると伝えるのが、
超意識の仕事です。
(意識の3構造は顕在意識の下に潜在意識があり、
その下に超意識がきます。)

心理学のはじまりは、
意識と無意識の別を論じるところから発展してきました。
そこで無意識(潜在意識)を調べているうちに夢に行き当たり、
夢が顕在意識と潜在意識の橋渡しをしていると分かったところから、
夢は潜在意識から来るとなったようです。

その心理学で夢が扱われて間もなく、
ケイシーは夢は超意識から来ると言いました。
これは驚くべきことです。
しかし古代、夢を治療に使ったアスクレピオスがいます。
アスクレピオスは夢の真実を知っていたので、
夢を治療に使ったのでしょう。
望ましい治療はこころとからだを同時に扱って起こせるものです。
医薬を使わなくても治癒が起こせるのなら、
その情報は真実という超意識からきたものです。
有史以来人類は夢を頼りに生きてきた形跡もあります。

天の鳥船庵においでになる方々は、
その辺のことを多少なりとも理解しています。
夢は信頼が置けるものだと。
そこで大抵の方は、
というよりほとんどの方が、
それを頼りに、
自分の隠れた才能を夢から知りたいと言います。
自分には優れた才能があるはずだから、
それを知りたいというのです。

とても良い心がけなのですが、
残念ながら夢が直接特定分野の才能を教えてくれることはありません。
どうして?
どうしてこんな大事なことを教えてくれないの。
みなさん不思議そうな顔をされます。

だって才能を見つけること自体が、
自己探求ではありませんか。
夢が直接教えてしまったら、
自分で見つけなくても良いので、
自己探求に成りません。

やってみたいと思ったことはやってみること。
楽しいだろうなと思うことはやってみること。
新鮮だと思えることはやってみること。
知りたい経験したいと思ったことはやってみること。

やってそれに対する自分の気持ちが見えて、
気持ちが固まって落ち着いてきたら、
夢がそれに対して何かを言ってくる可能性はあります。

夢は、
それをもっとグレードをあげてやってみましょうと、
言ってくるかもしれないし、
時間のロスだと言ってくるかもしれないし、
方向性が違うと言うかもしれないし、
方向はあっているけれど、
アプローチが違うと言ってくるかもしれません。

要は、行動に移したら、
それについて夢は密かにかコメントをくれます。
或いははっきりとかもしれませんが、
あなたの求める度合いによって力強くアドバイスをくれます。
具体的なゴーサインの例としては、
花を活けるとか、
花束をもらうとか。
とは言っても花だけがそうとも限りません。
夢は極めて個人的なもので、
どんな形を取るかは顕在意識の知恵では決められないのです。
だから自分の夢がどういうかはお楽しみという訳です。

夢の願いはあなたの心の筋力をつけることです。
最終的には、
夢に頼らず自分の本心である魂の声を直接聞けるまで、
心の筋力をつけるために超意識から来る夢の象徴を読み取って、
自分の自由意志はどこにあるのかに気付いていましょう。

そして誰にも夢が薦めることがあります。
それは人生の伴侶を得ること。
ここには宗教の別も男女の尊卑の別もありません。
あるのは霊性磨きという心の筋力をつける目的だけ。

追々この人生の伴侶を得ることが、
夢からは最も尊いチャレンジだというお話をしましょう。

posted by バンナイ at 10:28 | Comment(2) | 夢のメッセージの取り方
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