画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2017年10月29日

受講生たちの粋な計らい


昨日は天の鳥船庵夢療法家養成講座第13期の初日でした。
散会で気が緩んだところに、
突然の停電。
何事と構えたら、

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花束を差し出されたのです。
唖然呆然のわたし。
「明日のわたしの誕生日のお祝いに」とみなさんの粋な計らいでした。

それまでに大笑いと大泣きのセッションが続いて、
さらに予定外のびっくり。
みなさんの表情もそれぞれです。

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戴いた花束です。

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添えられたカードに「喜寿のお祝い」の文字を見つけ、
改めて自分が喜寿を迎えたのだと知ったのでした。
こんな77歳のお誕生日をいただき、
なんと幸せな人生を歩んできたことかと感無量です。

誕生日の今日は冷たい雨の日になりましたが、
静かにこれからの自分を生き生きと思い描きたいと思っています。

夢の講座でご縁をいただくみなさん。
ありがとうございました。



posted by バンナイ at 10:16 | Comment(2) | あれこれ

2017年10月23日

鏡の中のアフロヘアー

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感情だけが自分の霊性のあり方を知らせています。
感情に正直になれば、
自分の霊性がどんな状態かわかります。
しかし精神世界を渡り歩いている人でも、
感情を感じる大切さを理解できる人はとても少ないのが現状です。

霊性の状態と瞑想での神秘な体験とは重なりません。
瞑想だけで自分の霊性を図ることは難しいことです。
それより自分に正直でいれば自分がわかるでしょう。
感情、特に怒りを覚えた時はチャンスです。
自分が何にこだわっているかを知る手がかりだからです。

繰り返すと、
成長したかったら自分が何を感じているかを知ること。
その上で怒りがどこから生じているかを観察できること。
自分の霊性の成長への鍵は怒りで測れるからです。
怒りには善も悪もありません。
価値づけは後付けです。
有史以来人の上に立つ者によって怒りを悪と決められました。
そのカラクリに気づくことです。
本来感情は生命を維持するためと、
生きる意欲を持つためと、
霊性を知るための聖なる道具でした。
しかし、人に上下をつけ、
人をコントロールしたい者によって、
感情は不都合と教育されました。
ほとんどの人がこのだましにはまっています。
そこから抜け出る必要を感じた人が夢を見ました。
それが今回の、「鏡の中にアフロヘアー」です。

夢は核にトラウマを知らせています。
そのトラウマは性格傾向を作っています。
だから夢には自分ならではの性格が見えます。
このトラウマはあなたの本質ではなく、
今生のテーマを知らせるものです。
トラウマはカルマ(今生のテーマ)と同じ質を持っています。

このトラウマに触れる場面に遭遇すると人は怒りを感じ、
その怒りをなきものとするために無感動に走ります。
これは長じて自動的にスイッチが入るので、
自分は怒りの感情を克服したと勘違いします。
何が起きても、
無感動でいることは社会生活に便利ですが、
自分自身を生きてはいません。
この社会を牛耳る者に都合が良いだけです。
残念ながら多くの人はこの罠に陥ります。
「感情を感じる」ことと、
「感情を感じたままに相手にそれをぶつけたり言ったりする」ことは、
大きく違います。
「感情を感じる」は一人作業です。
あなたの中には感情の宝庫があり、
あなたは一生を通して、
この感情の宝庫から感情を感じるままに、
心の中を感情で満たすことが生きることです。
大げさに言えば、
人生はこの感情を感じ切る全行程と言ってよいでしょう。
感情を感じ切り、
その後に行動を起こせる者は、
自分の感情に素直に従った人生を歩みます。
怒りのままに行動はしません。
だからこの世の基準では、
生産的ではなくても、
この世の次元を超えたあの世の次元では、
創造的な人生を作れます。

話を少し戻すと、
感情を感じ切る前に、
行動に出ると、
感情に振り回されているあなたを相手に見せてしまうことになります。
相手はあなたを感情に振り回される人と受け取るでしょう。
そこに宇宙的な生産性はありません。

けれど残念なことに、
多くの場合感情に振り回されているのに、
自分は感情を感じて自分を表現したと言います。
感情を感じきって行動に出た場合は、
そこに怒りはなく、
自分に納得して行動するので悔いはありません。

あるいは感情を押し殺して、
周りに合わせて自分を出さずに済ませる人になるでしょう。
そんな罠に長く陥っていた人が、
「鏡の中のアフロヘアー」の自分を夢に見たのです。
その夢主の感想を披露しましょう。

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これまでは夢のメッセージを素直に受け取る事ができませんでした。
頭で考えすぎて自分を追いつめていました。
これから私はやりたい事をやる人生へ一歩踏み出します。
夢を素直に受け止め、コツコツと勉強に励みます。

アフロヘアの夢から、怒りは行動の原動力だなと感じております。

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この夢主のコメントは、
これから気持ちも新たに念願の勉強に取り組むという決心を、
知らせてくださったメールの一部です。
これだけではみなさんにおわかりいただけないかもしれません。

しかし夢は感情を感じることを微に入り細に入り勧め、
それがまさに原動力なのだと励まします。


posted by バンナイ at 19:37 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年10月17日

回転寿司と注文を受けてからマグロを裁く寿司屋

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気骨ある女性が結婚し出産しました。
子育ては企業戦士にとって、
馴染めない別の戦いを挑まれていると感じたようです。
目の前の幼子に何を食べさせるべきか、
それが大きな問題になってきました。
答えを求めて友人知人そしてネットサーフィンを試みるものの、
ますます答えは霧の中。
行った本屋にはキャラ弁が並び、
同じく母親仲間の多種多様な生活実態に、
心の中は揺れに揺れます。

そこで見た夢が、
「回転寿司と注文を受けてからマグロを裁く寿司屋」。

効率重視(=回転寿司)か、
美味追求の現実無視(=注文を受けてからマグロを裁く寿司屋)か。
この夢の視点の皮肉めいたところが腹に響きます。

話し合いの結果、
先輩ママは「素材の味を覚えてもらう調理」と、
「空腹まで親が待つ」を提案してくれました。
講師は加えて、日本の伝統を食に反映させてと。

それを受けて夢主のママさんがくれたメールです。

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私と似たような価値観と経歴をお持ちのお母さんはきっと、
職場復帰してもしていなくても、お母さんという立場に立って
私と同じように悩んでいる人は多いのではないだろうかと改めて思います。

母になってもなお、物質主義から抜け出せない自分が、
子育てを、母という立場を、日常の小さな事に、
喜びを感じられる豊かさを取り戻せるか、
その過程を自分自身が楽しみたいと思います。

ちなみに、私の夫は日本文化や伝統工芸が非常に好きなのです。
お裁縫もお料理も楽しむ人

今日の昼食は、娘が苦手なジャガイモを、娘と一緒に皮をむき、
粉ふきいもを作って食卓に並べました。
最初は嫌がっていたのですが、娘によそった分は完食していました。
食事はシンプルに、素材を楽しむ、という考え方で
娘の幼少期の食事をもっと気楽に楽しむ事にしました。

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ここで言っている「物質主義」とは、
書籍に答えを求める自分の態度を言っています。
食こそ自分が自分に何を求めるかの結果であり、
祈りを形にするものではないでしょうか。
それが生きる挑戦だと夢が言っているように思います。

posted by バンナイ at 12:37 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年10月13日

霊性が大事なら完結は必然

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グループセッションをしていると、
そのグループのテーマが浮かび上がってきます。
先日それが「完結」だとわかりました。
そこで「完結」についてお話ししましょう。

夢で課題を知ると、
それに伴った行動を起こすことになります。
しかし行動を起こす前にそれまでのことをお終いにしておかないと、
行動を起こしてもそれまでの古い問題を引きずったままなので、
行動が挑戦になりません。

お分かりいただけたでしょうか。
これが「完結」です。

アスリートはそれまでの練習の結果を大会で発揮し、
出た結果を分析して、
次の練習マニュアルを考えます。
アスリートが自分の才能を力いっぱい花開かせるには、
この練習と大会での挑戦が必要になります。

人間関係も同じです。
出会った人との関係の結論が出たら、
その結果を受け入れる勇気が必要です。
それが別れなら、
別れで完結する必要があります。

人間関係で、
「続行」と「別れ」を同時に取ることはできません。
結果を厳粛に受け取り、
それに沿った現実的態度で「完結」することが、
挑戦の前には必要です。
終わったことは終わったことにできる自分でいる必要があります。
それが挑戦する前の自分にフェアーな状態です。

もしかしたらよりを戻せるかもしれないと、
別れた昔の恋人に会いに行ったり、
古い関係に淡い期待を抱くのは、
新たなステージに立とうという挑戦者には不向きな心根です。

所詮この世は仮の宿。
自分という魂を遊ばせに来た世界。
そこでは新しい関係を求めて、
次々にチャレンジすることが霊性発達に必要です。
それにはひとつの関係を完結させ、
次の人間関係に行くという態度が霊性発達には必要です。

自分の器以上のことはこの世では起きません。
どんな挑戦も自分の力が及ばないことはないのです。
だから霊的生き方をしたいのなら、
新しい関係を求める勇気が必要です。

多くの人がこれでつまずいているように見受けられます。
人は慣れ親しんだ関係に固執します。
その関係が痛くて非生産的でも、
今まで通りの人間関係でいれば、
自分の実力を試されることはないと怠惰なのです。

多くの体験に心開きましょう。
それが霊的生き方なのです。
だから夢では挑戦を多く勧めます。
夢が「今まで通りで良い」とOKを出すことはほとんどありません。
このことを夢に取り組む前に知っておく必要はあるでしょう。
夢は霊性しか扱いません。
その夢は「完結」を大切にします。

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posted by バンナイ at 13:39 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年10月06日

花束をくれる男はパートナーになりうるか

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ハリウッド映画の一場面のように、
夢で花束を差し出されたり、
貰いそうになることがあります。
それが知古だろうが、
見知らぬ男性だろうが、
殿方から花束をもらうのは?
夢だったとしてもうれしいものです。

一瞬恋の始まり?
恋人が現れるという予知夢?
などと気持ちははやります。

でも残念なことにこれを恋のはじまりと取るのは早とちり。
日頃の願いを夢で叶えようとしているというお叱りの夢です。
「労せずして夢を叶えようとしているね」という神さまのメッセージです。
夢が何で人の意識の中に入り込むのか、
この願望充足という夢を考えるとよくわかります。
夢は現実を生きるためだけに存在するので、
夢を夢で叶えては何もなりません。

わたしたち人間は夢を夢まぼろしと遠ざけ、
挙句に棚ボタを期待します。
人生のパートナーをこんな風に手に入れることはできません。

とても難しい夢の受け取り方ですが、
「あなたはこんな風にプリンセスもどきの経験をしたいのね」と。
それが人生の望み?
相手に賞賛されたい?
夢はなかなかうがった見方をします。
これが願望充足の夢です。

願望充足の夢も予知夢もどこか変というところがミソなのだけれど、
そのミソを読むのが難しい。。
しかしこの場合「花束」がカギになります。
そこで「花束」の意味を考えてみましょう。
「花束」は「花」を集めたものです。
だから「花」を先に考えなくてはいけません。
花とは、どんな花も自己表現を精一杯やっていますという表れです。
花は他からの賞賛を頼りに、
「自分はこうです」と言っているわけではありません。
見る人が居ようが居まいが、
自身を「こんなに美しい存在でしょ」と、
見えない天に向かって言っているのです。
それが「花」です。

だからその花を束ねた花束をくれる人は、
そんなあなたを良いなと思うので、
「是非それを続けてください」と伝えているのです。
自分を肯定できる人を肯定したい。
花束をくれる人はあなたの何かを賞賛しています。
しかし人生を共にしたいというほどの賞賛や「良いね」ではありません。
そこには二人で新たなものを作ろうという気持ちはないのです。 

それで、花束をくれる人がお相手とは思えなかったり、
男性でない場合は、
やはり、あなたの何かを賞賛しています。
賞賛している人は人生のパートナーにはなりません。
人生のパートナーは、
共に「人生を創っていきましょう」という人とでなくてはなりません。
夢ではそこは明確で、
共に宝探しをしたり、
二人で湖を見に行ったり、
力合わせてボートを漕いで島に行ったり、
ちゃんとした食事を共にしたりという場面になります。

こうなると予知夢になりますね。
こんな夢を見たとき現実生活であなたは、
目一杯理想の相手が目の前に現れたように自分を整えます。
こうしてパートナーが現れるのを待っているようにと、
夢の神さまはおっしゃいます。
あなたの準備が整ったらそのときあなたの目の前に相手を配置するからと。
あなたが神の意に伸るか反るかはあなたの自由です。
しかしこんな風に人生のパートナーを求めなさいと夢は言います。

夢は、人生のパートナーと人生を創造することに
最高の意義を置いているように思われます。


posted by バンナイ at 14:11 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方
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