画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2018年07月13日

ピノキオにつながる夢のお話

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どんな講話を聞いても講演を聞いても、
自己を知ってスピリチュアルに生きるのは至難の技です。

所詮他人の知恵は他人の知恵。
自分に当てはまるとは限りません。

自分の中に全てがあるとは、
自分の内省のための知恵は自分の中にあるということも含みます。

いまの自分を知って、
一歩前進したスピリチュアルな自分を作っていくには、
自分を掘り起こし、
自分にとって冒険心を刺激しながら、
自己の深みを知る手段を探し出す必要があります。

そんなことを教えてくれる格好の夢に出会いました。
夢主さんの許可を得たので、
ここで考察をしていきましょう。

夢本体:
【プールのような(大きな)風呂で、掃除をしようと栓を抜く。
ホース(の水)で洗おうとしたら、
ホースが海へ出て、
(海に)浮かんで、
内海と外海の境に張ってあって、
必死に外海へ流されないようにしがみついている。】

まず夢主さんは、
この夢を何度も何度も思い返して、
この夢が一体何を言っているのか考えたそうです。
それも日常のどこに当てはまるだろうと試みたそうです。
しかし結局、行きつけなかったようでした。

なんでプール位大きいお風呂を掃除しようとしたのでしょう。
それもお風呂の掃除をしているはずなのに、
なんで海でホースにしがみついているのでしょう?
それも外海に出ないようにと必死です。
外海に出てしまえば、
命の危険にさらされるとこの方は考えています。

この夢を自分だけで解いていくのは難しいでしょう。
他人が使う為のお風呂を「掃除」しているはずが、
命の危険を感じているのですから。
そんな切羽詰った気持ちをこの夢主さんは日常で感じられてはいないでしょう。
だからこの夢からメッセージを引き出すのはたやすくありません。

今流行りの精神世界の講座は全て心のお掃除が目的です。
講座と自分の生活に距離があれば、
日常に変化をもたらすことは稀で、
いつか役に立つとしても、
精神世界を渡り歩くだけになって、
知識にはなっても霊性発達にはなりません。

この方もスピリチュアルを目指していろいろ体験中なのだと思います。
そして夢に出会って自己探求をしているという訳です。
夢によって講座と日常の間の距離が縮まり、
心のお掃除が始まったわけです。

しかし自分にとっての自己探求は、
まず他人さまへの奉仕であり、
その他人さまが入るためのお風呂の掃除を、
自分は率先してやっているという自負がおありなのでしょう。
それなのに、いつの間にか海の中に出てしまったという訳です。
そんなつもりはなかったことでしょう。
他人のための掃除のホースが頼りとは象徴も極まれり、
言い得て妙です。
そしてこのままいつまで踏ん張るつもりか夢は訊いています。

聞くだけの講座で終わらない夢講座の取り組みは、
時に楽しいけれど油断は禁物です。
夢による自己探求は、
その波に乗れたら楽しく安全ですが、
時に深く遠く闇夜に光を求めるように取り組むと、
嵐に遭遇します。

その危険をこの夢が察知したのでした。
これを現状を知らせる夢と捉えれば、
いつまでホースにしがみついているかを問われていると受け取れます。

夢は絶妙にチャレンジの時を知らせて来ます。
この方はこの夢の提案を、
受け取れるか受け取れないかというところにいます。
夢はいつもそうですが、
受け取れそうにないアドバイスはしてきません。
しかし受け取れるか受け取れないかの微妙な差を突いてきます。
基本的にこの夢主さんはこのアドバイスを受け取れるでしょう。
しかし夢主さんはこのアドバイスを、
慎重に考える必要があるでしょう。

つい最近この夢主さんは、
自己探求に取り組む危険を身近に見て来ました。
その危険は他人の姿を見てそう思ったのですが、
この夢のニュアンスからはその危険が自分にも及んでいるというのです。
これはこの方だけの問題ではなく、
誰にも当てはまり、
成長すればするほど危険度は増します。
試しは段々にきつくなるのです。
では夢が何を言いたいかですが、
それは慎重でいながら大胆に冒険を続けなさいということのようです。
ホースを頼りに海岸に戻るか、
ホースから手を離して外海のうねりに身をまかせるか。
意識を持って自分を眺めていれば、
自ずと自分が歩む道は選び取れ安全は保障されます。

できうるならばこの後ピノキオを参考に生きてみてはいかがでしょう。
これがおとぎ話や童話の役目で、
自己探求という冒険に役立つことで危険回避になります。

では海の危険は何でしょう。
海は母なる海。
あらゆるものを生み出す創造性の宝庫です。
役に立つものもそれを阻むものも同時に生み出します。
そして海に入る前に自分につまらぬ自尊心があれば、
それが判断の妨げになります。
それがピノキオのお鼻です。
これが自己探求の道筋で思いがけなく飛び出してきます。
この方の過信がどういうものか、
正確なところは本人にしかわかりません。
過信しているという自覚もないかもしれません。
例えば奉仕。
他人のために奉仕をするという心には、
知らずして相手より自分は人生を理解していると思いがちです。
夢がいうスピリチュアルな生き方は、
こうして意識できない心の影の部分を見るよう迫って来ます。

そのつまらぬ自尊心を持ったまま潜在意識に潜り込むと、
生みの危険、潜在意識に潜む思いがけない心の闇に出くわします。
ピノキオという物語の推移がわかっていれば、
ピノキオの辿った道をなぞることができます。
これが童話と夢を参考に、自分物語を生きるということになります。

さて夢主さんへの提言は、
ピノキオのお話を道案内に生きてみてはいかがでしょう。
ピノキオのお話の終盤、
ピノキオは巨大なサメに飲み込まれ、
マグロに助けてもらいます。
そして自分の課題に真面目に取り組み、
最後に夢に現れた妖精によって人間になります。

これがスピリチュアリティを生きることになります。




posted by バンナイ at 14:44 | 夢の活用法
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