画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2022年04月26日

エイトスターダイヤモンド田村社長さんの思い出



5月14日のオープンクラスは空席あります。

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(何年か前にいただいたテッセン)

ネットで知りました。
エイトスターダイヤモンドの田村社長さんがこの14日にお亡くなりになったそうです。
生前大変お世話になりながら、
碌にお礼を申し上げることもないまま打ちすぎました。

個人的なお話はほとんどしたことがありませんでしたが、
10年以上前に洋菓子研究家の今田美奈子先生のパーティで、
田村社長さんに再会いたしました。
この時も田村社長はすぐに木曜会で夢の話をしてくれるようにと、
わたしにチャンスをくださったのです。
おかげさまで一度だけでしたが、
エイトスターダイヤモンドのの木曜会の講師を務めさせていただきました。
この時来てくださった方の中にはその後長くお付き合いがある方がいます。

田村社長さんには遡ること何年になりますか、
1990年代のはじめごろ、
お声をかけていただき、
エイトスターダイヤモンドのショールームで夢のお話会をひらいていただきました。
どの位の月日お声がけしていただいたのか記憶もないのですが、
毎月伺ったように覚えています。
木曜会ができるずっと前です。
そこでお目にかかった常連さんの中に、
夢の話を聞きに毎回沖縄から飛んできてくださる方がいました。
また中には夢の話を聞いてくださる時は独身でいらした方が、
後に茨城の農家に嫁がれて人生を大きく方向転換された方。
思い出も少なからずあります。

田村さんをご紹介くださったのは、
ジュエリーデザイナーでメダル彫刻家の北村公晴(きたむらきみはる)氏です。
そのとき、これからエイトスターダイヤモンドに行くとおっしゃるので、
気軽に何も考えることなく付いていきました。
30年も前のことです。
わたしのことは確か夢の講座を開いていると紹介してくださったと思います。
わたし自身ダイヤモンドに興味はなく、
申し訳ないくらいにエイトスターダイヤモンドに興味がないままですが、
その時田村社長から夢の話をショールームでしてくれるようにと直に話がありました。
それで夢のお話会がはじまりました。
月に1度でしたか、
2時間ほどをお集まりいただいた20名ほどの方々に夢の話をしました。


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今思い出したのですが、
そのときご伴侶の湯川れい子さんの都合で講演会に空きができてしまうので、
代わりの人をお探しとのことでした。
世間知らずのわたしにはこれがどれほどすごいことか思いも及ばず、
唯々夢の話ができると喜び勇んで出かけたのでした。

30年前山川ご夫妻が訳された
「アウト・オン・ア・リム」の著者シャーリー・マクレーンと写っている写真や、
サイババの写真が飾られたショールームは、
精神世界の牽引車を務められた田村社長の会社ならではのハイセンスな雰囲気があります。

お連れくださった北村氏曰く、
「すごい感性だ」とわたしに声かけしてくださった田村社長の判断に感嘆されていました。
これがわたしがご縁をいただいた田村社長さんとの思い出です。
お声がけしてくださった田村社長さんの御恩にお返しできる働きがわたしにできたでしょうか。

ここにほんの少しでも感謝の思いを綴らせていただき、
ご冥福をお祈りいたします。

ありがとうございました。










posted by バンナイ at 18:00 | あれこれ

2022年04月18日

藤井風の「ガーデン」


5月14日のオープンクラス空席あります。
Zoom参加も可能です。

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(数日前の富士山)


もう3、4週間ぐらい前でしょうか。
確かな日付は思い出せません。
YouTubeで藤井風の「ガーデン」を聴きました。
ハミングから始まって、
少しずつ気持ちよく歌い上げる感じが、
てらいなく良い歌だなと思いました。

そして歌詞の「わたしは恋をして」の部分を、
単純に彼が恋をしたのだと思いました。
作者は妙齢の青年です。
応援したくなります。
とは思うものの歌が終わる頃には、
単なる恋物語ではないと気付きました。

それにしても何故「ガーデン」?
「庭」でも「園」・「苑」でも「庭園」でもありません。
「ガーデン」は英語です。
日本語でない分、
慣れ親しみすぎない、
手垢のついていない言葉だから「ガーデン」なのでしょうか。
けれどいまどきそんな外来語オンパレードの日本語事情で、
「ガーデン」に特別な意味を持たせようとはアーティストらしくないと思いました。
そこを掻い潜って藤井風の「ガーデン」に意味を感じるのは、
歌の構成と歌詞全体が生み出す作者の思いを、
感性がキャッチしたのでしょうか。


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(江ノ電と富士山と江ノ島)


さてそこで、
歌詞を正確に知ろうとネットで調べてみました。
こういうことはすぐに調べがつく世の中なのですね。

そこではたと知ったのです。
「わたしは恋をして」のフレーズは、
「今のこの瞬間人生に恋をして欲しい」という宇宙の声・神の意向を、
藤井風はそのまま受け取り、
歌にしたのだと知ったのです。
そう納得した途端
この歌の存在価値は私の中で唯ものではなくなりました。

コロナという最終試練が起きるほど、
この地球で起きているいまの現象は、
地球全部が熟れて上昇気流に乗っている現れです。
嘆くことはありません。
心配もいらない。
ただ心穏やかに外の事象を眺めていましょう。
パンデミックを起こす地域もあり、
パンデミックに触れることのない地域もあります。
戦時下の緊張した地域もあり、
日々が平和に過ぎる国もあります。
わたしたちは両極端を経験しています。
その上いまは情報が山ほどあります。
50年前、100年前の言論統制の時代ではありません。
溢れる情報媒体のSNSにも形を変えた検閲はありますが、
知りたいことは入手可能です。
この多様な情報様式の統制管理の中をわたしたちは日々泳いでいます。
大戦の頃の情報統制は人々に不安を煽り孤立させましたが、
いまのネット社会は街と過疎地に橋をかけ、
人の自由を尊重し繋がりを深めています。
これこそこの地球がわたしたちに与えてくれている場であり、
地球の意志と思えます。
自分の立っているところからあらゆる方向を見ようと思えばあらゆる極端が見えます。
それこそが人間社会の成熟の極みです。
このコロナ禍騒動の2年間お陰様でわたしたちは考え深くなりました。
これこそが人生の醍醐味です。
あらゆる事例が目の前に繰り広げられ、
その姿はこれまでの自分の過去生のように映ります。

この歌の中で、
「私のガーデン果てるまで」のフレーズは6回繰り返されます。
正確には1箇所「私の」が無いところがありますが、
「私のガーデン果てるまで」は「わたしは恋をして」の形容句になります。
だから
「私のガーデン果てるまで、わたしは(人生に)恋をして行こう」
となります。

輪廻転生を繰り返した成果が今最終的に出ようとしています。
その最終章になるかもしれない今生に恋をしましょう。
人生を楽しみましょう。
恋をするようにこの人生を日々楽しみましょう。
藤井風はそのようにわたしたちに語りかけているのではないかと思いました。

夢に現れる「庭」の象徴的な意味は、
「これまでの心の成長を表し、
あなたの魂が習得した結果です。」となります。

自分の心の手入れの成果が目の前に繰り広げられています。
そう思えたら心騒がすこともなく、
どの姿もどの人生も愛おしく見えるでしょう。

という訳で、
「ガーデン」の伝えたいことは、
「この地球滞在の輪廻転生の最終章のいま、
この地球での人生に恋をしましょう。
恋するように生きましょう。」となりました。

この歌を2022年の3月にリリースすることで、
これからの過ごし方を彼はわたしたちに伝えたかったのでしょうか。
タイムリーな歌だと思いました。


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(藤の咲きはじめは数日前で曇った夕方。お天気に恵まれません。)







posted by バンナイ at 15:04 | あれこれ

2022年04月08日

いじめを阻止できた女の子の夢



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(はなまつりの極楽寺)


ここ天の鳥船庵に夢を学びにおいでくださるひとの中には、
子供たちに夢を話してもらえるようにと、
いろいろ計画を立て行動する方がいますが、
いまのところ形になっていません。

今の教育事情では教科の中に霊性を学ぶ「霊学」を入れるのは
まだまだ時期尚早なのでしょう。
夢が教える「霊学」と現況の倫理道徳とは明らかに違います。
それについてはまたどこかで記事にできると良いと思っています。

さて、子供が夢を話せる家庭環境のなかで育てば、
子供の心は安定し、
自分のことは自分で決められる子供に成長する例を披露します。
この女の子のお母さんは長く夢を勉強しています。
夢の勉強に取り掛かってからも妊娠出産しいまは3人娘の母親です。
ここに来るまでも色々ありましたが、
今回は「いじめ」をテーマに母と娘の夢の推移もお話ししましょう。
お二人にこのことを記事にする許可をいただきました。
どうぞ多くの方々がこの記事を読まれ、
将来について無用の心配をせず、
新しい学校生活を楽しみ、
なにより個々の霊性を大事に生きてほしいと願っています。


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(桜散る参道)


今回は母親のショッキングな夢がはじまりです。
母親のメールから引用します。

ー引用はじめー
今朝(3/2)は次女(小2?)が亡くなる夢で目が覚めました。
夢のことが分かっているつもりでも、いい目覚めではありませんでしたが、
どこか夢をみて安堵している自分もいました。
(著者注:現実での死が起きる場合はこのように直接的ではありません。
夢の中の死は象徴的な出来事だと夢を見ている本人が自覚できていたので、
安堵しています。)
次女は夢の中で病気でもなく、ただ、呼吸ができなくて亡くなりました。
夢の中で、亡くなる前日に次女に怒ったことを後悔していて、
起きてからは自然と優しくできました。
わがままで自由奔放な子だと思っていたのですが、
案外思っていることは外に出せていないのかなと思い、
自分と繋がる部分も感じました。
まだ自分で夢を味わいきれていないところがあり、
先生のお考えを教えていただきたいと思います。
ー引用終わりー

そこで、次女とふたりだけの時に母親は自分の夢の話をして、
母親が叱りすぎたので、
「あなたは何も言えなくなってしまったのね」と詫びてくださいと伝えました。
まだ10歳に満たない子供に、
母親の夢の中で死んだという意味を理解してもらうのは大変かもしれないと伝えました。
そこでこの母親は次女とふたりだけになって、
彼女の手を取り膝の上に乗せて、
「息もできないような思いをさせたのね」と謝ったそうです。

すると娘さんは、少し涙ぐみながら、笑って許してくれたそうです。


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(灌仏会(花祭り)の花御堂と誕生仏が本堂前に)


ー引用はじめー
その後、そういえば今日夢を見ていたと3/3に見た夢を話してくれました。
次女の夢本体
「小学3年生で、友達に仲間はずれにされて、
夢の中で4、5、6年生になって、中学校1年生になった時に、
友達に『仲間はずれにしないで』と言ったら仲間はずれにされなくなった」
というものでした。

聞きながら、「ん?あれ?学校で大丈夫かな?」と心配してしまったのも事実ですが、
「自分で友達に仲間はずれにしないでって言えたの凄いね?」というと、
次女が少し安心したようにも見え、
夢を共有できて良かったなと思いました。

前回の講座(3/17)の後に次女の見た夢について、
「中学生まで待たなくていいよ」と先生が言っていたよと伝えると、
「そうなの?」と、
とても安心したような顔つきをしていました。
小学校3年生から中学1年まで仲間はずれが続くのかなと思い
新学期に友達が出来るか心配していたようです。
ありがとうございました。

その後は次女が自分の夢の話をよくしてくれるようになり、
ある朝突然、
「ゲームセンターに行きたいって言ったり、
買いたいものはたまににする!お金貯めとく!」
といいだしたので、
よーく話を聞いてみると
「好きなことばっかりしていたら貧乏になって
目玉焼きもなんにも食べられなくなる夢を見た!
もうしない!」といいだしたのです。
最近の私と夫は
次女にお金の大切さや食べ物の大切さを理解してもらおうと苦戦していたんですが、
親がとやかく言うよりも、
たった一度の夢のほうが圧倒的な説得力だったようです。
夫も「夢すごいな…」と驚いていました。


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(花御堂のお釈迦さまが天上天下唯我独尊のお姿で)


余談なのですが、
このメールを入力し終わったところで、
鈴の音が聞こえたのでなんだろうと奥の部屋を見に行くと、
何故か神棚に飾っていた、
次女が昨年七五三を鶴岡八幡宮でしたときにいただいた破魔矢が
滑り落ちてきたようで2段下の場所にありました。
とりあえず、元の場所に戻したのですが、
何かこのメールが大切だと伝えているのかなと思いました。
よくよく考えてみたら、
次女が夢を見た日は3/3のひな祭りで女の子の成長を願う日で、
粋な夢だなぁと思ったのですが、
調べてみると、七五三も
7歳は神の子から人間として現世に完全に誕生する
女の子の大きな祝いの歳だそうで、
彼女の成長に気付くように言ってるのかなぁ?などと思いました。
ー引用終わりー

ここでこの話に解説をしても蛇足にしかならないとは思いますが、
大切なところ、霊性発達の大事な点についてお話しします。

次女は夢の中で友達に「仲間はずれにしないで」と言えました。
この言葉を自分の意志で言えたことがとても大切です。
自分の気持ちを自分の言葉で意志通りに言える力を夢で獲得したのです。
このエネルギーはこの世に持ち帰ることができます。
彼女は夢の中で得た強さをこの世に持ち帰ることができました。
当然目を覚ました彼女はそれまでの女の子からは脱皮しています。
これが霊的成長を成し遂げることです。
そこでそれまでの彼女と違う彼女を目に前にしたお友達も、
彼女への態度を変えるでしょう。
それが夢の力です。


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(甘茶を戴きました)




posted by バンナイ at 14:56 | 夢の活用法

2022年04月05日

桃太郎伝説と4神獣(1)

4月9日のオープンクラスに空席あります。

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(4月5日の富士山)

2020年から始まったコロナ禍が、
わたしたちの生き方を大きく変えてくれました。
この災害がなければ気付けなかったことはたくさんあります。
必要悪とも言えるでしょうか。
正確には必要な経験だったと言えるのではと思います。

このコロナ禍後の心の支えに、
昔話の「桃太郎」と「4神獣」を紐解いて、
この物質至上主義から魂の平和にシフトできる
わたしたちを創っていく指針にしたいと思います。

昔話「桃太郎」については、
夢の講座のレジメに長く挙げてきたのですが、
講義の中でこの解説をすることなく済ませてきてしまいました。
講座の中で話し合う余裕が講師側に無かったとも言えます。

この仕事を始めた30年前、
河合隼雄先生と秋山さと子先生はご存命で、
人々の夢に対する関心は高く、
このまま夢への関心は高くなり続けるものと思いましたが、
お二人共に亡くなってみると期待はずれでした。
お二人の活躍は心理学の中での夢だったからでしょうか。
わたし個人の立ち位置は、
心理学でも精神世界でもない宙ぶらりんと思っています。
この宙ぶらりんが長く夢講座を勝手に開いてこられた要因でもあります。
寄りどころはエドガー・ケイシーの言葉通りに、
自分を知るための道具として夢を捉えているので、
精神世界風なのかもしれません。
とはいえいまやこの論議は何の意味も持たないところに来ています。
信じられるものが外にありません。
そこは嫌というほど分かっても、
最後の砦である自分自身の何を信じたらいいのでしょう。
そこを教えてくれるのが自分の夢です。
まさにこここそが夢の真骨頂です。
夢は議論の余地もないほど現実を生きろと言います。
この一見パラドックスと思える夢を長く人類は手懐けられずに来ました。
いまこそ夢を手懐けるときです。

さて夢には夢が推奨する生き方があります。
それは夢に取り掛かってすぐに気づきました。
考えてみれば当たり前のことです。
しかしこの当たり前のことが夢に関心がある人たちにも通じません。
それで「桃太郎」の話の確かさに気づきながらも
その解説を後回しにしてきたというわけです。

夢がいう当たり前な生き方とは、
誰もが自分の家庭を作って、
次世代に人生の本当を伝えるということです。

これが多くの人に伝わりません。
多くの人が夢に求めることは、
夢の中には深遠な哲学があり、
自分の中に特別な才能があるはずだからそれを夢で知りたいというのです。
確かに全ての人にはその人特有の才能があります。
それは確かだけれど、
その才能が特別他人の注目に値するかどうかは別です。
またその才能が経済を生み出す才能かどうかも別です。
けれど夢を通して自分の才能を知りたい人は、
自分特有の才能が見つかりそれに邁進すれば、
霊性も豊かで経済も豊かな人生を送ることができると勘違いしています。

わたしが夢から教わったと思っていることは、
つまりわたしが夢を通して知ったことは、
結婚して霊性を磨きなさいということだけです。

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精神世界講座を渡り歩いて、
霊性が磨ける訳はありません。
精神世界講座は霊性磨きの練習になりますが、
実践にはなりません。
逃げ場がない人間関係を異性と作り、
その土俵上で切磋琢磨しない限り霊性は磨かれません。

これが結論です。
多くの人はこれを嫌がります。
だから「桃太郎」の話を解説しないできました。
このコロナ禍がわたしたち人類に必要だったのは、
どうしても物質至上主義に陥ってしまうからです。
自分の才能を見つけて経済的に安定したいと願っていることが、
そもそも経済主義だと気づけないのです。
強制的に外側の世界から目を心の中に向けなければ、
心の中を見ようとせず、
常に自分と他人を比べ、
面倒な心理的葛藤を避けようとします。

ところが夢は恋がはじまったら即刻口出ししてきます。
恋する相手が人生を共にするにふさわしいかどうか、
間髪を入れずちょっかいを出してきます。
それほど恋は人生を左右する大事だからです。

近年、多くの人は恋をしたがらず、
生涯結婚をしない人が増えています。
その理由は身近に結婚の良い見本がないからです。
速い話が自分の両親の結婚生活に魅力を感じなかったからです。
むしろ「結婚なんかしなければ良いのに。
なんで結婚してわたしを産んだのか」と悲しい思いがあるからです。
あなたの両親もそう思っていたことでしょう。
しかし戦後の日本を生きた人たちは、
経済的に困窮していたのです。
他に生きる術がなかったのです。
心を大切に生きることは後回しでした。
その両親のもとで育った人々は、
経済的に自立を遂げています。
しかし心の自律がなかなか難しく、
他人と心を割った関係を作ることに臆病になっています。

そこを打破するための心構えを創るためのお話が「桃太郎」です。

「桃太郎」の話は、
日本のあちこちで桃太郎伝説として大事にされています。
冒険物語なのでとても魅力的な話です。
特に戦時下の日本では人気があっただろうと思います。

ところで桃太郎物語は日本の古い昔話とされていますが、
起源が良くわかりません。
日本の初夢文化も以前に記事にしました。
この時初夢に縁起の良い物とされている
「1富士2鷹3茄子4扇子5煙草6座頭」が、
調べていくうちに近年日本人が作り上げたものらしいとわかりました。

煙草が日本に渡ってきたのは16世紀半ば、
ポルトガル人によって「鉄砲」とともに持ち込まれ、
江戸時代には喫煙習慣が広まったようです。
ですからこの初夢の縁起物という謂れも、
そんなに古くないように思います。

奇しくも昔話「桃太郎」と初夢の縁起物が、
両方ともあまり古くないのです。
人類の遺産が太古に完成された形で残っているのではなく、
時間をかけて人類が作り上げたもののようだということです。

さて、とはいうもののこうしたことはあまり重要とは思いません。
考えるべきはいまこの二つを伝承文化として、
夢を使って心を整える材料に使えるという事実です。
これが面白いのです。
特に夢は現実行動を大切にします。
夢を論じるとき空理空論は排除されます。
そこのところを「桃太郎」で考証していきたいと思います。
次回から物語の実際を見ていきます。
お付き合いください。
    ―つづく―

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posted by バンナイ at 14:24 | 桃太郎伝説と4神獣
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