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2016年06月29日

結婚は修行だ!「池にすむ水の精」3

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この記事は結婚の勧めです。
この世で最も尊いことは自分を知ること。
それを叶えるに最も相応しいチャレンジは結婚です。
そして男性原理の世から女性原理の世に移行させられるのは、
自分を知って魂磨きの経験に専心すること。
ここには宗教も軍隊も入り込む余地はありません。
結婚こそが魂が求めるチャレンジです。
そして追々分かってくることですが、
結婚生活は女性の対処の如何にかかっています。
だからこそ女性原理の世に移行できるのだと思います。
これが叶えばいままでの価値観も、
いまの成果主義も、
その影を消し、
自然豊かなビルのない地球に生まれ変わるでしょう。

さて、前回の話をまとめると、
新婚生活の蜜月を過ぎて、
いよいよ人生の本題に取りかかる結婚生活の緊張をなんとかしようと、
粉屋は精神世界つまり宗教や特定の教義や信条や、
あるいは宗教とはいえない心の探求に心奪われたという話をしました。
池から現れた水の精に心奪われたことをそう解説したのでした。
池とは、海の小型版。
結婚生活も長くなると、
生き生きした喜びに変わってだるさや緊張感を覚えます。
それを忘れさせ、夢中になれるもの全般が水の精です。
それは無意識の領域から表れ魅力を覚えるもの、
それを水の精としたのでした。

ここまでの話をいままでの社会に当てはめると容易に理解できます。
これまでの出版物を見ると多くこの形が見えます。
社会的に成功した人の著した本には、
ここ(結婚生活)は飛ばして、仕事の成功に話がすぐに移ります。

心の統合を成長とは考えないからでしょうか。

もっとあからさまな言い方をすれば、
宗教さえ押さえれば、
人としての高みに到達できると言うのがこれまでの社会通念です。
しかし僧門に入り独身で人の高みに到達できるとしたら、
それこそが肉体を持つ在り方を否定しているようなものです。
この辺のほころびはバチカンからも漏れ聞こえていますし、
同じくお坊さんによる性犯罪も後を絶ちません。
親鸞上人が妻帯し、独自の寺院を持たず、
各地に簡素な念仏道場を設けて教化したのは、
人の在り方そのものが神聖だと実感できていたからでしょう。
なかには僧籍にいて人のなし得る高みに登っている方々も散見します。
その方々への在り方を否定しているのではなく、
生きる目的を叶えるのに、
市井に居て実生活を送ることが本来なのだとお話ししています。

乱暴な言い方かも知れません。
ここでいう目的は、統合であり成長なので、
夫婦ともに手を携えて相手を鏡に自分を磨いていくことが、
人生の目的であり、
生きる目的だとお話しています。

この文章で意が伝わっているかどうか、
お分かりいただいているかどうか自信はありませんが、
この童話の解説の意図を再確認しておきましょう。
この「池にすむ水の精」の話は結婚生活の真の意味を伝えている物語です。
この物語から結婚生活をどのように本来の道をたどって進ませられるか、
その神髄を探っていくことにしています。
それが心の統合であり、
心の成長だという基盤でお話しています。

つまり、いままで社会的に認められた成功者のいう成功とは、
ひとりの鍛錬の結果、
精神の安定とともに、
経済的発展を遂げることが出来、
その上で人としても大成したということのようです。

その方々の考え方からすれば、
結婚生活とはプライベートな問題で、
心の大成とはつながらないとお考えなのかもしれません。
しかし、この物語では、
経済的発展や成功は生きる本来の目的とは違うと、
はっきり伝えているように思います。

では、今回の話に進みましょう。

☆.。 .:*✣ ・ °☆.。 .:* ・ °☆.。 .:*✣ ・ °☆.。

グリム童話「池にすむ水の精」3
(注:童話本文を引用したところに【】を付けることにしました)

【3: これは池の妖精だな、そう思うと、
怖くて怖くて、粉ひきは、逃げたらいいのか、
このままにしているほうがいいのか、わからなくなりました。
すると、水の精は優しい声をだして、粉ひきの名をよび、
なにをそんなにくよくよしているのかとたずねました。
こちらは、はじめのうちは黙り込んでいましたが、
向こうがいかにももの柔らかに口をきくのを聞いて、
気を取り直し、自分も以前は運がよく、金持ちであったが、
今ではすっかり貧乏になってしまって、
どうしたらいいのかわからないのだと、身の上ばなしをしたものです。
 「心配おしでない」と、水の精が返事をしました、
「わたしがね、先よりもお金持ちに、また運もよくしてあげるわ。
そのお礼には、いましがたおまえのうちで産まれたものを、
わたしにくれると約束しさえすればいいのよ」】

☆.。 .:*✣ ・ °☆.。 .:* ・ °☆.。 .:*✣ ・ °☆.。

池の精に魅了されたのに、
それが怖いとは矛盾しているように思いますが、
精神世界(ここでは心を扱うすべての分野、
宗教も自己啓発も全部ひっくるめてお話しています。
かくいう夢だってそのひとつです)に足をちょっと入れた頃、
かじった頃、
知った頃、
体験してみたものの、
実は相当に疑心暗鬼が生じます。

こんなんで本当の道を進めるのだろうか。
こんなことが意味あることなのだろうか。
はたまたダマされていないだろうか。

このまま続けていくには、
背中を押してくれる何かが欲しいでしょう。
不安を消してくれる優しい声がけがあれば勇気百倍です。
安心して身の上話が出来るなんて、
願ってもいないことです。
その上、未来を保証してくれる甘い言葉にほっと安心。
なんと言ったって、小屋以外の財産無し。
以前も申し上げたように、
小屋だけ残ったということは、
結婚生活をとりあえずは維持していこうと思っていますが、
それだけでアイディアが無いのです。

【「わたしがね、先よりもお金持ちに、また運もよくしてあげるわ」】
池の精はこういいます。
精神世界に入ると、その成果は直ぐに経済面で表れるという訳です。
経済さえ心配なくなれば知恵も浮かぶというもの。
何だか納得します。

そんなことはお易い御用だ。
粉屋はそうほそく笑んだことでしょう。
日本もほんの5、60年前、
本当に貧しい国でした。
お金さえあれば、
自尊心だって買えると思っても仕方ない世の中でした。
いまでもお金で自尊心は買えるかもしれません。

その代わり【「おまえのうちで産まれたものを、
わたしにくれると約束しさえすればいいのよ」】と、要求してきます。
ただ(無償)ではありません。

心の探究に乗り出したのに、
その決意で生まれた心意気をすべて差し出すようにと、
精神世界が要求しているように受け取れます。
それに引き換え、粉屋はお金さえあれば、
何でも出来ると、そう安直でした。
                           ーつづくー

posted by 天の鳥船庵 at 18:43 | Comment(0) | 池にすむ水の精
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