画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2018年03月21日

「続・魂の救済としての結婚の勧め」

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前回の記事をアップした後、
夢主から補足説明がありました。
これはとても大切なわたしたちの霊性の根幹に関わることなので、
敢えて「続・魂の救済としての結婚の勧め」として補足します。

夢主からの文面を一部お見せしましょう。
ー引用はじめー 
先日のクラスを家で深めることができました。
実は、私自身が珍しくあの場で発言を躊躇ったことがあります。
それは、夢で私をレイプした相手が、
クマかタヌキだったような気がする、ということ。
人間でないところに、
自分自身でゾッとしてしまって、言いだせませんでした。
両者の象徴を読むと、どちらも頷けます。
頷くと同時に、どうしたものかと唸ります。
ー引用終わりー

確かに、動物には両義的な意味があります。
アンビバレンツな意味があります。
しかしこれはこの世の二分法が原因で、
物事を理性で理解する上で役立つのでそうなるだけです。
ここに夢主がゾッとした理由はわからないことはありませんが、
「そう受け取るそれが問題なのだ」と夢が指摘しています。

何回も申し上げますが、
性行為そのものは聖なる行為です。
ですからその頂点で目眩く「快」を味わいます。
瞑想も同じです。
どちらも揺らぎを伴う「快」を体験します。

人間が性行為をするとき、
「わたしは動物並みの快楽を貪っている」とすこしでも思っていたら、
それはレイプに成ります。

これまで関わることので来た夢を総合すると、
わたしたちの心は宇宙の広がりを持っています。
地球ひとつを心の内に見ることができます。
その地球を拠点に住む動物という仲間たちも平和に暮らす権利を持っています。
彼たちは地球にあってその「快」を味わっています。
その快を見た、まだ浮遊状態にあったわたしたちの魂は、
彼らのセックスを見て、
その美しさに我々も体験したいと、
地上に降り立ったのだそうです。
これはエドガー・ケイシーのリーディングにある記述を、
わたしなりに解釈して文章にしたのですが、
その出所を調べている時間的余裕がなく、
わたしの記憶だけでお話ししています。
この意味をたくさんの夢から類推すると、
動物的本能とされる性行為への意義付けは、
人間たちの二分法による区分けによるものと考えます。

夢は霊性への働きかけを題材にしているので、
必然的にわたしたちの霊性への方向性を指し示します。
そこでは、
「人間でないところに、
自分自身でゾッとしてしまって、言いだせませんでした。」
という心情こそが問題で、
動物への価値観や考え方を霊性と同じ位置におけると、
「あなたは性行為の快を味わえるだろう」と励まされていると思います。

今回の夢に動物としての象徴を当てはめては、本末転倒と思います。

最後に心理学ではどのように「動物」を受け取っているのだろうかと、
探して見ました。
時間をかければもっとふさわしい記事に出会えると思いますが、
「とりかえばや、男と女」で河合隼雄氏が述べている考えを引用します。

ユングは(トリックスターのことを)
「あらゆる点で未分化な人間の意識の忠実な模写である。
それは動物の水準を未だほとんど出ていない意識水準に相応している」と。
それに対し河合氏は、
「人間は『未分化』な存在を考えたり
『反秩序』の存在について考えたりするときに、
動物のイメージをよく用いる。
『畜生にも劣る』などという表現もある。
しかし、動物は人間が勝手に考えるほど無秩序に生きているわけではない。
動物で性の顛倒などが行われるだろうか。」
「人間の行う未分化への希求の行為も
やはり相当に人為的なものである」と書かれています。

わたし自身は夢を通して知らされた霊的生き方から考えて、
この河合氏の考え方より
遥かに動物には神聖さを感じていると思っています。
そこで今回のレイプの夢に戻ると、
夢に表れた特定の動物の象徴を読むのではなく、
性への概念を再考するようにとの示唆と受け取ってはどうでしょう。
ここをもっと深めることができれば、
人類の気づきは急速に進むと感じています。
それをお知らせしたくて再度記事にしました。

引き続きお知らせです。
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posted by バンナイ at 12:18 | 夢の活用法
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