画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite
天の鳥船庵だより

2017年05月22日

夢で知る母が娘に与える影響

DSC08677.jpg

先日のクラスは、
3歳から8歳までの娘を持つ母親だけが受講生でした。
これはとても珍しいことで、
その上議論になった夢は、
母と娘の間で何が起きているか。
あるいは何が行われているかを知らせるものでした。

これについてプライバシーもあり、
あまり具体的な話はできません。
しかし特に母親は子供の心に何が起きているか、
正確に知りたいでしょう。
トラウマという言葉は市民権を獲得して早何年というほど、
誰もが知り得る言葉になっていますが、
自分のトラウマについては自覚があっても、
子供のトラウマがどのように生じるものか、
また自分が親としてそのタネを蒔くとなったら、
心のうちも波立ちます。
それを真正面に受けて立ったとき、
家族の絆はしっかりしたものになるはずです。
もしそれが夢で分かればその後お互いへの理解が増して、
つまらぬ心配をしなくて済みます。
私たちは互いを理解し合うことで、
どんなに豊かな家族関係を作れるだろうかと、
そんな感動を覚えたので、
先日のことを記事にしたいと思ったのです。
話合われた夢では、
日頃母親が娘にとっている態度が、
どのように娘に受け取られているかが如実でした。
それは母親の夢だけでなく、
娘の夢にも表れていました。

まだ幼児と言えるこんな早い段階で、
親の影響を夢から知らされるのは、
人類の遺産ではないでしょうか。

どのお母さんも忙しい毎日を送っているので、
夢の勉強に月一丸一日を割くのはさぞや大変と思われます。
そこを押して勉強に通われるのですから、
親子お互い真に理解し合いたいという願望でおいでと思います。
それが見事に叶えられるのでした。

夢で見た場面を言葉にしてしまうと、
夢のニュアンスも含め全部をお伝えできませんが、
ほんの触りでもお伝えできたらと思います。

一つは夢に出てきた場面に似た状況が家の中で起きたのだそうです。
夢では見知らぬ子供が怪我をしていて、
自分とその子の間に男性がいるので、
その子のことは男性に任せて、
自分はその子の親を探そうとするのだそうです。

現実に起きたことは、
家事をしている自分の耳に、
幼稚園生の娘のかすかな泣き声が家の中のどこからか聞こえてきたのだそうです。
娘は姉と一緒で夫がそばにいるはずだからとおもいながら、
夢の場面に似ているなあと思ったそうです。

母親が夢で男性に怪我をしている子供の世話を任せたように、
実際の場面では、
大丈夫あの子は父親と姉のそばにいるのだからと思った、
その自分に重ね合わせることができました。
でも、ここで家事の手を止め、
理性(男性性)ではなく、
情動を持って母親としてその子の名を呼ぶ母であったら、
その子は母親をもっと身近に感じることができ、
親近感をより一層感じることができたのではないかというのが、
夢のメッセージではないでしょうか。
とても高度なメッセージの取り方だとは思いますが。

父親と母親が喧嘩をしていて、
父は母に暴力を振るうので、
小さな娘の夢主は果敢に父親に戦いを挑んでいくという勇ましい夢があります。

珍しい夢ではありますが、
反面どこにでもありそうな夢でもあります。
こういう夢を見る人は長じて人に対して好戦的です。
戦いを挑めば勝ち目があると踏むでしょう。
だから目に見えるところでは成果が出るはずです。
でも、心の成長を望むなら、
この夢に戻って、
両親の喧嘩の間に入るのではなく、
子供の気持ちそのままに泣き叫んだらどうでしょう。
親の喧嘩は怖いし悲しいものですから、
そのまま泣き叫んで怖い怖いと自分に言い聞かせるわけです。
そんなことをしたら両親はびっくりしてケンカどころではなくなるでしょう。
夢の中でも実際でもこの方法は効力があるはずです。
これもまた高度な夢の味わい方かもしれません。

この後まだまだこうした心のひだを教えてくれる夢が続きましたが、
またいつかお話しできればと思います。


posted by バンナイ at 20:07 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年05月01日

4月29日名古屋のN&K研究所で夢のワークショップを

DSC08541.jpg

10年は昔、ケイシーセンターの機関紙「ワンネス」で、
夢解釈の例題として使わせていただいた夢主さんのその後を、
知ることができました。

4月29日名古屋のN&K研究所で夢のワークショップを開いていただきました。
会場は東山公園の全貌を眺めることのできる高台にあり、
緑豊かな景色が眼下に広がる気持ちの良いお宅です。

到着するとすぐに、
初めてお目にかかる受講生が、
ワンネスの記事のコピーを見せてくださって、
「この例題は夫の夢です」とのこと。
その記事を読んで彼は、
女性への構えをとって、
のちにわたしの目の前に立つ女性と出会い、
結婚したとのこと。

彼本人とはお目にかかっていませんが、
結婚相手の彼女がこの朗報を携え、
講座を受講してくれたのでした。

今回は、ほとんど講義なしの、
自分で自分の夢からメッセージを取るワークをしました。
最初に解決したいことを書き出し、
夢とシンボルの描画ののち夢の話の分かち合い。
そして夢の感情を感じ、
それを元に短歌や詩にして、
感情の整理をするとともに、
自分が考えるメッセージの発表をしました。

初めて夢のワークショップに出席された方々が多かったのですが、
普段他人に言えない心の機微を吐露される方が多く、
夢の治癒力の確かさを覚えました。
たった一つの夢に現れた性向が病理に繋がっていくことを知ったのです。
みんなの前で話すこともまた治癒の力を呼びます。

DSC08545.jpg

DSC08547.jpg

DSC08553.jpg


posted by バンナイ at 17:37 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年04月25日

夢の近道

DSC08533.jpg

死んでいく夢を見ます。
死が迫っている夢を見ます。
かなりショッキングな夢です。
ドキドキしながら目を覚まします。
朝の忙しい時に夢をあれこれ考えている暇もない。
けれど、夢の後味は悪く、
夢の印象がまとわりつき、
振り払うことができません。

夢は真我から来ます。
これは夢に取り組む前提です。
実証科学の範疇を超えている夢を、
学問の中だけに収めるのはもったいない。
これを悪夢と退けては夢の恩寵をドブに捨てるようなものです。

さりとて、オカルト(神秘的超自然的)現象と片付けるのは、
さらにもったいない。
夢は日々に生かしてこそその本領を発揮します。
夢のメッセージを現実世界で実行することなく、
夢の真価を理解することはできません。

夢を思い出せたら、深刻にならず、
程よく平静を保ち、
思慮深く知恵を働かせましょう。
夢の恩寵の極みは、
夢見た者を考え込ませることなのですから。

夢が「死」を暗示するときは、
「生かせていない」という意味がおおかたです。
「生かせていない」は心と体が生きていないということ。
霊的に、心情的に、体そのものも今の状態では生かされていないのです。
自分の存在を「生かしていない」のです。

では、「生かしていない」状態とはどういう状態を言うのでしょう。
それは決意を生きていないということです。

多くの方が夢の大切さに気づき始めています。
それはとてもうれしいことなのですが、
自分の人生の夢を理解し始め、
寝てみる夢をそこに重ねることができると、
その前で逡巡し始めます。
この逡巡が「生かしていない」状態です。

わたしたちは情報の豊かさのおかげで、
この社会が必ずしも霊性に則った政治と経済で守られているのではないと、
気づき始めました。
これが葛藤を呼び、
その葛藤の前で決意を棚上げしている人が多くなっています。

会社勤めをやめようかどうしようか。
現状は奴隷のような時間のなさ。
考えることに制限があるような操作された情報。
これは人間の生活ではない気がする。
だからこの会社の構図の中にいるのをやめようと思うのだけれど、
この生活水準とステータスは捨てがたい。
そう思うとおいそれと会社勤めをやめられない。
結局、決断を下せないまま時をすごすことになる。

恋人と別れようかどうしようかその決意の前で逡巡する。
愛と呼べる気持ちなのかどうか、
今となっては自信がないのに、
慣れ親しんだ恋人の存在をきっぱり切るには勇気がいる。
他に好いてくれる人が現れたら、
そのとき別れればいい。
自分でも自分に嘘をついているかもしれないと、
自尊心のなさに呆れる。
けれど別れると決断はしない。
恋人がいる安心感は捨てがたい。
例えそれが虚構の関係であっても、
たった一人でこの砂漠のような都会に一人生きる自信はないから。
この関係に豊かさは見つからないかもしれないけれど、
この宙ぶらりんのまま時が過ぎていくのをやり過ごす。

愛する人が欲しい。
伴侶が欲しい。
もう独居生活は十分だ。
しかし伴侶は欲しいけれど、
出会いを求めて動くことができない。
他人の人生の責任を負うのかと思うと身がすくむ。

こうして選択をしないで宙ぶらりんでいる人が多いです。
これが自分を殺しているのだと気づけません。
こんな時は無理にでも理性で今までの自分の行動と、
それとは違う行動を書き出すことです。
この世的な考え方だと、
現状維持が最も安全だとなりますが、
夢が考えるように勧める霊的な基準は、
今までやってこなかった方法を選択するようにといいます。

会社を辞めたいと思う人は、
今の会社以上に良い条件を今後に求めることはできないだろうと、
可能性を潰します。
しかし会社を辞めても、
自分が取り返しのつかない状況を生み出すことはないでしょう。
却って、夢の提案を推敲し実行に移せた時のプレゼントは、
計り知れない豊かさをもたらします。

恋人と別れられない人は、
これから新しい恋人ができる可能性はないかもしれないと、
霊的に喜びあえる出会いの可能性を潰します。
しかし、これまでの恋人との関係で得た成長を支えに、
別れることができたら、
その得た成長をベースに新しい恋人が現れます。
それは成長したあなたの霊性に見合った恋人のはずです。

出会いを求めても行動できない人は、
人と人との交流で湧き上がる創造性の意外性に心を開けません。
自分と人との間に恐怖を置くのを辞めましょう。
恐怖の壁を打ち破ってみましょう。
その堅固なハリボテの壁は突破してみると、
暖簾を払うほどに手応えがないはずです。
なんでこんなことに恐れを感じていたのかと、
自分の弱さに呆れるでしょう。
どんな場合も夢の提案はいっとき恐ろしく映るかもしれません。
しかし夢の提案はこれまでの枷を取り払うものです。
虚空に歩を踏み出す怖さにおののき、
無い恐怖をイメージで作り上げているその自分に気づくためのものです。

これはエゴの働きです。
このとき夢はその後、手を替え品を替えて、
行動するようにサポートします。
つまり行動を促す夢がずっと続くのです。

自分はどうありたいか、
そのイメージをしっかりサポートするのが夢です。

夢という一見馬鹿馬鹿しいものを信じて、
虚空に歩を踏み出してごらんなさい。

その豊かさは計り知れない!
夢を行動に移して、
その結果を知った時、
「こんなことならもっと早くに行動しておけばよかった?!」

そんな嘆きを口にする自分に気づくでしょう。

逡巡を続けていた時の砂を噛むような気持ちは消えて、
穏やかな中に力がみなぎるような不思議な安定感の中にいるはずです。

これが夢を理解し、
夢を生きるためのツールにする近道です。

この22日に養成講座12期が始まりました。
ケース研究のためのクライアントに応募下さったみなさん。
この夢の近道をご理解いただきますよう願っています。
これから4ヶ月間、
共に夢を歩んでまいりましょう。

次回の養成講座でもクライアントは募集します。
ご興味のおありの方は、
早めに個人セッションかオープンクラスにおいでください。
ご応募お待ちしています。


posted by バンナイ at 14:23 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年04月20日

娘に、どんな母親と思われているのだろうか?  私はどう娘に接しているのだろうか?

DSC07413.JPG

先日「女の心の成長」というテーマで夢を話し合っていたところ、
母親の自分が娘にどう接しているか、
象徴的に知らせてきた夢に出会いました。

また、小さな子供の夢に、
母親の自分がどんな風に見えているか考えさせられる場面がありました。

こうした心の機微を子供が小さいうちに、
親がキャッチできたら、
どんなに日々が豊かになるでしょう。

もちろん反省させられる点が多いので、
親としては避けて通りたい課題ではあるけれど、
真正面に取り組んだら、
その成果は計り知れない。

子供が夢を話してくれると、
子供の心が案外に強いことを知らされます。
親の自分より強いし、
考え方もちゃんとしていると思えます。

けれど子供の夢を話してもらうメリットは、
子供はとてもデリケートで、
その心のひだにいま親の意識という光を当てたら、
瞬時に子供の心は癒されるだろうと思える点です。
夢を親に話すことで、
子供心に、親が大事なところを見て、知って、
それを共有してくれるのだと、
子供の心に親への信頼が増していくように思えます。

一方、親が子供の夢を見た場合も、
基本的には子供への対応を知らされるので、
接し方の大事な要点を夢に教えてもらうような感じです。

子育ての教科書は外にはありません。
親の心の中にしか自分の子供の子育て本はないのです。

夢の子育て本が教えてくれることが、
親の自分が考えることと違うだろうことは、
心の隅においておいてください。
夢の伝えることを考える段階で、
自分を客観的に見る力をつけることになるでしょう。



posted by バンナイ at 07:35 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年04月09日

スマップ解散後の中居くんとキムタク

DSC07516.JPG

夢は霊的生き方の指南書です。
解散後のスマップの中居くんとキムタクが夢に登場したそうです。
夢はアップデイトな話題が当たり前。
夢主にスマップの解散をどう思うか訊いてみました。

その方曰く、
「スマップさえ解散する時代になったのだと思いました。
神さま的なものがなくなるんだと。
求心力があり、影響力があったものがなくなって、
みんながそれぞれ自分を生きていく時代を迎えたんだなと思いました。」
つまり、誰かが時代を代表してリードするのではなく、
これからは、
ひとりひとりが時代をリードしていくのだと感じたというのです。
言葉を代えれば、
自分の内側(真我=夢)が自分をリードしていく時代になったと言うのです。

そしてその方は結論として、
大学に行って勉強してから壇上に上がろうと思ったけれど、
今ここで壇上に上がることに決めました」と話してくれました。
オープンクラスに出席する前に、
この夢ですでに行動への結論を出していたのでした。
決意を不動のものにするために、
オープンクラスという聴衆の応援が欲しかったのですね。

応援しますよ。
そのあなたを。

で、この方のさらに凄いところは、
生活全般を見回し、
自分を核にして行動していくことを考えているのでした。

夢は霊的生き方の指南書です。

次回のオープンクラス5月13日残席あります。

posted by バンナイ at 08:59 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年02月23日

驚きの洗腸を薦める夢

DSC05886.JPG

これからお話しする夢も、
夢による医療リーディングの一例と私は考えています。
洗腸を夢が勧めるなんて、
にわかには信じられない。
多くの方々はそう思われるでしょう。
しかし夢は摩訶不思議の擬装工作を駆使して、
最も安全で肉体上も精神衛生上も効力ある洗腸を勧めてきます。

今回はこれが洗腸を勧めている夢だと分かる受け取り方、
擬装工作解除法をお話ししましょう。

夢本体:
【小学校の担任の先生がたくさんの生徒を連れて、
下水の清掃(どぶさらい)をしている。
この先生がこわれたゴルフボールをばらまいて、
消毒液を掛ける。
そうしてから子供たちがボールを拾うと、
どぶがきれいになる。
わたしもボールを出す。
あとは収集車が持っていく(ボールを)】

「下水の掃除」がこの夢の主題です。
夢では家や建物を人体となぞらえと、
身体の状態を正確に捉えることができます。
最も分かり易いのは、
教会堂や礼拝堂でしょうか。
サン・ピエトロ大聖堂のように頭の上に十字を乗せ、
胡坐をかいて座ったときの人体に重ねて、
内分泌腺とその支配下にある内臓を考えます。

この夢に戻ると、
「下水」は身体の外のように思えますが、
身体を敷地全体とすれば、
汚水を流すところ(どぶ)は、
大腸のなかの肛門に近いS字状結腸あたりでしょうか。
(注:医療リーディングと云いながらここでは、
この夢主さんの医学的診断を知っている訳ではないので、
あくまで夢を紐解いていけばと云うだけのことです。
夢の専門家がその範囲で想像しているとだけご承知置き下さい)

つまり、夢は大腸の掃除を主題にしていると考えたのです。
そこで更に夢を仔細に検討すると、
夢は具体的な掃除の方法を提案しています。
まず、「壊れたゴルフボールを(下水に)ばらまいて、
次に消毒液を掛ける」というのです。
この「ゴルフボールをばらまく」というのと、
「消毒薬を掛ける」という2工程は、
ケイシー流腸内洗浄で使う洗浄液にとても良く似ています。
ケイシー流洗腸の方法では、
はじめに塩と重層を微温湯で溶かした水溶液を使います。
便の搔き出しを塩と重層を入れた微温湯でやっている訳です。
次にリンス液として、
微温湯に少量の口内洗浄液を溶かした溶液を使います。
最初の壊れたゴルフボールが物理的な洗浄の役割を果たし、
次の消毒液で口内洗浄液の役目を担わしていると思われます。
市販の口内洗浄液は殺菌作用がありますから消毒薬とも云えます。

こんな風に夢はそのものズバリで表さないで、
象徴を使いながら、
真実のはたらきを知らせています。
効能をしっかり伝えるために、
洗浄工程と、消毒保護のための工程を、
ゴルフボールと消毒液で表しています。

先にお話ししたように、
この方の健康状態は存じませんが、
夢から洗腸を勧められているのですから、
便秘かも知れません。
あるいは便秘ではないけれど、
排便に違和感があるかもしれません。
或いは食事内容に原因があるかもしれません。
それでこの夢主さん、何らか排せつに問題があり、
それを取り除けば、
いまのところ大事には至らないというのが夢の指摘です。
どういうことかと云えば、
夢が注意喚起をしている間は、
大事に至らず解決方法はあると云う夢の約束事だからです。

ここで話を、
誰にとっても洗腸は必要だという話をしましょう。
いままでに洗腸を促している夢は数限りなくありました。
多くの場合それを夢主さんに伝えても一蹴されます。
その気持ちも分からないことはないので、
後はご本人の決断を促すことにし、
深追いすることはありませんが、
ここでは、その理由をお話ししましょう。

便は、水分、古い腸内細胞、大腸菌などの腸内細菌、
胆汁などの体内分泌液、
そして消化できなかった食物繊維に加えて、
体内に蓄積していた毒素から成り立っています。

どんなに健康な人でも、
現代の食餌では大量の毒素を取り入えれていることになります。
それら添加物に農薬が、
便とともに排出できているとは考えられず、
こうした毒素は体内に蓄積される時間にも影響を受けるでしょう。
この毒素や多すぎる炭水化物に砂糖の摂取が、
大腸に大量の粘液をつくり出します。

丁度、風邪をひいたり、花粉症にかかったときに、
鼻や喉に付着した病原菌や花粉を殺菌し洗い流すために、
大量の鼻水を放出するのと同じく、
大腸もそれらの毒素を流すために粘液を出して、
それらを体外に出そうとするのです。
つまり粘り気のある大便が出ている間は、
粘液が出ている訳で、
その粘液を洗腸で取り除かない限り、
腸はその役目を速やかに行えないことになります。
丁度、鼻水をかんで鼻の通りを良くするのと同じことです。
そこで夢は多く洗腸を薦めざるを得ないのだと思います。

ではこの夢主さんの心理的精神的状況を、
夢から推察できる範囲で見ていきましょう。
この方は、
これまで心の拠り所にしてきた信念を、
手放さざるを得ないところに来ています。
それが洗腸のすすめの心理的現状です。
誰でもそうですが、
信念を掲げることで自分のなかからやる気を出し、
頑張る自分に自信が持てていました。
それが、ここに来ていままで起こったことのないきしみが生じています。
これで良いのだろうか、
何か違うのではないか、
もしかして、これまでの信念ではこの状況を切り抜けないのではないか、
などなど考え込む場面が多くなっています。
これまではこの信念を実行して実りを得てきた実績があるだけ、
これまでの信念への信頼は強固なものがあります。
これが葛藤を生み、
信念を手放せずに心の中は便秘状態という訳です。
心が成長してくると、
それまでのモットーは崩さらざるを得ないのですが、
ご本人に取っては、
これまでの考えが通用しないということはとても信じられず、
なんとか妥協案を考えたいと長く苦しみます。
逆に云うと、心の浄化が進まず、
そのツケが身体に表れているのです。
変えないといけないと分かっていても変えられないので、
身体の方でその葛藤を一時預かりをした形です。

こういうときこそ洗腸をしたらどうでしょう。
心の癖や信念を変えるのはやっかいですが、
身体の中の洗浄は行為なので、
それよりは実行し易いです。

洗腸が上手く行けば、
身体が軽くなり、
心の葛藤をしばし手放しているかもしれません。
しがみついていたこれまでの心情が解けて、
気付きが訪れ、
拠り所だった信念を手放せるかもしれません。
それほど洗腸は精神状態に効力を発揮します。
粘液がすっかり取り除かれた後の身体はとても爽快です。
その爽快さが精神状態を変えてくれるでしょう。

ではもう一度夢に戻って、
【小学校の担任の先生がたくさんの生徒を連れて、
下水の清掃(どぶさらい)をしている。】
という部分を考えてみましょう。
ほんとうのところは、
夢主本人でなければ分からないことですが、
夢の専門家が想像できることは、
この小学生の頃本人は元気で、
大人の云うことも素直に受け取れたのかもしれません。
友だちにも恵まれ、
ある種の高揚感に包まれ、
毎日が楽しかったでしょう。
そんなことを思い出しながら、
変化に前向きな気持ちが持てるようにと、
夢が後押ししているように思います。


posted by バンナイ at 09:27 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年02月16日

「さぁ、よろこんで!」と夢が云う

「さぁ、楽しんで!」と夢が云う.JPG

先ず、ある方の初夢を話しましょう。
【ダンサー森山未來がカメレオンに扮し、
舞台で詩の朗読をしている。
それに合わせて、
わたしと次男が即興のパフォーマンスをしている。】

この夢主さん。
この夢をクラスで披露しての第一声が、
「こんなにうかれていていいのでしょうか?
そんな場合じゃないと思うのですが?」と、
かなり深刻ぶった顔つきをしていました。

え?ぇ?そうなの?
彼女の反応が夢のニュアンスと違い過ぎて、
こちらがびっくりしてしまいました。
そこで次男さんがどういう状況なのか訊いてみました。
夢主の次男さん、
秋に演劇の勉強に渡米が決まったのだそうです。
大学を中退して1年間の修行にでるとのこと。
学費をそれに充てたいと許可の申し出があったと。
云われてみれば浮かれている場合ではないかもしれない。
親としてみれば気楽に送り出せる状況ではないのかもしれない。
でも、夢が云う挑戦は「うかれるな!」でしょうか。
どう説明して良いのか思案していたら、
居合わせたひとりの受講生が助け舟を出してくれました。
「舞台の上ですよね。
舞台の上で森山未來の脇でダンスを踊っている。
舞台とはそれまでの稽古や修練の成果を、
観客の前に披露することです。
次男さんとの間でおふたりが交わされたもろもろを、
舞台に乗せるようにひとつの成果として味わってみればどうでしょう。
それを楽しむということで良いのではありませんか」と。

成る程。
「うかれるな!」と受け取った夢主と、
「いまは一応の成果とここまでの流れを楽しむ」というメッセージには、
大きな差があります。

どうして夢主さんはそう取ったのでしょう。
これまでこの方ご家族との間に超え難い難問を抱え、
まるで修行僧のように、
それらを解決してきたようです。
それが習い性になり、
夢は叱咤激励してくる厳しいもの。
しかし実行した後の安心感を頼りに、
夢のアドバイスを生活に活かしてきたようです。

それが今年の初夢で森山未來の脇で踊る夢を見て、
更なる試練が来たとでも思ったのでしょう。

この夢を「うかれるな!」と取ってしまうと、
「森山未來」の名が伝えたい「未来」も、
次男さんが将来立つ「舞台」も、
「カメレオン」も意味をなさなくなってしまいます。

こういうときは一度厳密に、
夢のストーリーを文章で追って、
言葉をひとつひとつ拾い、
辞書を使って分析してみたらどうでしょう。
すると次男さんの「未来」は、
「カメレオン」のように七変化して、
森山未來のように大舞台に立てるかもしれません。
それへの出発をいま祝っていい。
そんな風に夢のストーリーを書き換えることができます。

寝てみる夢は魂が生まれる前に、
こんな人生を送りたいと、
取り組むテーマを決めてきたものです。
魂が求める夢です。
その夢を顕在意識で書き換える訳です。
すると、その夢は魂の許可を得て、
現実化していきます。

ここまで考えて、
この夢主さんにこの夢を記事にしたいとメールをしました。
すると以下のお返事。

ー引用はじめー

この夢と関連がある夢を、昨年12月にみています。

夢では、(実際に息子のAが共演した)松たか子さんと
同じ舞台に出る事になったというストーリーでした。
(夢)
舞台に出演することが決まった。
共演者は松たか子さん、
「あー、とっても嬉しいけど、もの凄い緊張感だー」と私はドキドキしている。
彼女と同じ衣装を身につける、とても美しい帯をアレンジした個性的な衣装。
しかし私が身につけると、なぜかふんどしの様に見えてカッコ悪い。
どーして?
その隣で、松さんは綺麗に着付けている。
ただでさも、松さんと一緒で緊張しているのに…
焦りの絶頂で目が醒める。

この夢を見て、
松たか子さんやベテランの役者さんと共演した息子が、どれだけ大変だったか、
現実味を持って感じられたのです。
それまでの息子の奮闘をお互いに認め話すキッカケになった夢でした。

ー引用終わりー

ふたつの夢がつながっていることがよくわかります。
やっぱり、初夢はよろこび楽しむことで良かったのですね。

親が子供の成長を心からよろこべたら、
子供にとって大きな励みになると思います。
兎角人は前倒しして心配をしがちです。
この修行僧のような夢主さんは、
自分で決断し、自分の人生に果敢に挑もうとしている息子に、
よろこびを持ってエールを送れたら、
旅立ちの最高のはなむけになるでしょう。

確かに初夢です。
次男さんの旅立ちまでまだまだ時間があります。

よろこびをよろこびとするようにと夢が云ってきました。
感情を素直に感じ切るというのは大きな挑戦でもあります。

この夢主さんの今年の課題は、
「さぁ、よろこんで!楽しんで!」です。

posted by バンナイ at 07:22 | Comment(0) | 夢の活用法
  • (c) Kazunori Keiko Bannai All Rights Reserved
  • Home