画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2019年08月26日

夏の疲れを夢から教えられる



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(夢日記のイラストです)

暑さが遠のき秋が近づいた知らせでしょう。
夜の虫の音。
朝の涼しさ。
そしてまたまた日中のぶり返しの暑さ。

年追う毎に季節の変化に体がついて行きません。
この夏の暑さをどうにか乗り越えたいものと、
かなり工夫はしてきたものの、
疲れが取れず、症状も出てきて考え込んでしまいました。

そんな8月14日、
緑と黒のツートンカラーの靴を夢見ました。
夢本体【古い日本家屋で広い。
そこでワークショップをしているらしい。
誰か男性(夫?)にすねている。
意地悪をされたと思っているらしい。
誰か女性の受講生が「靴がない」と言うので、
とっさにわたしの靴を貸してあげようと下駄箱の上にあった靴を取る。
緑と黒の靴。】

「緑」は成長、元気を表します。
「黒」はそれを否定する色です。
元気を否定するので「疲れ」となります。
今の具合の悪さは、
どこか病気というのではなく、
疲れなのだと知ってホッとしました。
すねたりしているので、
問題にしっかり取り組めていない自分の態度も見えます。

それなのに次の15日
【コンロの火がつけっぱなし】と言う夢を見て、
自分のエネルギーをコントロールできていないことを知らされました。
考えられること、思いつくことはやってみたものの、
どうにも体の弱点に症状が出て、
とうとう24日に嫌な夢を見てしまいました。
【A:地下なのだろうか?
5、6歳の男の子がひとりまるで砂や泥をシャベルでまぜるように、
ご飯とカレー?糞尿?を混ぜるような作業をしている。
B:汚いエレベーターに乗る。
下り。
びっくりするほど早い。
そしてガタガタ。】

目を覚まして、
こんな気持ちの悪い夢は見なかったことにしようと思いました。
けれど嫌な夢は、
すぐに対処すると結果がすぐ出ます。
深呼吸をいっぱいして、
心を落ち着け考えました。

「5、6歳の男の子」なので、
子供並みの知性で対処していると言われているようです。
「糞も味噌も一緒」はショックです。
「価値のあるものとないものとの区別がないこと」ですから。

症状対処に服用している薬を考え直す必要を迫られていると受け取りました。
このままでは症状は下降線だと言うのでガタガタのエレベーターなのでしょう。

ハラハラドキドキしながら、
この10日あまりの夢をつなげて考えました。
確かに症状は下降線なので、
服用薬を変えて、
すぐに受けられる治療を受けました。

その結果まだ疲れによる症状は消えていませんが、
なんとか乗り切れそうなくらいに症状は改善してきました。

夢に長く取り組んでいるとはいえ、
自分の夢に真正面で取り組むのは勇気がいります。

怖い夢・悪夢には普段の夢以上にメッセージ性があります。
やり過ごすのはあまりに惜しい。


夢の効用の話でした。

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(ふるさと納税で頂いたお花です)



posted by バンナイ at 16:52 | 夢の活用法

2019年08月22日

妊娠5ヶ月の妊婦


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9月14日のオープンクラスに空席があります。
お問い合わせください。

前回お話しした、
「ドリームブック」付録に載せた私の夢の解説を、
これから8回に渡ってご覧いただきます。

この作業がこれから夢に取り組む方々の参考になりますように。
私が翻訳した「ドリームブック」は絶版なので、
記事そのものを出版物としてご覧いただくことはできません。
それがあまりに惜しいので、
SNSというこの形をとってご覧いただくことにしました。

先日もこの付録が殊の外好きだと言う方からメールをいただきましたので、
一部お見せします。

「 ―前略―
夢(に限らず)での「性は聖なのです。」
というお話を
二十ウン年前に
坂内先生からうかがった時
わたしの深いところにストンと入り
「真実」だと感じました。

ドリームブック訳者付録の
本に出逢ってから
今もずっと
夢を活かす わたしの教科書で
人生の謎解きの教科書です。

この「教科書」と「性は聖」 の
教えに出逢ったおかげで
日常の生活の中から
メッセージを 受け取ろうと
どれだけ意識が変わったか。

三男を産む時
宇宙の門 (鳥居?)として
わたしは在りました。

それは
性は聖である
という事を
わたしたちの深いところに届けてくださった
坂内先生の言葉があったからです。 
―後略― 」

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、
この方は最近かなりエキセントリックな性的な夢に触発されて、
20年後の今私を訪ねてくれました。
その夢はこの方の夢ではなく、
公開の場で話された夢でした。
それを会場で聞いたとき、
彼女は自分の出産シーンを思い出し、
女性の身体の計り知れない創造性に思いを馳せたと言うわけです。

「三男を産む時
宇宙の門 (鳥居?)として
わたしは在りました。」
と言う表現が美しい。

これからお見せする記事も「性は聖」に話が及ぶと良いのですが、どうなりますか。
夢で扱う「性」はこの世の価値観とかなり違います。
それが夢解釈を難しくさせています。
それを実体験から理解されて、
その思いを分かち合いたいとわざわざ訪ねてくれたのだと思います。

前置きはこのくらいにして、
本題に移りましょう。


イラスト・1 題【妊娠5ヶ月の妊婦】

【夢本体】1991年6月16日
A:「302」という数字だけが出てきた。
B:白と黒のチェックのワンピースを着た妊婦がいる。
  多分妊娠5ヶ月だろう。少々お腹が目立つ。

【夢のメッセージ】
A:動き出していますよ(3)。
  それがあなたの中の女性性と男性性のバランスをとることになります(2)。
  とにかく変化のための行動を起こしなさい(3+0+2=5)
B:今あなたの中には芽が育っています。
  自分ではまだ半信半疑かもしれませんが、
  この秋にはその形がはっきりするでしょう。

【雑感】
妊婦を絵にして、
全神経をお腹の「赤ちゃん」にそそいでいるのがわかります。
この子を流産しないように、
とにかく注意深く日々を暮らそうと思いました。
この赤ちゃんが私の何処を指しているのか、
この時点ではわかりませんでしたが、
夢療法家として社会に出ることだったと今は捉えています。

【今思うこと】
上の文章は「ドリームブック」に書いたものです。
28年経った今でも思うことは、
この夢を見てわたしは、「ラッキー!」と小躍りしたことです。

どうして、妊娠した女性の夢を見ただけで小躍りしたか?
それは、このときまでに妊娠出産の夢を何回も見ていました。
それもことごとく失敗に終わるという無様なものでした。
この夢では知らない女性が妊娠していますが、
「(安定期の)妊娠5ヶ月」です。
それと「3」ではじまる数字から、
夢が伝えたいキーポイントは「楽観性」なのだと理解したからです。

これまでの失敗に思いを馳せながら、
やり直しはできるのだと、
心は震えました。

この夢を見るまで、
現実生活は暗澹たるものでした。
1度目の結婚を後先考えず終わりにし、
浅はかな私は4年もの歳月、
何をどう過ごしたかも思い出せないほど、
無為ではた迷惑な生活をしていました。
そんなとき、
「汲み取り式トイレに赤ちゃんを産み落とす」という、
あきれた夢さえみていたのでした。
夢でよかったと思うだけで、
事の重大さも、
何が赤ちゃんだったのかも、
何も考えつかずの体たらくでした。

そんな日々を過ごしてのこの夢です。
生涯をかけて悔いない「夢」というテーマに会い、
「ドリームブック」の翻訳作業に取り掛かり、
更に重い腰を上げて、
やったことのない付き添い家政婦の仕事についた途端、
生涯つれ添えるかもしれない人にめぐり会い、
毎日生きている手応えを感じる生活がはじまりました。

夢の「3」には「陽気さ」や「楽観性」と、
逆に「三つ巴」や「三すくみ」と言う意味があります。
「妊娠5ヶ月」と「3」では、
「楽観性」を言われていると分かります。
この世に生み出す形あるもの、命あるものが、
私の心のうちに育って、
時を待っている熟成の時です。
夢の中で妊婦は私ではありませんが、
この妊婦を自分と受け取る勇気はわたしにありました。
夢はわたしに覚悟を迫ってきたのです。
夢を思い出して、
「ラッキー!」と浮かれて終わる訳はありません。

妊婦の服の「白と黒の(ギンガム)チェック」の意味も大切です。
ギンガムチェックは、
若々しく明るく清潔に見える模様です。
だからよく制服のデザインに使われます。
もともとは裏地に使われる模様だったようで、
日常使いの模様です。
よそゆきには使いません。
これも日常を大切にという覚悟を問われています。

そこでメッセージをまとめると、
「今取り組んでいる『夢』に関する作業と、
二人の関係を形あるものにしてはどうか。
(今が5ヶ月なので)秋の終わりには形になるでしょう。」となります。

お陰さまで本は、
5ヶ月後の11月に出版の運びとなり、
1ヶ月後の12月末、
珍しくボタン雪が降る中、
役所に婚姻届を出しに行きました。




posted by バンナイ at 19:28 | 夢の活用法

2019年07月15日

「大麻糸ののし」に「いるかちゃん」と「ハッと君」



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13日に1年ぶりの認定者研究会を開きました。

午前中はいつものオープンクラス。
あの世とこの世を結ぶ夢の話。
夢を話すことが心と体の健康に役立つ話。
地震予知の夢の扱い。
いつものようにいろいろ話が出ました。

最後に受講生の石川恭子さんがオープンクラス101回目のお祝いにと、
大麻糸ののしを作って持ってきてくれました。
この美しさと力強さに圧倒されています。
早速セッションルームに飾らせていただきました。
これまで講座を支えてくださった有形無形の存在にお礼を込めて・・・・・。

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清められ、守護をいただいている気分です。

褒めた話ではありませんが、
目立つのが嫌い、
自分のためにお祝いされるのが嫌いで、
「今日は101回目だ」といえば、
それで済むと思ったのです。
100回目ではないから。

恭子さんはそれをご存知ではなかったのですが、
わたしの言葉を受けて「101回目のお祝いです」と、
オープンクラスが終わってのしをさし出してくれました。

わたしをたしなめるように天の神様が
受講生を通してこの講座を承認しお祝いくださったようで震えました。
お祝い事っていいものですね。
素直にのしをいただけました。

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午後は新しい認定者の酒井景子さんを迎えて、
認定証をお渡しするところから研究会をはじめました。

酒井景子さんは養成講座14期の受講生です。
認定者としては1年前に承認されています。
しかし研究会を開かなかったので、
昨日が承認日となってしまいました。
令和元年の一番目の認定者になります。

今回の研究会は認定者の実力試しとなりました。
認定者研究会は認定者の方から提案があって開くのが決まりです。
今回は認定者の腕試しをしたいと講師自らが提案しました。

講師の今までの教え方はどうだろうか、
認定者は認定者としてふさわしい実力を持っているだろうか。
そこのところを知りたかったのです。
それでひとつの夢をテストケースとして読み解くことにしました。

難しい問題だったと思います。
みなさん頑張ってくれました。
これで認定者も講師も共に反省材料を手にできました。
終わって、「良い勉強になりました」と全員が言ってくれました。
「自分は何ができて何が分からないか」は、
前進するために是非とも知る必要があります。
この作業で得た自分への理解が自分への信頼になります。

基本的に夢は夢主のもので、
夢主が自分の夢を理解し、
日々に役立てれば良いのですが、
そのお手伝いをするのがセラピストの役目です。
それを叶えるには、
夢は信頼できるもの、
夢は真理からくるものという基本に戻ることで、
セラピストとしての軸を強固にすることができます。

動じないくらいの信頼を夢に寄せることで、
夢の言わんとしていることが見えてきます。

認定者は認定者にふさわしく精進が求められます。
これからも実力試しの研究会をタマには開きたいと願っています。

さて最後にアートセラピーをやってみました。
自由な線描きで浮かび上がったふたつのイメージを選び出し対話させました。
その、わたしの「いるかちゃん」と「ハッと君」の会話をご覧ください。


ハッと:いるかちゃん。あなたはいるか?

いるか:そうよ。わたしはいるか。

ハッと:どこにいるの?

いるか:あなたの心の中に。

ハッと:どうしてわたしの心にいるの?

いるか:あなたは信じないけれど
    
あなたはイルカのように人の心の思いを波長で捉える力を持っています。
    使いましょう。

ハッと:そんな力がわたしにあるのね。
    
ありがとう。
    使うね。


大麻糸ののしの効果でしょうか、
このヘンテコな会話が心に沁みます。
妙に素直になれます。

講師として技を磨かないといけませんね。
そのために心の中の「いるかちゃん」を使っていきましょう。

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posted by バンナイ at 13:37 | 夢の活用法

2019年07月08日

「太町港(ふとまちこう)」


7月13日(土)のオープンクラスに空席があります。
お訊ねください。

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通算10817番目のわたしの夢日記に、
「太町港(ふとまちこう)」と題があります。
つい2週間前のことでした。
「太町港」なんて知りません。
私の知らない固有名詞が出てきたときは厄介です。
これまでの経験から考えると、
この類はメッセージ性が濃く、
すぐにそれと答えが出るものではありません。
答えらしいものに行き着くのに何年もかかるでしょう。
それなのにこれを記事にしたのは、自分に気合を入れるためです。
それへの忘備録のようなものです。
結論は出ないけれど、方向性は見えているからです。
それも大事な夫婦のことです。
「夫とはぐれたので、彼を探す」という夢だからです。
夢の詳細についてはここではお話ししませんが、
現状と夢とを比べたとき、
そこに安堵を見つけたのでこんなことを話せます。

長い年月夫婦の間で大事なことで意思疎通が難しかったのは事実です。
負け惜しみじゃないけれどどの夫婦もそんなものかもしれません。
それでなければ「結婚生活は魂磨き」になりません。
結婚生活は修行です。
それも他流試合を相手に申し込んで、
毎日真剣勝負をしているようなものです。
「夫とはぐれた」という夢の指摘は、
あとは夫を探せば良いだけになり、
闇雲な努力を強いられているわけではありません。
彼はわたしたちの家に帰るだけなので、
最終的には自分も家に帰れば良いからです。
帰り道を彼と一緒になるには、
「太町港」がヒントという訳です。

夢で問題の指摘があるとき、
その問題は解決に向かえているとみます。
心に力がないときは夢から厳しい指摘はありません。
現状は、長年の「通じなさ」は次元が変わってきて、
光が見えてきた確かさがあります。

それもあって「夫とはぐれた」という夢の指摘は、
安心して受け取れました。

これまでの魂磨きは彼の中に磨くべき点を投影してきたけれど、
これからはそれで見えた自分の中の異性を
育てていくことになるのだろうかと思っています。
丁度シンガーさんの「男女両性具有」も読み終え、
自分の結婚生活に当てはめたとき、
道のりを考えるには具体性を思い描けず、
「夫とはぐれる」は却って現実的だと思ったのです。
これについては後で説明します。

今はネットで調べればなんでも答えが見つかります。
「太町」は大阪府和泉市太町(たいちょう)で出てきました。
夢では漢字が浮かんだので、漢字の方が正確で読みは後付けなのだと思います。
(ここら辺は夢の擬装工作で謎解きのようなたのしい作業が必要です。)
ここには貝吹山古墳(かいふきやまこふん)があります。
これで「太町」が地図上でそんざいすることが分かりました。
では「港」はどうして夢にあったのでしょう。
地図を見ると貝吹山古墳から大阪湾に向かう西側に
信太の森(しのだのもり)があります。
太町から港湾に向かって歩いたところを指すので「太町港」と夢は表現したのでしょう。
昔ここらへんは本当に港だったかもしれませんね。

という訳で、
どうやら夢が伝えたいことは「信太の森」にまつわることのように思えます。
しかしわたしは大阪を知りません。
10年以上前に一度、
大阪のデパートで夫の個展を画廊が開いてくれて行ったことがあるくらいです。

「信太の森」をネットで調べて見ると、
最初にヒットしたのはおもしろいことに、
枕草子の「づくしもの」で、「森」の項にあるという記述でした。
清少納言の好みと思考回路がよくわかる短い文章です。
このちょっと皮肉めいた清少納言は、
森の名前を列挙した後で、
「〜〜〜の森といふが耳とまるこそ、
まづあやしけれ。
森などといふべくもあらず、
ただ一木あるを、
何事につけたるぞ。」と言います。
「一本しかないのに森なんてどうして言えるのだろう」と批判しているのです。

清少納言は21の森を挙げていますが、
どうやら「信太の森」だけが残っているようです。
それも信太の森は有名らしく、
歴史上の人物が大挙して歌に読んでいます。
その中に大好きな和泉式部の名も見つけ、
その和歌を目にしてびっくりしました。
「秋風はすごく吹けども葛の葉のうらみ顔には見えじとぞ思ふ」

これは、
「夫はひどい仕打ちをするけれど、
それだからといって恨みがましい顔で他の人に思いを寄せているのではありません」
とでもいうのでしょうか。
この辺の解釈は複雑で自分と夫を逆転させているかもしれません。
夫を恨みに思っていないとも取れるし、
恋人のいる私を夫は恨みに思わないだろうとも取れるし、
なんだか複雑怪奇です。

「すごく」という言葉に良い意味はないようで、
「秋=飽き」も「うらみ顔」も人間的すぎて、
なんとも和泉式部らしい歌です。
ついでに言えば、小倉百人一首 56 に、
「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな」という歌があります。
「死ぬまでに一度でいいからあなたに会いたい」という、
なんとも直截的な言い方です。
この思いを飾らない言い方が好きです。
俳句には到底ない歌い方です。
一見技無しのようでいて、かなりな技巧なのでしょうね。
和泉式部の「秋風は〜〜〜」は赤染衛門の歌
「うつろはでしばし信太の森を見よ かへりもぞする葛の裏風」への返歌でした。
ここに「信太の森」が出てくるのは、
夫が和泉の守だったので彼を指しています。
「心移りしないで夫和泉の守の帰ってくるのを待ったらいかが」と、
赤染衛門は諭しているのでしょう。

残念ながら私たち夫婦にこんな華やかな話はありませんが、
心のすれ違いは数々ありまして、
赤染衛門の落ち着いた物言いは心に響きます。

しかし調べはここで終わりませんで、
信太の森には信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)と
聖神社(ひじりじんじゃ)が鎮座ましましていることがわかりました。
特に稲荷神社には、
樹齢2000年といわれている根本から二つに分かれている夫婦楠があるそうです。
そしてここには「葛の葉伝説」という
「鶴の恩返し」に似た物語が伝承されているようです。
こちらは鶴ではなく白狐ですが。

そしてもっとすごいのはこの子供が陰陽師の安倍晴明だそうです。
なんだかここまでくると却って迷路に迷い込んだかもと思ってしまいますが、
「待て待て伝承物語なので夢と同じに解釈してみよう」と、
考え直したところです。

去年の初夢では、シンガーさんの赤ちゃんを産んだ私なので、
安倍晴明は産んではいませんが、
安倍晴明の「見えないエネルギーを見えるエネルギーとして使っていく能力」を、
生み出したものと考えたいと思いました。
私の場合は具体的に、夢を勉強してくださった受講生達です。
受講生達を生み出しましたが、
この方達を営営育てることはしなくて良いことになります。
「葛の葉伝説」で言えば、
童子丸を母(=白狐)がこの世に置いて自分の世界に帰る話につながります。

今回の「夫とはぐれる」という夢の意味は、
結婚生活の修行のステージが変わったという覚悟を言われているのだなと思いました。

やれやれ。
ここまでくるのは大変でした。
 
「恋しくば尋ねても見よ和泉なる 信太の森のうらみ葛の葉」

白狐「葛の葉」が別れの時に歌った和歌です。
「信太の森の葛を見て
わたしも一緒にいられないのを残念に思っていることを
分かってください」とでもいっているようです。

シンガーさんの「男女両性具有」を読み終えて考えた今の所の結論です。

自分の心の異性を投影できる人が結婚相手で、
自分の磨くべき点を相手から読み取り、
その作業が一段落したら、
今度はその獲得した技術を、
心のうちで統合を図って完成を目指していきます。

いま私が理解した人の成長のプロセスを、
自分の夢の流れに触発されながら、
読み解いてみました。





posted by バンナイ at 09:46 | 夢の活用法

2019年06月22日

更に「『親殺し・子殺し』前振りの夢」のその後


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またまたの感想をいただきました。
ひとの魂は横つながり。
縦の繋がりではないのですね。

ではご覧ください。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

後日談をみて驚きました。笑
実は、私が
龍の坊やの夢を見た後に
長女が書いた絵には地球が、
学校の宿題の横に描いてあった龍の絵には「神さまこんな色だよねー」と青龍に塗り、
そのあとの6月の保育園の夏祭りでは次女のクラスは青と緑の地球をモチーフにした神輿を担いでいました。
個人や世代を超えて、宇宙や地球規模でのメッセージなのでしょうか。

○○さんの夢と呼応するかのように、もう一つわたしの夢があります。
時期は○○さんと同じく2ヶ月程前に見た夢です。
   ◦   ◦   ◦   ◦   ◦
人参畑で、違う世界にいく。

周りには誰もいなく、子供たちもいない。

戻ってこられないと思い、焦り怖い。

子供たちが困ると思う。

目が覚めてるあいだは、人参畑に迷い込まない。

寝ようとすると、再びあの世界へ。

   ◦   ◦   ◦   ◦   ◦
この後すぐ目が覚めて、 しばらく寝るのが怖かったのを覚えています。
ついつい子どもの心配をしてしまう私ですが、
子離れする時は必ず来るのですね。
こんな日は夢から覚めると、ありふれた毎日こそ特別と思えます。

記事のその後を見て、一人だけど決してひとりぼっちではないと心強く思いました。(^^)




posted by バンナイ at 07:34 | 夢の活用法

2019年06月21日

「『親殺し・子殺し』前振りの夢」のその後のまたその後


「『親殺し・子殺し』前振りの夢」にまた感想をいただきました。
ブログに載せる許可をいただいたメールには、
【子どもの夢を聞き、成長の過程を感じ喜ぶことが出来て
夢を勉強していて良かったなと思う出来事でした。】
とありました。
夢を語り合うことで、
家族間に信頼と安心が生まれる受講生の体験談をお読みください。

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おはようございます。
ブログの親殺し、子殺しの記事を読ませていただきました。

我が家の話しですが、ちょうど何日か前に、息子が夢の話をしてくれました。
「オヤジとおかんと旅行に行くんだけど、旅先で1人になってしまう。
捨てられたんだ、お金もないしどうしよう!と困ってしまう。
目が覚めて、夢でよかった〜と久しぶりに思った。」
というものです。

息子は先月の誕生日で成人を迎えました。
彼の人生の旅路には生まれた時から私たちが寄り添ってきましたが、
いよいよ彼の魂は1人で歩き出す準備を始めたのだなぁと思いました。
夢はまだ、「置いていかれて心細くなる」という頼りないものですが。

不妊期間を経て生まれた息子は、私たち夫婦にとってまさに天からのギフト。
諦めていた子育てに関わる経験は、
例えばPTAの役員でさえ私にとっては
経験できないと思っていたのに経験出来た嬉しいこと。
そう思えるくらい彼の誕生は私の人生に喜びをもたらしてくれました。

ですが、
いよいよ次のステージに変わる時が来たのだと息子が見た夢が教えてくれました。
ブログを読み、これも親殺し、子殺しの準備の夢なのだと気づき
メールをさせていただきました。
ありがとうございました。

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posted by バンナイ at 20:27 | 夢の活用法

2019年06月20日

「『親殺し・子殺し』前振りの夢」のその後


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今朝の「『親殺し・子殺し』前振りの夢」の記事を見て、
クローズクラスで同期生だった方が感想を送ってくれました。
許可をいただいたのでお見せします。

夢の世界は魂の世界。
いっとき肉体に入ったこの世の存在は、
肉体を脱いだ世界ではこの世より更に魂同士のつながりが深く、
お互いに作用し合います。
前回の夢主は数日前に「緑と青の龍の坊や」を夢で見たそうで、
感想を送ってくれた方も、
時を同じく「緑と青の光」を夢見の状態で見たと知らせてきました。
他にも夢を通して互いが互いを刺激し合い、
向上心を持って母親を務めています。
「緑と青」は地球を外から見たときに見える色です。
つまり、この人生を思いっきり生きなさいねと励ます色です。
夢はこの世でもあの世でも繋がって刺激し合っている例の一つです。
わたしたちは感激を覚えるほど繋がっていて、
ひとりぼっちではありません。
ご覧ください。

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☆     ☆     ☆     ☆     ☆

○○さんの夢のお話を拝見、
自分が2ヶ月前新月近くで見た夢を思い返しました。
眠っていたら突然、後頭部をツムジ上方に、
痛くはないけれど強く引っ張られる感じで半分目が醒め、
暗闇の中にキラキラと透き通る緑と青が入り交じった、
オパールのようなゼリーのような光が見えました。
そして「さあ、もう行きましょう」というようなメッセージが心に伝わりました。
しかし私は
「もう少し娘といたいのです。
夫にも少し心残りがありますが、娘が可愛くて、もっと見ていたいのです。
だから残ります。」と、答えました。
その後は何もなかったように眠り、朝いつものように目覚ましで起きました。

起きて思ったのは、私は本当に死ぬ時期が来ているのだろうか、
ということでした。
自称かぐや姫としては、本当はもう月に還る期限なのに、
残留希望を出したのかな、それは魂的には執着、
後退だったのだろうかと思いました。
一方で、「残ります」と言っていた時の自分は実にニュートラルで清々しく、
ただただ言葉の通りの気持ちでいました。

その夢から日が過ぎて、
今朝の先生の投稿を拝見して思ったのは、
もう死ぬ期限が来ているならば、
娘は私がいなくてももう生きていけるのだろう、ということです。
なかなか難しいことではありますが、
本当に、
木の上に登って見るほど俯瞰して娘を見られる親になっていこうと思いました。
(これが子殺しとなるでしょうか)

最近の娘は、受験でできなかった、
ずっとやりたかった剣道、フットサル、ピアノなどの
習い事を楽しんでやっています。
ただ、フットサルは男の子の中に女の子が一人でいじめられることが増え、
学校でも少人数で目が行き届いていた幼稚園とは違い、
かなりきつい担任と生徒さんに揉まれて、
ちょっと辛そうにしています。

昨日は珍しく微熱が出たので、
思いきって休ませて、一日一緒にいて、
夜いつもの時間に寝かし付けたのですが、11時頃に
「私が世界で二人しかgetしていないポケモンをgetしたのに、
まだ出会っていないこれから会うお友達が全然喜んでくれない。
気付いたらひとりぼっちになっている」夢を見た、
と泣いて起きてきました。
「そうか、寂しかったかー。ひとりぼっちになっていたのね」といいながら、
しばらく抱き締めてやり、
「好きなもの、わかってもらえるお友達がいたらいいね。
ひとりぼっちは寂しいよね」と繰り返していると、
少し落ち着いたようで、トイレに行ってまた眠り、
今朝は普通に登校しました。

多分私は娘にまた受験させるでしょうし、
まだまだいろいろあるとは思うのですが、
キラキラゼリーの夢のお陰で、
なんとなく余生感が生まれ、
それはそれで気持ちが落ち着きました。

今、本当に少しずつですが、人生の棚卸しをしていて、
価値観や好き嫌い、恐れなどを見直しています。




posted by バンナイ at 16:22 | 夢の活用法
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