画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2017年11月19日

蠍座新月後の今朝の夢

DSC09528.jpg
(季節外れの8月17日に咲く藤)

今朝Sex をしている夢を見ました。
相手は見知らぬ老紳士。
夢のSexには淫靡な意味はありません。
Sex の本当の神秘だけを伝えてくれます。
それを知っていても夢の余韻は強く、
体の熱は冷めず戸惑いを覚えています。

昨夜20時48分は蠍座新月だそうで、
この天体の運行と深く関わっているのでしょう。
この夢の恩寵は深く、
この夢を通じて、
「さらに仕事をしなさい」と伝えたいようです。
「はい喜んで」わたしの本心です。

まだまだ残るこの夢の静かな恍惚感は、
瞑想時の精妙な法悦に似ています。

勇気を持ってこの記事をお目にかけましょう。
同じような夢をご覧の方もおいででしょうから。




posted by バンナイ at 09:27 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年10月23日

鏡の中のアフロヘアー

DSC09939.jpg

感情だけが自分の霊性のあり方を知らせています。
感情に正直になれば、
自分の霊性がどんな状態かわかります。
しかし精神世界を渡り歩いている人でも、
感情を感じる大切さを理解できる人はとても少ないのが現状です。

霊性の状態と瞑想での神秘な体験とは重なりません。
瞑想だけで自分の霊性を図ることは難しいことです。
それより自分に正直でいれば自分がわかるでしょう。
感情、特に怒りを覚えた時はチャンスです。
自分が何にこだわっているかを知る手がかりだからです。

繰り返すと、
成長したかったら自分が何を感じているかを知ること。
その上で怒りがどこから生じているかを観察できること。
自分の霊性の成長への鍵は怒りで測れるからです。
怒りには善も悪もありません。
価値づけは後付けです。
有史以来人の上に立つ者によって怒りを悪と決められました。
そのカラクリに気づくことです。
本来感情は生命を維持するためと、
生きる意欲を持つためと、
霊性を知るための聖なる道具でした。
しかし、人に上下をつけ、
人をコントロールしたい者によって、
感情は不都合と教育されました。
ほとんどの人がこのだましにはまっています。
そこから抜け出る必要を感じた人が夢を見ました。
それが今回の、「鏡の中にアフロヘアー」です。

夢は核にトラウマを知らせています。
そのトラウマは性格傾向を作っています。
だから夢には自分ならではの性格が見えます。
このトラウマはあなたの本質ではなく、
今生のテーマを知らせるものです。
トラウマはカルマ(今生のテーマ)と同じ質を持っています。

このトラウマに触れる場面に遭遇すると人は怒りを感じ、
その怒りをなきものとするために無感動に走ります。
これは長じて自動的にスイッチが入るので、
自分は怒りの感情を克服したと勘違いします。
何が起きても、
無感動でいることは社会生活に便利ですが、
自分自身を生きてはいません。
この社会を牛耳る者に都合が良いだけです。
残念ながら多くの人はこの罠に陥ります。
「感情を感じる」ことと、
「感情を感じたままに相手にそれをぶつけたり言ったりする」ことは、
大きく違います。
「感情を感じる」は一人作業です。
あなたの中には感情の宝庫があり、
あなたは一生を通して、
この感情の宝庫から感情を感じるままに、
心の中を感情で満たすことが生きることです。
大げさに言えば、
人生はこの感情を感じ切る全行程と言ってよいでしょう。
感情を感じ切り、
その後に行動を起こせる者は、
自分の感情に素直に従った人生を歩みます。
怒りのままに行動はしません。
だからこの世の基準では、
生産的ではなくても、
この世の次元を超えたあの世の次元では、
創造的な人生を作れます。

話を少し戻すと、
感情を感じ切る前に、
行動に出ると、
感情に振り回されているあなたを相手に見せてしまうことになります。
相手はあなたを感情に振り回される人と受け取るでしょう。
そこに宇宙的な生産性はありません。

けれど残念なことに、
多くの場合感情に振り回されているのに、
自分は感情を感じて自分を表現したと言います。
感情を感じきって行動に出た場合は、
そこに怒りはなく、
自分に納得して行動するので悔いはありません。

あるいは感情を押し殺して、
周りに合わせて自分を出さずに済ませる人になるでしょう。
そんな罠に長く陥っていた人が、
「鏡の中のアフロヘアー」の自分を夢に見たのです。
その夢主の感想を披露しましょう。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^

これまでは夢のメッセージを素直に受け取る事ができませんでした。
頭で考えすぎて自分を追いつめていました。
これから私はやりたい事をやる人生へ一歩踏み出します。
夢を素直に受け止め、コツコツと勉強に励みます。

アフロヘアの夢から、怒りは行動の原動力だなと感じております。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
この夢主のコメントは、
これから気持ちも新たに念願の勉強に取り組むという決心を、
知らせてくださったメールの一部です。
これだけではみなさんにおわかりいただけないかもしれません。

しかし夢は感情を感じることを微に入り細に入り勧め、
それがまさに原動力なのだと励まします。


posted by バンナイ at 19:37 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年10月13日

霊性が大事なら完結は必然

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グループセッションをしていると、
そのグループのテーマが浮かび上がってきます。
先日それが「完結」だとわかりました。
そこで「完結」についてお話ししましょう。

夢で課題を知ると、
それに伴った行動を起こすことになります。
しかし行動を起こす前にそれまでのことをお終いにしておかないと、
行動を起こしてもそれまでの古い問題を引きずったままなので、
行動が挑戦になりません。

お分かりいただけたでしょうか。
これが「完結」です。

アスリートはそれまでの練習の結果を大会で発揮し、
出た結果を分析して、
次の練習マニュアルを考えます。
アスリートが自分の才能を力いっぱい花開かせるには、
この練習と大会での挑戦が必要になります。

人間関係も同じです。
出会った人との関係の結論が出たら、
その結果を受け入れる勇気が必要です。
それが別れなら、
別れで完結する必要があります。

人間関係で、
「続行」と「別れ」を同時に取ることはできません。
結果を厳粛に受け取り、
それに沿った現実的態度で「完結」することが、
挑戦の前には必要です。
終わったことは終わったことにできる自分でいる必要があります。
それが挑戦する前の自分にフェアーな状態です。

もしかしたらよりを戻せるかもしれないと、
別れた昔の恋人に会いに行ったり、
古い関係に淡い期待を抱くのは、
新たなステージに立とうという挑戦者には不向きな心根です。

所詮この世は仮の宿。
自分という魂を遊ばせに来た世界。
そこでは新しい関係を求めて、
次々にチャレンジすることが霊性発達に必要です。
それにはひとつの関係を完結させ、
次の人間関係に行くという態度が霊性発達には必要です。

自分の器以上のことはこの世では起きません。
どんな挑戦も自分の力が及ばないことはないのです。
だから霊的生き方をしたいのなら、
新しい関係を求める勇気が必要です。

多くの人がこれでつまずいているように見受けられます。
人は慣れ親しんだ関係に固執します。
その関係が痛くて非生産的でも、
今まで通りの人間関係でいれば、
自分の実力を試されることはないと怠惰なのです。

多くの体験に心開きましょう。
それが霊的生き方なのです。
だから夢では挑戦を多く勧めます。
夢が「今まで通りで良い」とOKを出すことはほとんどありません。
このことを夢に取り組む前に知っておく必要はあるでしょう。
夢は霊性しか扱いません。
その夢は「完結」を大切にします。

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posted by バンナイ at 13:39 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年09月27日

亡き息子がエノキダケおろしの二杯酢が食べたいと

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10月7日から始まる夢療法講座クローズクラスに残席があります。
興味がおありの方はお問い合わせください。
クラスにお入りいただくには前もって個人セッションを受けていただくか、
オープンクラスに出席いただくことにしています。
全回予定が合わない方も、
都合のつかない回はオープンクラスで補講を受けられます。
夢の勉強は自己覚知から始まります。
自分の現状を把握するところから夢に取り組むと、
夢が分かるようになります。
夢という人類最高の遺産を武器にして、
創造的人生を創っていきましょう。
養成講座のクライアントも引き続き募集しています。
お問い合わせください。


今回の夢は感動ものです。
20年ほど前に亡くなった息子さんが、
エノキおろしの二杯酢が食べたいとリクエストしてくるという夢です。

夢主は母親で、
亡くなった息子さんは20歳でガンになり、
2年後に亡くなったとのことです。
亡くなった後1年間息子さんは毎日母親の夢に現れてくれたそうです。

今年になって夫が事故で亡くなってしまいました。
たったひとり残された夢主は、
仏壇の大勢のお位牌を守る毎日を過ごすことになりました。
夫が亡くなって3ヶ月ばかり経って、
珍しく息子さんが夢に現れ、
エノキおろしの2杯酢を所望してきたとのこと。

なめこおろしの間違いじゃないかと思って訊き質しました。
「いいえ、エノキダケを湯がいて大根おろしに乗せて、
二杯酢をかけてお蕎麦のタレに入れていました」とのこと。
息子さんは「大正時代に生まれていたらよかった」というくらい、
和食好みだったと話してくれました。

お蕎麦はともかく、
エノキダケおろしの二杯酢を作って食べてみました。
優しい味でした。
大げさに言ったらこんなに優しい味の食べ物が、
他にあるかというくらい労りのある味でした。

夢が教える食べ物には重要なメッセージがあります。
特に食べ物に含まれる栄養素には、
夢主特別仕様の健康管理法が読み取れます。
エノキダケの効能を調べてみました。
タイトルはなんと、
『「疲労ぎみ」「睡眠不足」な人には→えのきだけ』とありました。
「疲労回復に作用するビタミンB1は
他のきのこと比較するとダントツに多く含まれています。」
「えのきにはギャバというストレスを軽減するアミノ酸を含んでおり、
これは安眠時に得られる効果と似ている」
「普段寝付きが悪かったり、
充分に睡眠が取れないといった自覚のあるときは、
エノキダケなどを食すことによっても、
ある程度補うことができます。
えのきに含まれるパントテン酸は、
ストレスをやわらげる副腎皮質ホルモンの材料となるため、
ストレスへの抵抗力を向上させる効果があります。」とありました。
母親の現状を考えたらこれほど役にたつ情報もありません。
息子さんの知らせの具体的性にビックリしました。

夢主の母親がどんなに寝られず苦しんでいるか、
あちらの世界の息子さんからはよく見えていて、
生前好きだった「エノキダケおろしの二杯酢」をねだって、
お母さんにゆっくり休んで欲しいと知らせてきたのでしょう。


posted by バンナイ at 08:17 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年07月03日

魂磨きの現実3

「あ〜ぁ、
言わないでよいことを言って自分で自分を追いつめているかな?」(4)
ではなく、
「言っても詮のないことを言って自滅している」訳です。

そこでこれを七五調の戯れ唄にしてみました。

「悪いのはあなたと言って追いつめる。
気づいてみれば自滅の末路。」(5)

魂磨きの現実3−1.jpg

夢の神様の言葉(=夢の意)はパンチが効いて言い訳を許しません。
事ここに及んで、
初めてわたしは、
一体何を孤軍奮闘ドン・キホーテをやっていたのだろうと、
腰を据えて考えなくてはなりませんでした。

腫れ上がった無様な顔を鏡に映しながら、
これまで自分が夫にとってきた態度は、
神の御前に自分を置かず、
自分が夫の先を行く者かの様な振る舞いをしてきた、
その無様な格好が「これなのだ」とつくづく眺めたものです。

6月に入って、
夢療法家認定者研究会で、
風景構成法の絵を全員で描きました。

魂磨きの現実3−2.jpg

描き終わってみるとわたしの絵は奇妙でした。
絵の設定は、
春の終わりと初夏の間。
陽は顔を半分出しすっかりあたりは明るいけれど、
朝食にはまだ早い時間です。
男の子と女の子が家の庭で無邪気に遊んでいます。

家の東側には大きくてなだらかな山が一つ聳え、
山裾の南側を太陽が登っている図です。
家のそばを流れる川には岩が三つあり、
太陽の右側をその川の先が流れています。
ここがなんとも奇妙なのです。
川には家の前の道路と交差するところに橋がかかっています。
橋を渡ったところで川と道は並行に並び、
道は川に沿った小さい道と、
南に逸れて行く太い道になります。
奇妙なのは、細い道が川の流れに沿っている部分です。
ここが遠近法で描いたこの絵の次元に合わないのです。

この先川は創造の海に流れて行くのですが、
そこはもはやこの風景構成法の絵の中には無いことになります。
右側近未来の方向は次元を変える必要があると言われているのです。

往生際悪く、
それを認められない葛藤を抱えながらも腹を決めて、
絵から見えた「次元を変えること」を、
「今までやってこなかったことに取り組む」と受け取って、
それを考えることにしました。
これまでも散々考えに考えた結論で日々を過ごしてきたので、
これはとてもきつい作業でした。

しかし、これまでやって功のなかった実績のなさ(?!)、
失敗の数々、
身を切り刻んで生きている実感(これこそが魂磨き!)が、
自分の背中を押したのだと思います。

今までやってこなかったことが、
ふと心の中に浮かんだのです。

オショウのバグワン・ラジニーシは言います。
女は結婚すると夫の母になる。
それならそれを、
更にグレードを上げてやってみようと思えたのです。
面と向かってわたしの考えを言うのではなく、
わたしが自分の背中を見せればいいと思えたのです。
これは一見夫婦は対等ではないように思えますが、
そうではなく、女は女の特性を生かして行くことが、
夫婦の対等性を保てることになるということでしょう。

わたしの心の中で、
平安で優しい女性性と、
勇気と強い心をもつ男性性にバランスを持たせるには、
これを実行することが男性性で、
そこに自分が穏やかにいられることがわたしの女性性になります。
これができて初めて結婚生活が魂磨きの場となし得るのだと思います。

死の淵まで行った怪我は大いなる光明でした。
病院に通い、怪我の手当てを毎日夫にしてもらいながら、
わたしの心は少しずつ平安を取り戻しています。

結婚生活は互いが互いを大切に思う高まりからはじまる異性との関係です。
この高まりは神が世界を愛するのと同じエネルギーを持ってはじまります。
このベースがしっかりあることで、
魂磨きの局面を迎えられる土壌が作られます。
結婚関係だけが顕在意識で納得し獲得できた関係です。
だからこそ、
結婚生活の霊性に及ぼす成長の成果は計り知れません。
この体験は他の人間関係では成し得ないものです。

これまで何度も二人の関係が風前の灯火の様に感じて、
この先は消えてしまうのではと思うことがありました。
そんなときわたしはどうして彼と結婚したか、
その動機を思い出しその場に戻って、
自分の決意を再確認してきました。

人生の伴侶は彼でなくてはならない。
その理由や動機はただひとつ創造的でありたいと願ったからです。
その決意に戻ると、
「創造的」というわたしの願いと目標が、
わたしの努力を要求するのは当たり前と思える様になりました。

6月末大祓えの前日、
江ノ島神社の奥宮でお参りをしているとき、
珍しく賽銭箱の脇におみくじが置かれているのを見て、
多紀理毘売さまのお言葉をいただきたいとおみくじを引いてみました。
天の鳥船庵は多紀理毘売さまのご加護をいただいて開きました。
もちろんそれは10年前夢で知らされました。
おみくじの袋には弁財天の小さな像とおみくじが入っていました。
おみくじには「尽」とあり、
「夢に向かいありったけの力でベストを尽くそう
がむしゃらに努力すれば光が見えてくる
できるからやるのではない
やるから出来る」
とありました。
「夢」という字と弁財天の像は、
夢を仕事にしているわたしにとって特別な意味があります。
これこそ多紀理毘売さまがわたしに下さったお言葉と信じられました。

夫は夫ならではの歩幅と道筋とペースで人生に取り組みたいでしょう。
それを妻のわたしは目を離さず見守り続けること。
このことに忍耐が必要です。
そしてこの忍耐の中身をグレードアップさせることが、
魂磨きなのだと思います。
最終的に夫婦であっても魂は別なので、
彼のあり方はわたしを映す鏡です。
その像をどう理解するか、
やっとそれが見えた様に思います。

夫を鏡に自分を見て行くことについては、
別の機会に譲ることとしましょう。

長い話をここまでお読みいただきありがとうございました。
                   
                    ー終わりー

posted by バンナイ at 09:38 | Comment(0) | 夢の活用法

2017年06月30日

魂磨きの現実2

DSC08948.jpg

そしてみた夢が、
「誰とは知らないひと組の男女が目の前にいる。
女性は大柄で色白。
女性は(何か)悪いことをしたらしい。
しかしその悪事についてふたりは触れられたくないとわたしは承知している。
なのにわたしはその言われたくないことを、
ふたりに向かってあけすけに言ってしまう。
すると、にわかにふたりは気色ばむ。
こうなってはじめて、ふたりはわたしの命を取るつもりだと察する。
そんな自分のバカさ加減に、
なんて学習能力のないわたしなのだと、
呆れながら慌てて逃げる。
幸い入り口は昭和の安物のガラスの入った玄関引き戸で、
細い木製の格子があるだけなので、
そのガラスに突っ込めば逃げおうせると踏む。
そこで身を翻してガラス戸に突っ込むと、
期待通りにやわな引き戸は壊れるが、ガラスも壊れる。
ここに来てやっとあのふたりは、
この鋭角に砕けたガラスがわたしに刺さって死ぬと予測して、
わたしを追いかけてこなかったのだと気付く。
あぁ、これで死ぬのだ。
(と、自分の動作をスローモーションで感じながら目を覚ます。)」

DSC08949.jpg

夢を思い出し記録しながら愕然としました。
「なのにわたしはその言われたくないことを、
ふたりに向かってあけすけに言ってしまう。
すると、にわかにふたりは気色ばむ。
こうなってはじめて、ふたりはわたしの命を取るつもりだと察する。」
「ふたり」は夫を指しています。
夢の二人連れはノミの夫婦の感じです。
夫は今の状態で、
どこか彼の魂がバランスをとりながら、
悪いと思って居ることをやって居るのでしょう。
この辺をうまく説明できないのですが、
わたしはひとり現状の自分で対処して居ることがわかります。
この心理戦を夫と10年間接してきたと感じます。
わたしが生き方に関して何か言えば、
彼は気色ばみ、
挙句に怒り出します。
対話に乗ってこない彼を土俵に乗せるには、
何回かのやりとりが必要になります。
ここでわたしは失敗をする訳です。
挙句彼はどこでどうすれば怒りのスイッチが入るか理解しろと言います。
怒り始めた彼を目の前に、
わたしはいつも学習能力のない自分だなあと忸怩たる思いになるというわけです。

どんなに言葉を選んでも、
そのニュアンスは「あなたが悪い」となっているのだと思います。
正論は正論が故に相手を追い込むものです。
正論は時に人を傷つけます。
当たり前を夢は伝えているのですね。

DSC08950.jpg

10年間、わたしは自分の正しさに酔っていたのでしょう。
良き妻でありたい。
賢い伴侶でありたい。
強く忍耐力のある伴走者でありたい。
役に立つ援助者でありたい。
真理はわたしの側にある。
この思いに囚われているのですから、
言葉にも力が入り緩めることを知りません。
この夫との間で繰り返したパターンについて、 
自分を弁護したい気持ちはいくらもありますが、
ここは夢の言う通り、
霊的に賢くない自分を受け入れなければらちがあきません。
これが夢の鋭さです。
自分の言い訳は置いといて、
夢の指摘する視点で物事を捉えなければ、
ここから抜けることはできないのでしょう。

10年間のはじめの頃は、
幼児に諭すように、
真理とはこういうものだと、
夫に言い聞かせて来たように思います。
女は結婚すると相手の母親になると、
バグワン・ラジニーシも言っていますが、
女が夫の母親になる理由を大まかに言ってしまえば、
男性は対局的な見方をし、
女性は大局的な見方が得意だということでしょうか。
男性はこの世的な対処を得意とし、
女性はあの世を含めて物事を捉えようとします。
でなければ魂の容れ物である子を子宮に向かい入れることはできないことで、
これを女は子宮で考えると古来表している様に思います。
だから男はこの世で能力的に有利に働き、
女性は大地を味方にすることで強さを発揮します。
(とは言え現代社会の女性像は、
この特性を生かしきれていないように思いますが。)
この短い説明で夫婦の特徴を表すのは不十分と思いますが、
この世に集中して自己表現をする男性(夫)に、
女性のわたしは説明のつかない戸惑いを感じています。
これまで夫に取って来た態度をこれで全て説明できるわけではありません。
しかしふたりだけの生活なので、
危機はいつもギリギリのところで回避するように、
どこか暗黙の了解事項となって、
夫教育は危ういバトルを切り抜けて来た様です。

話を戻して、
この夢を見た三日後、
わたしは1メートルの高さの崖から、
頭を下に落ちてしまいました。
わずかな崖の上の空き地を畑にしようと、
ひとりで作業を始めたばかりでした。
落ちる瞬間意識ははっきりとあって、
「あら、落ちちゃった!」と思いながら、
「大事ない!大丈夫!」と自分に言い聞かせたものの、
ふと気づいたら頭から血を出していたので、
夫に救急車を呼んでもらうことにしました。

MRIの検査を受けるまでじっと動かずにいたのですが、
頭の左側面を打ったらしく、
左の額に大きなコブができ、
左の外耳は擦れて半開きになったようでした。
そこを洗浄してくれた医者と外科の医者の会話は、
「縫うことはできない」ということでした。
外耳は餃子の皮が二枚に剥がれたと同じ様子(?)らしく、
その厚みのないところに砂が入り縫えない様でした。

幸いMRI検査に異常はなく、
次の日からしばらくお岩さん様の顔になってしまいましたが、
外耳と頬の擦り傷だけで他に大事はありませんでした。
とは言え、あの世はひとまたぎだったと思います。

夢はきつい警告だった様です。
それを予知夢にしてしまったわたしでした。
つまり、夢で死んで、
現実でも臨死体験をしないとこの先はないと言う、
神意を汲まなければならない訳だったのです。
                               ーつづくー

posted by バンナイ at 10:49 | Comment(1) | 夢の活用法

2017年06月26日

魂磨きの現実1


自分のことは良くわからない。
けれどひとのことは良くわかる。
わたしもその例に漏れず、
日々の生活は待った無しで苦戦を強いてきます。
その苦戦を強いる難問に、
この10年間どれほど無様な日々を送ってきたか。
そんな話をこれからしてみようと思っています。

結婚は魂磨き。
自分も勿論例外ではありません。
むしろ外に向かって言えば言うほど、
キツイ試練が自らの日常に起きてきます。
日々の何気ないシーンでさえ、
さらっとやり過ごせない自分。
なんて下手な生き方しかできないのだと自分が自分に呆れます。

ここ10年ほどわたしの大問題は、
夫に話が通じない。
特に生き方についてどうにも話が通じない。
わたしの特異な夢の仕事に関しては、
誰よりもの理解者なのに、です。

大事なところで話が通じない。
と、わたしは思っているので、
どうにも苦しいのです。
この未消化な思いからなんとか脱出することはできないものか。
悶々としながらこの10年を過ごしてきました。

こんな風にお話しすると、
「どの夫婦もおんなじですよ」と、
外から声が聞こえそうです。
多かれ少なかれ意に沿わないのが結婚生活で、
そうなると以後の生活は妥協の産物になりかねません。
そうはさせじと孤軍奮闘を強いることになります。
結婚生活は共同生活でありながら、
魂の芯のところでは個々の霊性育成。

さてそこででは、「どこがどう話が通じないか?」の話はまだできません。
なんでこんなにも話が通じないか、
その全体像がわたしに見えていないからです。
見えていないのかもしれないからです。
こちらの鬱憤かもしれない。
こちらの都合かもしれない。
ややこしい話ですよね。

講座の中でよく思うのは、
多くの人が自分の信念で人を図り、
それで苦しんでいる姿です。
それをわたし自身がやっている可能性があります。
これを考えることが「魂磨き」?
(分かったようで分からない?)

結婚して年月を重ねていくと、
その長さに倍加して、
相手に対する違和感が増えます。
違和感という言葉は便利ですが、
忸怩たる思いというか。。。。。
その忸怩の元、
自分が自分の何に恥じ入るかといえば、
見立ての違いに。
夫選びに。
あら、わたしってこの程度の眼識力しか持ち合わせなかったのね、と。
自分が自分にダメ出しをする羽目になります。

この自分へのダメ出しが、
魂磨きの元になる要素だとわたしは思っています。
とはいうものの誰もがこの形を取って、
魂磨きの原因に出会うのかどうかについてはなんともいえません。
しかし多くの人は多かれ少なかれ、
伴侶に飽き、結婚生活が予想と違うという思いを抱いて、
生きるテーマに出会って行くのだろうと思います。

そんな違和感の真ん中を行かなければ、
違和感の原因はわからないでしょう。
そしてその違和感を、
共感と協調という、
彼岸へ連れていってくれる道連れにすることはできない。

違和感を消化したい。
違和感を昇華したいのです。
本当は違和感を消火して、
変容につなげていきたいのです。

夫婦は元気で自分の仕事に夢中になっていられる間は、
その違和感に危機感はありません。
ところがわたしたち夫婦は神の覚えめでたく、
結婚生活15、6年を迎えて不均衡が生じて、
互いの魂磨きに突入となったのでした。
こうなると相手はきつい鋭利な研磨剤となり、
話が通じない部分が二人の間の全部と錯覚させるようになります。

この分岐点に来た時、 
それが自分の魂が求める本当の人生修行の目的なのだと、
わたしは気付いたのです。
しかし気づいてはみたもののその全貌というか、
核になるものが見えたわけではありません。
(そうはいうものの平たくいえば、
すべての魂の方向はこの人生で愛を創造することでしょう。
魂の独自性で愛を作って行くことなのだと思います。)
というわけで、核ははっきり言えないけれど、
目的というか方向性は見えて来ました。

夫婦は平行線。
電車のレールのようだと話してくれた方がいるのですが、
この慰めにも心は静まらないほど、
わたしの中では忸怩たる思いが夫との間にあります。
「あった」と言いたいところですが。

この相手に伝わらないもどかしい感じを離れて、
大局的観点からものが見えないものだろうかと願うのです。
心のうちにある、
相手に通じない思いを、
相手の生き方にその理由を探るのではなく、
自分の霊性のあり方に原因を求めなくては、
これを修行のテーマに成しえません。

そこで4月思い余って夢に訊いてみました。
「いま、夫に取るべき態度を正確に知りたい(教えてください)」(1)

DSC08946.jpg


                         ーつづくー





posted by バンナイ at 16:48 | Comment(0) | 夢の活用法
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