画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2019年09月08日

母と自分に別々の弁当を買う


9月14日のオープンクラスは空席あります。
ご興味のある方はお問い合わせください。

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この記事は、翻訳した「ドリームブック」の付録記事を再度解説しているものです。
実際の夢日記を半年に渡って解読しています。
いまは絶版なのでそれを再度みなさんにお見せしています。
全部で8回あります。今回は2回目です。

四つ葉イラスト・2花

DSC00523.jpg

【夢本体】6月18日
母のために弁当を買う。
ご飯ものがひとつしかないので、それを母に。
わたし自身にはサンドウィッチを買う。

【夢のメッセージ】
お母さんの栄養になる行動を、今のあなただからとれるのです。
実行したらどうですか。

【雑感】
前日母の代わりに買い物をしました。
その買い物は取るに足らないことでしたが、夢はもっと深いレベルで、
母とわたしの力関係の変化を示してくれました。
絵からは、
ふたりでよく芝居を観に行ったときに買ったお弁当が思い出されます。
また母が、この頃のわたしに安心しているらしいと、
逆に夢から母の気持ちを教えてもらいました。
ふたりで芝居を観に行ったときのように、
母はわたしと一緒にいることを楽しんでくれています。

【今思うこと】
母との関係を教えてくれる夢は、
人生の大方がこの関係で学ばれることを思えば万感の思いがあります。

この30年近くも前の夢が、
いまのわたしに突きつけてくるものは、
懐かしい思い出もあり、
手放す必要のある悔恨もあります。

夢は最終的に味わうもの。
夢を味わうと、
時に心が波立ち、
荒波が来ても、
その荒波が凪いでいくのを感じるでしょう。

では夢解きの手法をこの夢を使って解説してみましょう。
まず、夢に取り組むのがはじめての方なら、
キーワードを探し、
そのキーワードの霊的意味を探し並べることを勧めます。

キーワードの霊的意味を横並びにして、
そこから夢の意を探り当てることができたら、
夢が伝えたいおおよそがわかります。

とはいえ、ときに夢が伝えたいことがわからない夢もあります。
そんな時は夢の「変なところ」を探します。
これをフロイトは Something strange と言いました。
日本語では「象徴的表現」と訳されています。
日本語に訳すと皆目意味がわからなくなるので、
「Something strange」のままにして、
夢のストーリーのおかしなところを探します。
それが夢の「サムシングストレンジ」です。

今回の夢のおかしなところは、
別々のお弁当を買うところです。
母とは娘の頃歌舞伎座にも、演舞場にも、明治座にも良く行きました。
多分1960年代観劇は晴れがましく贅沢なことだったと思います。
夢のお弁当は劇場で食べた経木箱を思い出させます。
だから大抵は同じお弁当を食べたのだと思います。

という訳で、
「Something strange=おかしなところ」は「別々のお弁当」となります。
ここに大切なメッセージがあると当たりをつけることができます。

もう一度繰り返すと、
キーワードで夢の意味がわからない時は、
このサムシングストレンジを探して、
メッセージを推察します。
今回の場合は「別々のお弁当」がそれに当たります。
母とわたしでは食べるものが違うので、
人生の課題が違うと分かります。

わたしはサンドウィッチを普段食べません。
この夢を食養生への示唆と取るといくらか分かり難くなってしまいますが、
母とわたしでは人生の課題が違うと承知すると、
わたしがお弁当を買うことと合わせて、すんなりと受け取れます。
「買う」は「決意」を表すので、
ふたりの課題は違うのだとわたしが理解し、
そこから自分の人生に取り組まないといけないことがわかります。

ところで「Something strange」の話をしているのに、
「母」と「お弁当」で「連想」が次々に浮かびました。
これもフロイトの夢分析法にあるのですが、
「夢の擬装工作解除法」の最初に「連想」を働かせることで、
夢を解読していく方法があります。
「お弁当」が「観劇」に繋がるなら、
実家の稼業は芝居関係だったので、
観劇は母のテリトリーです。

経木箱に入っていないサンドウィッチは、
母のテリトリーには属しません。

母と娘という極めて濃い人間関係にあって、
ふたりは別々の課題を学んでいるという夢の示唆は、
わたしの心をかなり軽くしてくれました。



posted by バンナイ at 15:03 | 夢のメッセージの取り方

2019年08月07日

「夢は神さまからの最高のシグナル」が3刷になります

8月10日(土)のオープンクラスに空席あります。
お問い合わせください。

DSC00530.jpg

夢辞典「夢は神さまからの最高のシグナル」(コスモ21)が来月3刷になります。
初版は2015年6月10日。
再販が2018年11月15日なので、
時代の目が夢に向いて来たようです。
外側の意見や情報ではない、
自分の中から湧き出るもの、
自分が信頼できるものに伴奏者になってもらいたいと、
多くの人が思うようになったからでしょう。

通販の書評を見ていたら、
「辞書で夢が分かるとは思えない・・・」と疑念を呈されているのを見て、
「ここに証人がいます」と手をあげたくなりました。
「夢は霊性への助言」というところに立てれば、
単語の意味を霊性から見た意味づけで夢を理解することができます。

わたしが夢に興味を持ったのは、
エドガー・ケイシーのリーディングに、
「自分を知るには夢と祈りと瞑想という道具がある」とあったからです。
祈りと瞑想はともかく、
自分を知るには自分の夢を知ることが何より大切と知らされました。

ケイシーが言う夢は、「霊性への助言」です。
自分の夢が自分の霊性のありようを教えてくれているというのです。
このケイシーが教えてくれる夢の意味に衝撃を受けました。
夢という漠としたものに、最高の意義づけをしてくれました。
いままで誰もそのように解説してくれた書物はありませんでした。
心理学で夢を扱ってもそこまでの信頼を置いているとは思えません。

そこでケイシーの夢に関するリーディングを基に書かれた
エリゼ・セクリスト著「夢予知の秘密」を頼りに自分の夢に取り組みました。
機を同じくベティ・ベサーズというケイシーと同じ考えを持つ瞑想の教師が
「ドリームブック」という本を出版していることを知り、この本を翻訳しました。
この翻訳作業をしているうちに自分の夢が少しずつわかるようになりました。
「ドリームブック」これ自体が夢辞典です。
様々な物や事に霊性から見た意味づけをしている辞書になっています。
拙著「夢は神様からの最高のシグナル」も「ドリームブック」を踏襲したものです。
「ドリームブック」の中に多少意味づけに納得できないところがあったので、
それを書き換えました。
しかし大まかに言えば、
全ての事象をこの世の価値観でなく、
あの世の価値観で捉えることができれば、
夢辞典そのものは必要ありません。
とはいえ夢に信を置いていない現代人は、
霊性を取り戻すためにこの手の夢辞典は必要でしょう。 

話を戻して、
翻訳作業に取り掛かったときは、
夢のしつこいまでの「諦めを知らないコーチ」のような助言に、
ずいぶん助けられ、勇気付けられ、
わずか1年のうちに夢療法家として仕事を始めることができました。

また時を同じくして出会った男性と結婚をすることができました。
その内の半年、1991年の後半結婚するまでの夢日記を、
「ドリーム・ブック」の巻末に乗せることができました。
わずか1990年から1991年までの2年間に、
私の人生は大きく変わり、
翻訳本の出版と夢療法家としてのデビューと結婚の三つが、
立て続けに同時進行で叶えられたことになります。

この私の体験が夢辞典でも夢がわかるようになる証拠です。
なんども言いますが、
ここで重要なのは、
夢を霊的言葉と決めて取り組んでいることです。
例えを「逃げる」で挙げれば、
国語の辞書では、
「危険を避けて、相手の力の及ばない所へ去る、また身を隠す。
避けて、不利な情況におちいらないようにする。」ですが、
夢からの意味づけは、
「自分の課題から逃避していること。
逃げてもその課題が追いかけてくるだけ。」となります。
この夢の辛辣さにこちらも受けて立つ気概でいないと、
夢の意味が捉え難くなり、
自己を知る道具として使いこなせなくなります。

夢は「心の糞尿」ではありません。
心理状態そのものを教えてくれるものでもありません。
内在の神、夢の神さまが、
「自分の霊的態度に考え深くなるように示唆を与えてくれるもの」です。

ところで、通販の書評に、
「夢解釈を間違えたらどうする?!」というのもありました。
これもあまり心配しなくても良いとわたしは思っています。
夢は毎晩見るし、
大抵夢を解釈し間違えても、
多くの人は穏便なところで間違えます。
なにせ夢は霊的態度への忠告です。
霊性が発している忠告を習得していなければ、
夢の忠告が変わる訳はないからです。

人はそうそう際立って勇気のいる行動にはでたがらないので、
修正不可能な行動に出ることは考え難いのです。
それほど夢のアドバイスは夢主にとっては、
「勇気のいること」や、
「やりたくないこと」で、
「やれないこと」なのです。

このように夢が提示してくる行動は、
実はとても衝撃的です。
やったこともないことをやれと命令してくるような、
とんでも無いことを提案して来ます。
それで大抵の人は怖気付き足踏みします。
しばらく放っておくとまた同じような結論に行き着く夢を見ます。
そんなことを繰り返し、
重い腰を上げて夢の提案に従って行動に出れば、
なんということなく、スムースとは言えなくても、
あれほど大変大変と思い込んでいたことがいとも簡単に実現していきます。

これが夢を人生に活かす醍醐味です。
清水寺の舞台から飛び降りた覚悟の結果が、
あまりにあっさりうまくいくものだから却って拍子抜けするでしょう。
勇気を出してとった行動の結果が出るまでは、
ハラハラドキドキですが、
長い時間待たされることはありません。
結果が思いの外うまくいくことに味を占めると、
夢の提案を受け入れたらどんなに心豊かな人生になるかを思い知らされます。
自分の能力に限界を設けたのは自分自身なのだと、
正確に自分を反省できます。

時間をかけて夢の忠告を吟味しているとわかることですが、
しつこく夢が同じことを言ってくると、
「自分にはとてもできない。」
「自分には難しすぎる。」
「今の自分は誰より難しい問題に直面させられている。」と、
一瞬自分を悲劇の主人公にしたくなります。

夢辞典を使って夢のことがわかってくると、
逆に勇気が出ない自分に直面させられて、
逃げ場のない状況に立たされていると勘違いします。
本当のところは「やってみればやれます。やってみましょう」と、
優しく言われているだけです。

そしてこの点がとても重要なのですが、
夢が言う問題点や提案の芯には、
人生で取り組む大事な設問が提示されています。
生まれる前に自分が作ったブループリントが、
夢が言う骨子だと分かってきます。

斯くいう私がその体験者です。
そのころわたしは切羽詰まっていました。
夢の言う通りにやってみなければ、
生きた実感もないまま人生が終わってしまう。
気分は戦々恐々でした。
この谷底から出るには、
やっぱり夢の言う通りやってみなければならないと自覚していました。
他人の助言は相手のフィルターによって発せられ、
わたしも気分によって素直になれたりなれなかったりします。
落ち着いて考えてみれば、
夢は闇雲に行動に出なさいと言っているわけではなく、
常に終始一貫したアドバイスを送ってきます。
これこそ夢を信じられる証拠ではないでしょうか。
日を改めて夢のアドバイスが一貫しているかどうかを精査するだけで、
夢のメッセージを間違える訳はないのです。

夢に興味を持つ人は多いですが、
「行動に出なければ何もはじまらない」という助言の前に、
立ち止まる人もまた多いです。
あげくに夢から離れていきます。
行動に出る勇気が出ないのです。
もったいないことです。
自分の課題に理性を働かせることができません。
こうした人は、
夢が言う提案の合理性を理解するまでの大人になりきれないのです。
トラウマに本心を引っかき回され、為す術なく立ち往生します。
多くの人は自分の人生を眺め遣る一人前に成れていないのに、
社会的には自立できているからでしょう。
自分を律する「自律」を得ることはとても難しいようです。
だからこそ夢に取り組む前に、
自分の問題点を洗い出し整理しておく冷静さを持って欲しいと願います。

人生は冒険のためにあり、
自分の責任で生きるために、
この人生を自分で選びました。
なぜ「こんなに苦しい人生なのか?」と言う疑念に、
夢は言います。
「あなたが率先して難しい問題のある人生を選んだだけです」と。
そうなのかと思えれば、
「自分で乗り越えられると生前予想したのだろう」と受け止められます。
ここに立てれば、
夢の提案を受け止められます。
それも夢に信頼されているという喜びを持ってです。

夢に取り組むといろいろなことがわかってきます。
知る必要のある過去生も分かります。
どうしてこの人が親なのかも分かります。
また症状が出る前に問題の衣食住が知らされます。

夢日記は魂の記録簿として自分の成長を振り返ることができ、
これからの自分を作るための資料として使えます。

そんな解説を「ドリーム・ブック」の巻末に乗せることができた夢の実例を、
次回からお見せしたいと思います。
今だから話せる内容もあります。

どうぞ楽しみにお待ちください。



posted by バンナイ at 16:43 | 夢のメッセージの取り方

2018年10月18日

オープンクラスのダイナミズム


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(ダイスキなショーメ)

毎月第2土曜日はオープンクラスを開いています。
夢のワークショップを初めて体験される方のためのクラスです。
また、長く夢をひも解いてきた方の振り返りやブラッシュアップのため、
更に現在夢のクローズクラスに通っている方々の補講の時間にも当てています。

毎回このオープンクラスは、
その時のグループエネルギーが大きく作用し、
話し合う夢にも刺激を与えているようで、
思いがけない高揚感を覚えます。

先日の13日は、夢療法家としての認定者1人、
養成講座経験者2人、
これから養成講座を受けられる方1人、
補講の方2人、
初体験の方1人の計7人でした。

夢の話ですから初心者も経験者も一堂に会して気楽に話せます。
大抵はプライベートな話が出て、
初めての方はびっくりされますが、
人の優しさはこういう時に発揮されるもので、
自己開示の安心と安全が保証されていると、
知らぬ間に自分もオープンさを身につける体験をします。

オープンさは霊的成長に欠かせない要素です。
日常では難しいことですが、
夢を分かち合う非日常の場では、
このオープンさの体験が醍醐味です。

さて、実際に話し合われた夢と当日の様子について、
すでにこの時の出席者おふたりがSNSに投稿しています。
ご覧になった方もおいででしょう。
人生の大きな節目を高らかに宣言するような夢で、
講師の私も元気をもらいました。

どんな風だったかをこれからお話ししましょう。
最初に、30周年の結婚記念日を2日後に控えているという方の夢。
【夫が平たくて青い地球のような指輪をしている。
結婚前に彼に地球のような特殊な指輪があると話したことを思い出す。
夫はそれをやっと手に入れたという。
5千万円とか1千5百万円したらしい。
ゲっと、おどろく】
夫にこんなにも信頼されているんだと夢に教えてもらったと彼女は言います。
この夢の凄いところは、
夫が信頼できる生涯のパートナーだと保証してくれたところです。
数字の5には「変化を起こす行動」というのがあり、
お二人の今後の行動は青い地球にマッチしたものになるでしょうね。

次は逃げている夢。
【何事かを研究しているのだけれど、助手はまだ子供の年齢。
研究に成果があり、何者かに追いかけられている。
捕まっちゃいけないと灯りを消そうとするのだけれどどうしても消えない。
窓の外にはスーツ姿の男性が『いた、いた』と、
仲間と言い合っている。】
この夢主さん、やりたいことのアイディアでつぶされそうなんです。
それをどのように形にしていったら良いか暗中模索中。
結論めいたことをいえば、
自分が自分のアイディアに追いかけられていて、
いまのところ子供染みた域を出ないと夢は言います。
だからスーツ姿の公的な立場の人に、
企画書を持って説明に行ったらという意見が出席者大半でした。
ごちゃごちゃした夢も整理するとわかりやすいですよね。
ご本人納得の様子でした。
そうそう最後に、もしこのアイディアが役に立たないもの、
霊性に適っていない仕事というなら夢はこうはなりません。
だいたい追われる夢は、その課題が成就されるまで続きます。
つまり立ち向かえということ。
(当然夢主に夢が無視されることはあるので、全てとは言えませんが)

次もまた刺激的な夢です。
【妙齢の殿方がいて、バイオリンを解体して、
中身がどうなっているか蓋を開けて説明してくれる。
わたしは熱心に聞いている。】
夢を勉強している人にとっては、とてもわかりやすい夢です。
しかし夢に不慣れな人にとってはわかりにくいでしょう。
この夢主さんは夢を勉強して10年、
夢が何を伝えているかすぐにわかったようです。
それなのに何故オープンクラスにわざわざ出席したかと言えば、
背中を押して欲しかっただけ。
駄目押しのように、彼女はもう一つの夢を言い出しました。
【母が「あなたこのままひとりでいるつもり?」と。】
実際なら、こんなこと絶対に言わない母なのにとのこと。
この夢主さん、人生の大方の苦労を経験して、
子育ても終わり、ひとりになって、
なお今後を考え果敢に新しい出会いを求めようとしています。
「挑みます!」とみんなの前で宣言するために参加してくださったのです。
そんな彼女の決意の場にいられてこちらがうれしくなります。

いま女性性の時代が始まったと言われて久しいけれど、
この3人の方々に悲壮感も競争心もありません。
むしろ楽しんで周りと調和しておおらかに前進しましょうと、
宣言しているように感じます。

さて初めての方の夢は、
完璧を自分に求めすぎて、自己批判に陥りがちというメッセージでした。
自覚があり、
「これへの挑戦はわたしには実は難しいのです」とのこと。
この一言に震えます。
たった一度の夢のワークショップで、
これを言えるこの方の霊性に勇気をもらいました。
大丈夫あなたなら学び取るでしょう。
(ちなみにこの方と最初の結婚30周年の方が同じ結婚記念日だそうで)

この素直さが何よりの原動力になります。

まだまだお話ししたいことはありますが、この辺で。

次回のオープンクラスは来月11月10日です。
まだ空席あります。



posted by バンナイ at 13:58 | 夢のメッセージの取り方

2018年09月18日

スマホで撮ると景色は眩しくキラキラしているのに目で見ると暗い

DSC04759.jpg


次回10月13日(土)のオープンクラスは空席があります。
また10月27日からは養成講座が始まります。
そのケース研究のためのクライアントを募集します。
このクライアントにご興味がある方は、
13日のオープンクラスにお申し込みください。
クライアントになっていただいた方には、
養成講座の受講生がセラピストになって毎月一回の面談を4ヶ月に渡って行います。
自分の夢を実際に生活に役立てることに興味を持たれている方にとっては大変お得です。
オープンクラスは有料ですが、
ケース研究のクライアントは無料です。
詳細は追って告知します。

  ✩ ✩ ✩ ✩ ✩

「スマホで撮ると景色は眩しくキラキラしているのに目で見ると暗い」

先週のオープンクラスで話し合った夢のお話です。
この夢主さん、夢では憧れの北欧に旅行中なのだ、そうです。
物価が高いところだからとかなりの決心で出かけたようです。
教会のような美術館のようなところへ行って、
写真を撮ろうとスマホを覗くと、
実際は暗いのに写真は眩しいくらいに写る。
目で見るのと違う。
「どうして?」と何枚もとって確かめる。
すごいものを発見した。
宝物を手に入れたなと思う。

この夢主さん、夢に取り組んで長いけれど、
この夢の意味を測りかねていました。

こんなときみんなで話し合えば、
なんということなく夢が伝えたいことがわかってきます。

「写真って何?」
「感動。記録。」
「その瞬間に焦点を当てる。」
今その時に焦点を当てると恩寵(=美)が見える。
けれど流れ行く時間の中でいまを捉えるとつまらないものに映る。
「いまこの一瞬に生きる」。
夢で映像として見ることと字面はこうも違うのです。
瞑想もそうだけれど、
生きてこの時間軸の中で生活していると、
いまこの時に焦点を当てるのがなかなか難しい。
この夢主さん、その微妙な機微を実感されたのでしょう。
頭で理解したのではなく、
腹が納得したのだと思います。
すぐにその日の夢の話をしてくれました。
その夢の意味は「ここにとどまれ」ということなのだと。

続いて、昔々、ある人が語ってくれた夢の話をしましょう。
赤ちゃんが生まれるシーン。
最初の呼吸。
その人が死の床にいます。
最後の呼吸。

この夢を語ってくれた人の状態から、
「人生とは一呼吸の間」なんだと思いました。

今でも思うのです。
赤ちゃんは最初の呼吸を吸うことで始めるのでしょうか。
この世をおさらばする時、
人は息を吐いて呼吸を終えるのでしょうか。

「人生とは一呼吸の間」です。
それならあなたはどうします?

本当に人生は短い。
だから気負わず笑って過ごしましょう。
あんまり頑張らず。
あんまりマジに受けとらず。



posted by バンナイ at 14:09 | 夢のメッセージの取り方

2018年01月15日

夢の時間を1年=24時間にして換算する

DSC00459.jpg

以前夢の中の時間を、
現実の時間とどう照らし合わせるかという話をしました。
その時は、
「一生を80年とし、それを24時間に換算する」という
考え方をお話ししました。
例題の夢では、
15分間付き合ってという夢で、
それは「いま僕を妊娠しているから、
その間楽しんで欲しい」という赤ちゃんからの知らせでした。
妊娠期間は10ヶ月。
10ヶ月は約15分に相当します。

今年の初夢の一つの時間が気になりました。
どうやら夜明け前の4時ごろらしいのです。
そこで、1年を24時間に換算してみました。
午前4時は2月に相当します。
夢は現実で行動する時期を示しているので、
「え?行動に移すのは来月ですか?」とその方に伺ったら、
それが妥当だし、
2月に早速手を打ち始めようと思っていたとのこと。
詳しい事情はわかりませんが、
夢主さんがいうのだから本当でしょう。

というより、
夢は極め付きの科学ですから、
この計算の妥当性が証明されたと思ったことでした。

ご参考までに。

初夢ワークショップを東京では1月28日(日)原宿駅10分のところで、
京都では2月12日(月)哲学の道・京都府左京区鹿ケ谷で行います。
自分の夢を自分で紐解くノウハウをお教えします。
お問い合わせください。
なお精神科投薬治療中の方はご遠慮下さい。





posted by バンナイ at 15:56 | 夢のメッセージの取り方

2017年11月30日

恋の憧れに条件で応えた予知夢

DSC00080.jpg

まずは夢本体を。
A【枯葉の中に白い猫が埋もれている。
前に見たときは餌を食べていた。
妹が「あの家には病気の猫がいるので行っちゃダメ」と云う。
けれど白い猫はどうなっているのかと確かめに行く。
死んでいるようだ。
白い猫の上に枯葉をかけて去る。】
この夢を聞いて、
本人はとても恋に憧れているようだと思いました。
猫は女性を表します。
その猫としての女性の部分が死んでしまっていると感じ、
その部分を生かしたいと、
この夢を見た本人が願っている現状が見て取れます。
霊性を重んじて生きるには、
女性と生まれたその女性であることを生きると決めることが大事です。
現代女性はそこがあやふやです。
女性を生きるには自分の体は女性だと受け入れ、
その女性の体をいたわり
その要求を大切にして生きることです。
しかしこの女性は、
若くもなく恋に傷つきながらなおも、
猫の部分を生かしたい、
つまり恋する相手が欲しいのです。
以前の恋が彼女にふさわしくなかったことは、
「あの家には病気の猫がいるので行っちゃダメ」と妹が言うので分かります。

そして夢は猫の死骸に枯葉をかぶせています。
この死んだ猫と枯葉は同じ意味に受け取るようにと夢が暗示しています。
枯葉は、
死と再生を意味し、
今までの体験を肥やしにして行きましょう。
心の中でこれまでの生き方を終わりにし、
新しい生き方を誕生させましょうということです。
体験を心の肥やしにし、
新たな自分を生れさせるプロセスを丁寧に歩んで行きましょうというのです。
これが死の行程です。
まずは、以前知っていた猫が死んでいることを確認します。
ここをこれまでの女性としての生き方は今後役に立たないと受け取ります。
これが心と体と魂レベルで死を受け入れることです。
今は新しい魂のあり方と心と体を手に入れていないので、
恋に向けて動けない自分を受け入れるところからこの行程は始めます。

実際に屍体は肥やしになるために腐敗を始めます。
これが体験を精査する行程です。
自分の問題と相手の問題を分けて考え、
自分の生き方のどの部分が問題になったのか、
洗い出しの作業がこれに当たります。
細かく反省吟味ができたら、
腐敗で解体が起き、
地水火風の働きで体の土台を作るための栄養素となっていきます。

夢では猫の死骸の上に枯葉が落ちています。
この状態で死骸が栄養素になるには、
雨や風に加えて雪にも晒され、
小動物や虫に喰われ、細菌やバクテリアに分解され、
骨はともかく土にかえるまで半年か1年ほどかかるでしょう。
そこに新しい自分のイメージの種をまくことができれば、
新しい自分に生まれ変わる可能性は十分あります。

そこで夢は以下のように続きます。

B【王様と威圧的な男がいる。
威圧的な男は元夫でわたしと喧嘩をしている。
そこでわたしはもう良いとそこを出る。
(場面変わって)王様と私と使用人の3人で朝食のテーブルにつく。
わたしの二人の娘は王様を「お父さま」と呼んでいる。
王様と一緒に生活して良いんだと思う。】

夢は、
「あなたが望むなら」とこの夢を見せてくれたのでしょう。
人生のパートナーが欲しい。
恋する人が欲しいというこの夢主の願いを、
夢は霊性の願いとして受け取ったようです。
あなたが自分の意志で元夫との自分に「ノー」と言えるなら、
あなたは将来一国一城の主たる人と縁ができるでしょうと。

猫が迎えるこれからの死の行程を丁寧にやりぬいて欲しいと願います。
この行程は早くて半年。
遅くも1年で終えられるかもしれません。
その時自分の意志をはっきり言える自分であることが条件です。



posted by バンナイ at 15:28 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方

2017年10月17日

回転寿司と注文を受けてからマグロを裁く寿司屋

DSCN0316.JPG

気骨ある女性が結婚し出産しました。
子育ては企業戦士にとって、
馴染めない別の戦いを挑まれていると感じたようです。
目の前の幼子に何を食べさせるべきか、
それが大きな問題になってきました。
答えを求めて友人知人そしてネットサーフィンを試みるものの、
ますます答えは霧の中。
行った本屋にはキャラ弁が並び、
同じく母親仲間の多種多様な生活実態に、
心の中は揺れに揺れます。

そこで見た夢が、
「回転寿司と注文を受けてからマグロを裁く寿司屋」。

効率重視(=回転寿司)か、
美味追求の現実無視(=注文を受けてからマグロを裁く寿司屋)か。
この夢の視点の皮肉めいたところが腹に響きます。

話し合いの結果、
先輩ママは「素材の味を覚えてもらう調理」と、
「空腹まで親が待つ」を提案してくれました。
講師は加えて、日本の伝統を食に反映させてと。

それを受けて夢主のママさんがくれたメールです。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
私と似たような価値観と経歴をお持ちのお母さんはきっと、
職場復帰してもしていなくても、お母さんという立場に立って
私と同じように悩んでいる人は多いのではないだろうかと改めて思います。

母になってもなお、物質主義から抜け出せない自分が、
子育てを、母という立場を、日常の小さな事に、
喜びを感じられる豊かさを取り戻せるか、
その過程を自分自身が楽しみたいと思います。

ちなみに、私の夫は日本文化や伝統工芸が非常に好きなのです。
お裁縫もお料理も楽しむ人

今日の昼食は、娘が苦手なジャガイモを、娘と一緒に皮をむき、
粉ふきいもを作って食卓に並べました。
最初は嫌がっていたのですが、娘によそった分は完食していました。
食事はシンプルに、素材を楽しむ、という考え方で
娘の幼少期の食事をもっと気楽に楽しむ事にしました。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ここで言っている「物質主義」とは、
書籍に答えを求める自分の態度を言っています。
食こそ自分が自分に何を求めるかの結果であり、
祈りを形にするものではないでしょうか。
それが生きる挑戦だと夢が言っているように思います。

posted by バンナイ at 12:37 | Comment(0) | 夢のメッセージの取り方
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