画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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天の鳥船庵だより

2021年12月08日

わたしをからかう誕生日の夢



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(去年の傘寿に頂いた胡蝶蘭が花をつけてくれました)

年明けてすぐの養成講座ケース研究のためのクライアント、
及びオンライン講座受講生募集しています。

天の鳥船庵夢療法家養成講座第19期 ケース研究のためのクライアント募集
http://dream-info.sblo.jp/article/189119780.html

オンライン夢療法講座第3期[2021年1月6日〜6月16日]受講生募集
http://dream-info.sblo.jp/article/189122406.html?fbclid=IwAR2gssbX70_N1oKuqrqJGjvaDoCy1IOWTVuYQK7bOtM1mPZuVAHQaKxF5FU

初夢会も募集中です。
http://dream-info.sblo.jp/article/189152103.html


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「わたしをからかう誕生日の夢」

今年の誕生日の朝見た夢です。

夢の題:火種を水で消す
夢本体:
【日本家屋の座敷にいる。
壁から火が上がる。
あわてて水をかけて火を消す。
畳から火がでる。
また水をかけて消す。
最初に気づいたのは机の上だったか?
そばに夫がいる感じがする。】

この夢を、
まどろみから醒めながら思い出すのは、
ちょっと辛かったです。
これまで誕生日を毎年欠かすことなく祝ってこられたわけでもなく、
さりとて自慢できるほどの不幸に見舞われた訳でもありません。
とはいえ、ここらでちょっとほっとしたい気分になって、
穏やかな夢でも見られたらいいなと、
微かな望みもあったのに・・・・・
家の中で火の手が上がるとは!
火の手が上がっているとは、
「わたしは怒っている」と知らされているのですから。


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この人生、
ここに来るまで何かしら「炎」のつく症状に悩まされ続けてきたので、
自分では怒っていることに気づかなくても、
症状が怒りを抱えていることを知らせてくれます。

目覚めは良くなかったけれど、
この夢を思い出してふとあることに気付きました。
これまでも火が燃え上がる夢は何度か見ていましたが、
今回は火の手は上がっても、
それを一つ一つ消しているではありませんか。
「あらこれって、夢の神さまからのお誕生日祝いかもしれない」と思えたのです。
あぁ、これならもう「炎」のつく症状も軽くなるだろう。
悩みも遠のくだろうと気づいたのです。


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この2、3日前でした。
何気に夫と話をしていて、
「わたしイライラしている」と思ったのです。
へ〜と思いました。
自分がイラついているとはっきり意識できたのです。

そのとき何がそうさせたか思い出せませんが、
長い結婚生活で夫に通じないことは山ほどあります。
それも生きる上でわたしが大切と思うことごとくが彼には通じません。
結婚生活が魂磨きというのはこのことだと重々承知していても、
わたしの考えや拠り所にしている信念信条を逆撫でしてきます。
彼には彼の考えがあり、
彼のペースがあるのだ、
そこを理解しなくてはいけない。
ここは忍耐だ!
よくよく自分に言い聞かせてきたつもりです。
でも、これは表向きで、
実際のわたしの我は、
想いの通じない夫に反発を繰り返してきたようです。
それで「炎」の付く症状に悩まされ、
自分の心の持ち様が忍耐や寛容ではなく、
怒りで対処していると、
その症状が教えてくれたのでした。


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それが誕生日の2、3日前、静かに、
わたし怒っているなと自分の心模様を眺めていられる自分に気づきました。
ここまでくるのに長い年月を費やしました。

さて、いま白洲正子の「明恵上人」を読み返している最中です。
白州正子の明恵解釈は秀逸です。
目についた部分を本から要約すると、
13にして、『すでに年老いたり』と考えた明恵は、
肉体があるから、煩悩や苦悩も生ずるのだ、
いっそのこと死んでしまった方がいいと、
ある日狼に喰われようと墓場に行って夜を明かしたそうです。
すぐに山犬は現れて傍に捨てられた死骸は喰ったが、
明恵の身体はかぎまわっただけで喰われなかったとのこと。

それで13歳の明恵は狼の餌になるのは諦めたようですが、
16歳の時の夢が、
【狼が二匹現れて、自分を喰いたそうにした。
これこそ望むところと思い、
「此方へ来て存分に食べるが良い」というと、
傍へよって自分の身体を喰べはじめた。
『苦痛タエガタケレドモ、我ガナスベキ所ノ所作ナリト思ヒテ』我慢している内に、全部喰べ終
えた】とみるや、全身汗にまみれて夢が醒めたとのこと。

この夢の話は上人の弟子が書き留めた行状記にあるようで、
そこには、
「上人後ニ語ツテ云ク、
此夢ハ覚時ニ好楽トコロ夢中ニテナシシ試也」とあります。
これをわたし流に言い換えれば、
「日夜自分の望むところを夢で試しにやってみた」ということのようです。
つまり願ったことを夢で実現したということです。

この明恵上人の解釈は、
願望充足の夢と自らを諭し、
述懐しているところはなんとも美事としか言いようがありません。
中世の仏教界には現代に劣らぬ確かな夢への理解があったようです。

白州正子に言わせると、
「フロイドのようなことをいっていますが、
一旦自分が志したことは、
たとえ夢の中ででも、
実現せずには置かなかったのです。」と、
この言葉も美事です。

一般的には願望充足の夢は「安易さ」を表します。
この明恵の夢も願望充足なので、
煩悩をなくすには死ねばいいと、
短絡的に考える安易さに気付いて得た戒めに話は行っているけれど、
夢の中でさえ生きて喰われる痛さを堪えながら、
肉体が狼の胃袋に消えて自分の身体が消滅していくのを、
意識に力を込めて見続けている意志力には感心します。

さて、わたしの火の夢も願望充足の一つですと言いたいところですが、
何故明恵上人の夢とここで並べたかの理由をお話ししましょう。
明恵上人は死しても意識は変わらないということを夢の中で体験しました。
肉体は切り刻まれ形がなくなって、
喰べ尽くされたことを感覚と目で確かめられています。
つまり夢の中で五感は働きます。
更に意識の目は健全で正確に機能していることを知りました。
この意識の目が大切なのだ、究極なのだと、
16歳の修行僧が覚ったかどうかはわかりませんが、
それに近い納得を得られただろうと思います。

だから生きることこそが大切だと覚ったのでしょう。
この夢があるから彼の常に言っていた、
「あるべきようは」という心情になったのだと思います。

つまりわたしが言いたいことは、
夢が霊性のあり方を教示してくるということです。
表面的な願望充足というところに目を向けるのではなく、
意思が意識を生み、
その意識が意志を決定し、
この意志が現象を起こすのだと、
この夢が示唆しているとしたら、
私たちの意思を持った情熱はなんと美しいことでしょう。

わたしの火の夢に戻ると、
この夢で教えられたことは、
自分の怒りに意識的であろうと心掛けるようにということです。
そして今それができるということです。
心に浮かぶ情動に意識的であれば、
そこには意思があり、
意思が感情を教えてくれて意志を向ける方向が分かります。

わたしたちは本来意識だけの存在だと、
この二つの夢が教えてくれているように思います。


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posted by バンナイ at 17:07 | 夢のメッセージの取り方

2021年11月28日

天の鳥船庵夢療法家認定者に新たに5名が加わりました



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(11月19日部分月食が始まる5時前の稲村ヶ崎切り通しの夕景)


11月20日に終了を迎えた養成講座18期で、
新たに5名の認定者をお迎えできることが決まりました。
これは責任者である坂内慶子にとって誇り高い出来事です。
この講座は天の鳥船庵として提供している講座の中で最終段階の講座です。
その難しさはそれまでの夢療法講座の三倍は難しいと感じています。
みなさん、それに耐え研鑽を積まれた強者たちです。
認定証は、
「研鑽へのご褒美賞」と言えると思います。
夢療法家としてはここが出発点です。
どの分野でも同じですが、
今後は各自の活躍如何でこの認定証が生きてきます。


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(切り通しを抜けると夕日に染まった雲が桜の花びらの様に富士山を囲っていました)


ここに夢療法家として認定されている方々全員の名前をお知らせします。

天の鳥船庵夢療法家認定者名簿
1:うえだ央幸(カウンセラー)4期(2013/4-9)
2:長谷川雅江(医師・夢療法家)6期(2014/4-9)
3:石井優美(夢療法家・カルチャースクール講師)7期(2014/10-2015/3)
4:飯田佳恵(リフレクソロジー並びに整体セラピスト)7期(2014/10-2015/3)
5:横山ちなぎ(自営業)9期(2015/10-2016/3)
6:小林純子(会社員)10期(2016/4-9)
7:野口尚子(会社員・薬剤師)13期(2017/10-2018/3)
8:堀口歩(ステンドグラス作家・夢療法家)13期(2017/10-2018/3)
9:酒井景子(主婦)14期(2018/4-9)
10:宮本千鶴(コーチ・プランニング ディレクター)17期(2019/12-2020/5)
11:山アゆか裡(鍼灸師・てんげる治療院院長)17期(2019/12-2020/5)
12:奥津わこ(ヨガ講師)17期(2019/12-2020/5)
13:石川みつる(カウンセラー)18期(2021/6-2021/11)
14:大島とし江(看護師)18期(2021/6-2021/11)
15:佐々木瑞穂(塾経営者)18期(2021/6-2021/11)
16:水津奈央(会社員)18期(2021/6-2021/11)
17:瀬戸智司子(塾経営者)18期(2021/6-2021/11)

みなさまのお近くでこの者たちがご縁をいただくことでしょう。
彼女たちは夢を通して、
厳しい自己覚知をしてきました。
その大切さを知っている者です。
時に相談相手としてお役立ていただきますよう願っています。


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posted by バンナイ at 10:20 | あれこれ

2021年11月24日

養成講座18期を終えることができました。



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(養成講座のためのクライアントさんが2名Zoomでお茶会に参加してくれました)


この20日土曜日に養成講座18期の最終回を迎えることができました。

面談療法はリアルに行うのが当然と考えてきたので、
去年の4月以来1年間養成講座は休講を余儀なくされました。
しかし勉強中の受講生の熱気に押されて養成講座の必要性に気づき、
これが却ってリアルにお目にかかれない方をクライアントに迎える道を作ってくれました。


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(受講生にいただいた薔薇です)


最終回はクライアントを勤めてくださった方をお迎えして、
お茶会を開きます。
お一人がお礼のメールをくださったのでその一部をご覧いただきたいと思います。
無断転載ですがお許しください。
この内容は現在多くの人に当てはまる部分があります。

ー転載はじめー
4回のセッションもとても有意義で楽しかったですが、
昨日の最終面談やお茶会でのセラピストの卵さんたちとの雑談の中でも気付かされることや驚きなどたくさんあって、
ほんとに楽しかったです。
知ることの喜び、静かなる楽しさとでも言うのでしょうか。

最終面談で先生から頂いたアドバイス。

私は都会よりも田舎(自然)があっている。又は求めている。
プラスティックの中にいる蛇も、地下鉄にいる牛も本来居るべきとこの姿ではない。
それと、何か大きな仕事を成すと言うよりも自然と共に暮らす事の方があなたにはあってるみたい。
…と言うような内容のアドバイスだったと思います。

面談をして頂いてる時は、
「この一連の夢からこんな切り口でこんな風に読み解くんだ」
「すごいな〜」「そ〜きますか」「そこですか?!」などなど、
魔法のメガネをかけてるかの様な先生の読み解きに、ただただ驚嘆で終わってました。
帰り道、先生に言われた事をもう一度思い返していると、
聖書のアブラハムのある箇所が突然心に浮かび「あ〜!そうか!そういうことか!」と理解出来ました。
それはそれはとても静寂な心の歓喜でした。
アブラハムとロトが二手に分かれ、それぞれの住処を選ぶ時、
ロトは華やかなソドムの街を選んだが、
アブラハムはどこかもっと都会から離れた田舎の地、
樫の木のそばに移り住んだ。
……………。

私は神を知りたいと思いながら、この世的な楽しみも同時に追い求めてる。
でもそれは同時に成し得ることは出来ない。そして私はアブラハムになりたいんだと。

蛇をプラスティックに入れ、牛を地下鉄に閉じ込めて肉を蝕んでたのは私だった。
自分の毎日の心のあり方、生活態度、思い当たります。
願っていながら別の方向を向いているのは非常にエネルギーを消耗させてるんだなと。

そして
「何か大きな事を成すよりも、今、目の前に置かれた状況を、自分のやるべきことを、
心を定めて一つ一つこなす事の方がよっぽど大きな奉仕なのだ」
と言う様なケイシーの言葉も思い出されました。
ー転載終わりー

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このメールを拝見して、
わたしの提案を超えて夢の流れを受け取られたように思いました。


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クライアントさんが提供してくださった夢と実生活は、
これからの社会に貴重な資料を提供してくださったのですが、
それをどのように消化し、
昇華した結果を、
多くの方々に参考としていただけるか、
これからのわたしたちに掛かっています。







posted by バンナイ at 09:59 | 夢の活用法

2021年11月21日

わたしの夢に登場した裸の大谷翔平選手



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(わたしの夢日記。実物です。)

大谷翔平選手、大リーグのアメリカンリーグMVP受賞おめでとうございます。

この受賞発表に日本中が沸き、
彼の活躍をどんなに誇りに思ったことでしょう。
今年の大谷選手の活躍は信じ難いほどで、
野球を知らないわたしもワクワクドキドキ楽しい思いをしました。

大谷選手がテレビ画面に登場するたびに「わたしの大谷選手」が活躍していると、
身内を眺めているような妙な気分になったものです。

その訳は大谷選手の夢を去年見たからです。
2020年1月23日大谷選手は真っ裸で夢に登場してくれました。

夢本体【A.まっ裸の大谷翔平が上半身を前に倒して立っている。
それを下から見上げている。
すごく綺麗。
わたしも裸。
何の目的もないがきれい。
B.のし紙を見ている。右紅左白だと思いながら。】

この夢を思い出してすぐに思ったものです。
「わたし元気になるんだ!なれるんだ!」と。

理由なんて後付けです。
けれど一応書いてみます。
2018年の1月にC型肝炎の新薬を戴き2ヶ月服用しました。
この副作用かどうかわかりませんが、
以後胃腸の調子が思わしくなく、
長期にわたって食が細くなり体重が減っていきました。
米食は消化できず、
粥やそうめんばかりの日々が1年以上続きました。
2019年4月には右手首骨折で手術し、
病院食に油を一切使わない調理をお願いしました。
幸いなことに24日間の入院中
毎日大量ににんじん料理をいただくことができました。
この大谷選手が夢に登場した2020年の年明けも、
胃腸の具合が思わしくなく弱気になっていたと思います。
それがこの夢で一気に気力を取り戻せたような感じです。
顔には出せないけれど、
静かに腹の底から湧き出る自信が全身をじんわり占めていったようです。

夢の中で大谷選手とわたしのいる次元は明らかに違います。

今生で大谷選手と接点があるとは思いませんが、
次元が違っても夢の中で一緒にいた経験は、
波動を共にできたということで、
互いが互いに影響し合えるという証でしょう。

今年2021年のいま彼の受賞の報を期に、
一気とは言えなくても、
静かに体の芯が丈夫になっているのを感じています。
彼もまた2019年には左肘の手術を受けています。
選手生命に関わるおおきな手術だったと思います。
この報を知ったのはMVPの受賞を知った後ですが、
大谷選手もまた大変な苦労を体験してのおめでただったようです。

ありがとう大谷選手。  

あなたの活躍でたくさんの人々が
あなたの人柄と、
あなたの業績に励まされています。
わたしもそのひとりです。
 



posted by バンナイ at 20:24 | 夢の活用法

2021年11月17日

コロナ禍と「ぼくらの七日間戦争」


12月11日のオープンクラスに空席あります。
オンライン講座も募集中です。
更に、養成講座のケース研究のためのクライアントも募集中です。


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ある晴れた日の散歩中に、
「僕ら七日間戦争」という児童小説を偶然見つけました。
民家のガレージに「ご自由にどうぞ」と張り紙がしてあって、
本が二冊と細々とした雑貨がテーブルに置いてありました。
人影もなかったので野次馬根性で覗いてみました。
雑貨には興味が湧きませんでしたが、
大きめの黄色い本が「ぼくらの七日間戦争」と読めました。
「へ〜っ?!」です。
ブログ記事にはしたもののこれを読む気はありませんでした。
それでもこれ見よがしに置かれてごらんなさい。
これこそ「読んでみたら?」の天のお誘いと思いました。
そこで遠慮なくこの本いただくことにしました。
この本を読むということは、
『聖母(マドンナ)たちのララバイ』考」から発して、
「その続きを書いたらどうか」と促されているようです。
そうは思うものの積極的にとは言い難い気分でした。
自分の過去を振り返ることになるからです。
いままでそんな暇もなかったし、
振り返るほどの過去があるわけでもありません。
とはいえ読みました。
読んで感じたこれからのことを書きます。

まずはあとがきから。
作者の宗田理(そうだ おさむ)氏曰く、
「1985年に角川文庫として発刊。
20年ほど前の大学闘争が東大安田講堂攻防戦にいたって頂点に登り詰めた。
親たちの青春時代はかっこうよかった。」というのです。
その世代を親に持つ子供たちに、
「あの親のように血気盛んであってほしい」という思いが、
この小説を書かせたようです。

となると、わたしの感想は少し違ってきます。
あのころの学生たちはかっこうよかったでしょうか。
わたしにはそうは思えないのです。
東大安田講堂攻防戦は、「全学共闘会議および新左翼の学生が、東京大学本郷キャンパス安田講堂を占拠していた事件と、大学から依頼を受けた警視庁が1969年1月18日から1月19日に封鎖解除を行った事件」とウィキペディアにあります。

1970年私は原宿の表参道と青山通りの交差点近くに住んでいました。
このころ、
全学連というより「中核」と書かれたヘルメットを被った学生たち(?)が、
大通りを幅いっぱい占拠し、
隊列をなしてデモを行なっている姿を見たものです。
「全共闘」もあったと思いますがもう記憶は定かではありません。
表参道の歩道橋の上には、
野次馬が大勢登ってデモ隊を眺めていたのを思い出します。
(その頃表参道には桜の木がまだ2本ばかり残っていて、
花をつけていたようにも思うのですが。)
彼らに向かって催涙弾が投げられ、
デモ隊は夜にはいなくなるものの、
住民はそのおかげで涙が止まらない数時間(?)を過ごしたものです。
1960年、70年は安保闘争が盛んでした。
60年には樺美智子さんのデモ中の圧死事件がおきました。
安保闘争とは、日米安全保障条約批准反対運動のことです。
敗戦は日本人をとても神経質にしましたが、
それ以上に焼け野原の日本を復興させなくてはいけない必死の親たちに変わって、
若者たちは戦争につながる種火に敏感だったので、
安保闘争を起こしたのだというのがわたしの見解です。

とはいえ、あれだけの盛り上がりを見せたのに、
以後宗田理氏がいうように、
日本国民は体制に歯向かうことがないように見えます。
1945年に敗戦を迎え日本は核被爆国でありながら、
10年目の1955年(昭和30年)12月19日に早くも原子力基本法を成立させ、
原子炉作りに邁進していきました。
この速さは異様です。
大学闘争の前に安保闘争があったから、
大学闘争は盛り上がったのだとわたしは考えています。
戦争への危機感は大変なものでした。
それが被爆国でありながら、
原子炉の制御方法も見えないままに、
2011年3月11日東日本大震災を迎えて、
福島第一原子力発電所におけるメルトダウンで苦しむことになります。
(注:この時点で日本には54基の原発があり、稼働しているのは9基だそうです)

聖母(マドンナ)たちのララバイ考」でも書きましたように、
あの歌の背後には「核」の存在があります。
「核」はこの社会を牛耳る恰好の餌です。

その「核」は平和利用という名で経済社会の中心に居座ったのです。
その「核」に否を唱えて、
若者は血気盛んでしたが、
催涙弾を浴びたわたしの頭の中には、
ここから何かが生まれるとは思えませんでした。
これは本能的なものです。
理性できちんと考えて選んだ結果ではありません。
けれど少なくともこのやり方はわたしの道ではないと思ったのです。
安保闘争の時には盛んに核搭載疑惑がある戦艦入港がニュースに載ったものです。
この時の有耶無耶は政治家への不振につながっています。
思想と思想を戦わせても生まれるものはない。
安田講堂の陥落が一体何を残したかといえば虚しさです。
これ以後若者たちは体制にデモという形では異議を表さなくなりました。

政治や体制に刃向かっても詮無いという態度は、
参政権が与えられていない時代の話です。
現在参政権はあります。
その参政権をどう使うかはわたしたちの責任です。
この権利と責任の行使は私たち一人一人に委ねられています。
「ぼくらの七日間戦争」がいう「かっこういい」は、
「生き生き生きている」は「かっこういい」だけではないと思いますが、
世情は政治に関心を示さなくなった、
このことを言っているのだと思います。
民衆の無関心はこの世をコントロールするものに好都合です。
あれほど先人が苦労して得た参政権を、
誰もが履行する責任があると理解している若者は少なくなりました。
若者の政治への無関心は、
政治に老成した者の独壇場になっています。
しかしこの傾向は時を経て、
「核」の嘘にはじまり、
「体制」の虚構が明らかになる起爆剤になりました。
それがここにきてコロナというウイルス戦略で表に見えるようになったのです。

さてこのコロナ禍は自分たちの無関心が作り出した舞台装置です。
自分たちの無関心がこのウイルスを生み出したと気づくまで、
この騒ぎは続くでしょう。

この三次元の世界は二極化が宿命として備えられています。
常に「正反合」の弁証法で解決するものと教えられました。
しかしこの「正反」は「合」をもって終わりではなく、
この「合」の「反」を持ち出して弁証法は延々と続きます。
これを辞める時が来たようです。
これを辞めるための知恵を生み出すために、
この舞台装置を人類あげて作り上げたというのがわたしの考えです。
全ての人がこの状況を作り上げるのに加担しました。

この舞台装置は見事です。
今生きている人全部がこのコロナ禍から逃れることはできないからです。

つまり私たちは自ら望んでこの罠を自分に仕掛けたわけです。
この罠の二元論から出るにはどうしたら良いでしょう。
「打った人」は「打たない人」を批判すれば、
ジャッジしたことになります。
これは「正反」の弁償法的解決策です。

「打った人」にはその人なりの考えがあります。
その考えを「打たない人」は受け入れることはできますか。
「打たない人」は自分の正しさに固執しないでいられますか。

人類は、この見事な舞台装置を作るのに数千年かけました。
それだけ長い年月をかけなければできあがらないほど、
精緻で見事な舞台装置です。

さて弁証法は役に立ちません。
互いの欠点をあげつらっていては元の木阿弥です。
ここからはわたしの考えですが、
唯々意識的でいましょう。
周りで何が起きているか意識していましょう。
意識できる自分でいましょう。
コロナ禍に引きずられて疑心暗鬼になっては元も子もありません。
恐れてはいけないのです。
「ある」、「いる」ことを知りながら、
それとの間に距離を置いて、
意識しながらその存在を脅かさず、
その場を離れ、日常に身を置きましょう。
日常の何気ない幸せに五感を移しましょう。
それがこの世に生を受けたそもそもの理由なのですから。

表参道で中核のデモを目撃したときは、
わたしはそれを意識的に捉えることはできませんでした。
わたしの日常とそのデモとを切り離しただけでした。
今は違います。
コロナ禍はむしろわたしが作り出した幻想ともいえます。
だからこの実態のない存在に恐れは感じないでいられます。

距離を置きながら意識的でいること

これがコロナ禍への心構えではないかと思っています。

「ぼくらの七日間戦争」は最後に戦闘を挑まず、
知恵を使って終止符を打ちます。
この子供たちは七日間の間常に自分たちから湧いてくる知恵を信じ、
一人一人の枠を超えてゆきました。

これからの私たちもそうありたいものです。


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(七里ヶ浜の神輿です)



posted by バンナイ at 14:22 | 夢の活用法

2021年10月31日

近況です。


11月13日のオープンクラスに空席あります。
Zoom参加も受け付けています。

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(10月26日のハロです。)

今年も誕生日を無事に終えることができました。

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(これも26日だったでしょうか。富士山の雪が積もって珍しく鮮やかでした。)

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(初めてかもしれません。誕生日に外食をしました。)

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(カウンター席の目の前に鳥獣戯画とおぼしき蛙と兎がいてくれます。)

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(くじらもいます。)

風が強い日でした。
鎌倉特有の谷戸に建っているこのお料理屋さん。
木洩れ陽がガラス窓を通して乱舞し、
ゆったり贅沢なお味と佇まいを堪能させてくれました。

栂尾山の高山寺(とがのおさんのこうさんじ)明恵上人ゆかりの工芸を目の前に、
いっときを過ごすことができました。

posted by バンナイ at 11:44 | あれこれ

2021年09月27日

「聖母(マドンナ)たちのララバイ」考 その2



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(坂内和則画)


では、夢主を差し置いてですが、夢本体です。
この話の展開は、
夢の解き方からお話ししないと訳がわからないと思うのです。
夢主さんご了承ください。

夢本体:
【「ぼくらの7日間戦争」という漫画の映画にでてきた廃工場が舞台で、
人がいっぱい(20人位)いて、
その中でわたしが「マドンナたちのララバイ」を勝手に歌う。
(人それぞれ好きなことをしている。)】

夢は背景が大事です。
場所は「ぼくらの7日間戦争」の廃工場。
この物語は中学生が大人の管理教育に反旗を翻す冒険ものですが、
原作は1985年4月に発行された宗田理の書き下ろし小説だそうです。
「60年安保」、「70年安保」に反対する若者の熱は、
形を変えて消えることなく、
今の社会に一石を投じるというのが
この夢の趣旨のように思います。
1980年代は平和運動も学園闘争も影を潜め、
以後今日まではっきりした政治体制への抗議は見ることがありません。
「そこで・・・」というのがこの夢の主旨です。
「そこであなたはどうする?」
「ここまで来た。もちろん自分の思いを歌うよね?」
夢の問いかけは私たちの主体性を問うています。
『勝手に歌う』ということがとても大切です。

これで夢の概略を語ってしまった気分ですが、
お読みくださっている方にはさっぱり訳がわからないでしょうか。

さて、夢の中で主体的に行動するのは、
相当にエネルギーがいるものです。
ましてや歌を思い切り歌うなんて普通はできません。
この夢主だって初めての経験でしょう。
だからこの夢がこの夢主を育てているのだと思います。
そればかりではなく多くの人にこの夢が必要だと思うのです。
誰の反応も気にせず自分が気持ち良いことをする。
この夢の真意が分からなくても
これからの時代を生きるにはぜひとも必要な心構えです。

ではここで「マドンナたちのララバイ」の背景を考えてみましょう。
ここからは私見です。
この夢を私の夢として解釈します。
元々の夢主からすると迷惑かもしれないし、
とんでも無いという内容になるかもしれません。
ということで、あらかじめお断りしておきます。
これからお話しすることはある意味ファンタジーや、
作り話としてお読みください。
けれど夢からメッセージを受け取るための基本は押さえています。
その辺は厳密に作業しているつもりです。

まず夢を思い出したら考え深くその意味を探索する必要があります。
その探索は科学的で無いといけません。
論理に矛盾があってはいけないのです。
最終的に出した結論が、
どの場面から見ても重層的に真理に光が当たっていると
思えなければいけません。
夢のメッセージは擬装工作にまみれその姿を容易に表してはくれません。
そこで隠された意図を見つけるためにこの歌の背景を考えます。
そこでウィキペディアで調べてみました。
作詞は山川啓介。作曲は木森敏之とjohn scottとのことです。
なぜ40年も前の日本の歌謡曲に作曲家がふたりなのでしょう。
そこには複雑な問題がありそうです。

1980年のアメリカ映画「ファイナル・カウントダウン」の
劇中音楽「ミスター&ミセスタイドマン」を作曲したJohn Scottから、
「聖母たちのララバイ」のメロディが
自作と酷似している旨の抗議が届き、
作曲者木森敏之もこれが盗用であったことを認め、
二人の名前を表記することとなったようです。
この歌は1981年9月に開始した
日本テレビ「火曜サスペンス劇場」の
初代エンディングテーマだったとのことです。

つまり夢そのものの流れからすると
元歌の「ファイナル・カウントダウン」が意味を持つことになります。
そこで映画「ファイナル・カウントダウン」を調べてみました。
ウィキペディアからその粗筋を見てみましょう。

引用始め―1980年、中部太平洋で行われる軍事演習に参加するべくハワイ沖を航行中原子力攻撃空母ニミッツは、突如奇妙な竜巻の襲来を受け、真珠湾へ引き返そうとするが、そのまま呑み込まれてしまう。
しばらくして嵐は収まったものの、「随伴していた駆逐艦が行方不明」「無線にどこからも応答がない」「奇妙な無線通信とラジオ番組の受信」などの異常な事態を認識した艦長は、緊急警戒態勢を発令すると共に、真珠湾への偵察機を発進させる。また、ニミッツに近づく飛行機をレーダーによって発見し、調査のためにF-14トムキャットを発進させる。パイロットが目視したその飛行機は、なんとプロペラ飛行する旧日本軍の零戦であった。
偵察機が持ち帰った真珠湾の写真に整然と写るかつての主力戦艦群、奇妙な無線とラジオ番組、そして零戦の出現。それらの情報から推理を重ねたニミッツの搭乗員たちは、タイムスリップしたことを悟り、今が1941年12月6日、つまり真珠湾攻撃の前日であることを理解して、歴史に介入して日本軍を撃退するか否かを迫られる(日本の作戦を失敗させればタイムパラドックスが起きてしまう)。―引用終わり

これを読んで、元歌が「廃工場」と繋がりがあるのがわかります。
二度の大戦と原子力爆弾に続く平和運動への布石があります。

「マドンナたちのララバイ」は、
映画「ファイナル・カウントダウン」で発表された
「ミスター&ミセスタイドマン」の盗作だということでしたが、
これがこの映画題名そのものの
「ファイナル・カウントダウン」という曲に繋げてくれます。
これは1980年代のハードロックグループ
「ヨーロッパ」の持ち歌ということでした。
その歌詞がこの夢に意味を持たせてくれます。
SNSから重要なところ
https://lmbeat.blog.fc2.com/blog-entry-70.html)を抜粋しました。
歌詞の部分は『 』で区別しました。

『We're leaving together
But still it's farewell
And maybe we'll come back
To earth, who can tell?
僕らは旅立つ
これでお別れだ
再び地球に戻るか
それは誰にもわからない』

そして更に重要なところは、

『We're heading for Venus
and still we stand tall
'Cause maybe they've seen us
and welcome us all, yea
僕らは金星へ向かう
確固たる信念を持って
金星人たちは
僕らを知っていて
歓迎してくれるだろう』

の部分です。
拙訳が贔屓目かもしれませんが。

『With so many light years to go
and things to be found
(To be found)
I'm sure that we all miss her so
何光年もの道のりを経て
いろいろと気づくのさ
(気づくのさ)
そのとき僕らは
地球を懐かしく思うだろう

It's the final countdown
これがファイナル・カウントダウン』


「ファイナル・カウントダウン」の歌詞を勝手に翻訳してみました。
最後の言葉ファイナル・カウントダウンは繰り返します。
つまりこの歌が言いたいのは、
今が飛び立ちの時だというのです。
今は決意の時です。
ことは終わりに近づいているのです。

この夢の始まりは映画「ぼくらの7日間戦争」の廃工場です。
夢主本人が書いているように、
「廃工場は今の社会そのもの、これまでの社会の在り方そのもの」。

この9月7日の夢が今日の現状と啓示を伝えています。
コロナ禍のこの最中、
ここから出ようとこの歌は言います。
そのための方法をここから読み取って欲しいようです。

ここで何故「金星」なのかを説明すると、
「ヴァリアント・ソーという金星人が、
1957年当時の国防長官であったニール・H・マッケロイと会い、
さらにアイゼンハワー大統領とニクソン副大統領と会談した。(https://tocana.jp/2020/12/post_188415_entry.html)」
というニュースがあります。

更に1950年代初期に
アダムスキーが空飛ぶ円盤に遭遇したという主張が、
マスコミを騒がせました。
彼が会った宇宙人は金星人で、
核実験への懸念をアダムスキーに伝えたということです。

アダムスキーの話もヴァリアント・ソーの話も
当時は眉唾物としか受け取られない風潮でした。

ここに記事の一部をコピペします
https://sunrise-country.blogspot.com/2017/05/blog-post_27.html
「1954年2月20日、カリフォルニアのエドワード空軍基地にてアイゼンハワー大統領はプレアディアン及びアシュターコマンドの代表と会見を行った。
アシュタール・コマンドはすべての核兵器の破棄を条件として先進技術と人類の霊的進化への協力を申し出た。
しかし、アイゼンハワーはネガティブ・ミリタリーによって圧力をかけられ、ポジティブETとの協約を拒否させられた。」

当時はETとの接触は早すぎて、
地球人にはそのための心の準備ができていないということもありますが、
闇の勢力の欲の前に屈したアイゼンハワーであり、
ニクソンであったのかもしれません。

この短い夢の背後には、
戦争の影があり、核の脅威があります。
原子力攻撃空母ニミッツという言葉は当時の日本人にとって、
どれほど神経を尖らす存在だったでしょう。
第二次世界大戦は広島と長崎の核爆撃で終わりました。
これがこの地球の核による戦争の終わりです。
核爆弾は以後使えないのです。
これは有機体にして霊格高い地球の意志だと私は考えています。
だから闇の勢力は核を使えずにウイルス兵器を持ち出して、
第三次世界大戦に打って出ました。

このウイルス作戦は私達庶民にとって、
却って組みし易いのかもしれません。
第二次世界大戦の死者数は8500万人だそうで、
コロナウイルスによる世界中の死者数は、
2021年7月1日現在455万人だそうです。
この計画を立てたものにとっては割りの合わない仕事になっています。
庶民は裏の計画に気付いています。

さて、この夢のお陰で1980年と1941年と2021年が一つになりました。
この時間のつながりと現状をバックに、
最早小さな地球の出来事の中に自分を埋没させるだけではなく、
金星に向かって飛び出そうとしている私たちの心の中には、
コロナにばかり心を奪われたままでいるのではなく、
量子力学的にこの現象を捉え、
自分の思いを大声で歌い上げたいという思いでいっぱいです。

いままでのように現状を動かしている者に戦いを挑んでも変わりません。
視点を上げ、視野を広げましょう。
宇宙にその姿を誇り高く活動している地球という聖霊に対し、
私たちはその優しさに気づくことも気遣うこともありませんでした。
この現状から一旦出ましょう。
金星人たちの提案を受け入れましょう。

ここまで「聖母(マドンナ)たちのララバイ」の背景を考察してきて、
ここで歌詞に戻りましょう。
いまならこの歌を心置きなく歌える気分ではありませんか。
あなたがマドンナになって、
目の前の男性を全身全霊で受け止めるのではありません。
あなたは、
あなたがこれまで男性原理で出来上がった社会に、
果敢に適応してきた自分の男性性に批判の目を向けるのではなく、
それを抱きしめ、
その自分に優しく、
もう頑張ることはない、
この歌詞の最後にあるように、
『今は 心の痛みをぬぐって
小さな子供の昔に帰って
熱い胸に 甘えて』
と言えるのです。

今はその自分を飛び出し、
宇宙の仲間と協力して、
やがて美しい次元上昇した地球に戻りましょう。

その時は今までの知っている地球では無いかもしれません。
けれど今がその決意の時・飛び立ちの時です。

「聖母(マドンナ)たちのララバイ」の夢から
わたしが読んだ結論です。

この夢のメッセージの一貫性は見事だと思いました。

メッセージ性がある夢の奥は壮大です。
夢を通してわたしたちは一つに繋がっています。
そのわたしたちひとりひとりが個として壮大なのです。
それを教えてくれる夢でした。
夢の真価がこれで少しでもお分かりいただけるといいのですが。

最後に蛇足です。
この夢主さん。
企業戦士の過去をお持ちです。
企業戦士の過去があるから、
いまの気付きがあります。






posted by バンナイ at 16:07 | 夢のメッセージの取り方
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